第12話 黒い竜がおそってきた
船員に連れられてタクミはもと来た道を戻りました。
念のためと言われて太いペンのようなものを渡されましたが、それがなんなのかたしかめている余裕はありません。
すぐにお父さんたちのところに戻るわけにはいきません。ナミをちゃんと、連れてこなければいけないのです。
携帯電話で連絡してみようとしましたけれど、つながりませんでした。もしつながっても、方向音痴のナミに1人で帰らせたら迷子になるかもしれません。
お父さんとお母さんにナミをむかえにいくというメッセージを送ってから、タクミは走り出します。
めざす場所は3次元エレベータです。
(……なんの警報だったんだろう。クリス、怖い顔してたな)
お客さんたちはまだなにも知らない様子でしたが、警報はこちらにも聞こえていたのかちょっと不安そうな顔をしている人もいます。
いえ、タクミにだって、なにが起こっているかなんてわかっていないのです。ただ、いわれたとおりにしないといけないと感じただけなのです。
走っているとちゅうで、誰かがおたけびを上げているのが聞こえた気がしました。
声は外から聞こえたように思えます。
近くに窓があったので、タクミは顔を押しつけて外を少しだけ見てみました。
船のまわりをなにかが飛び回っているようにみえます。
すごく早くてはっきり見えないのですけれど、タクミには叫び声が聞こえるのでたしかにいるのだとわかりました。
「……黒い竜だ」
船を竜がおそっているのです。
今度こそ、ナミをすぐにむかえにいかなくてはならないことが、タクミにもはっきりわかりました。
エレベータホールにタクミは飛び込みました。
いつも通りすぐに来たエレベータに乗って、ナミがいるはずの、下がわの展望テラスへ向かうボタンを押します。
天井と扉の間にある表示板が変わっていきます。
タクミはずっとにぎっていたペンみたいなものをあらためて見てみました。
学校の授業で見たことがあるものでした。
(……酸素ボンベだ。こんなの、必要になるのかな)
ポケットに入るサイズですけれど、くわえると30分くらい宇宙や水の中で息ができるというものです。
あと2つ下の階に移動すればたどりつくというところで、船が大きくゆれました。
タクミの小さな体が、いっきに倒れてしまうほどのゆれかたでした。
生き物が引っ張っているにもかかわらず、宇竜船がゆれることはほとんどありません。それが、たおれるほどゆれたのです。
壁にあたまをぶつけて、そこからはねかえって床にたおれました。
「なんだよ! 今の!」
床に手をついて体をおこします。
おそらくはゆれたからなのでしょう。3次元エレベータが止まっていました。
(閉じ込められた?)
そう思ったときには、もう部屋はふたたび動き出していました。
でも、すぐにまた止まってしまいました。
表示板に『運転停止中』と表示されて、扉が開きました。きっと、乗ってる人を閉じ込めてしまわないよう、近くのホールまで動いてから止まるしくみなのでしょう。
やっぱりなにが起きているかはわかりませんけれど、なにか大変なことがおきているのだということはわかりました。
「地図……どこかで地図を……」
お店とかでは、3次元エレベータが止まるホールには、よくその階を案内する地図があります。ここもきっとおなじだと思ったのです。
「あ、あった!」
目的のものを見つけて、タクミはすぐにかけよりました。
はじめて来た場所の地図はちょっとわかりにくいものですけれど、ナミのところまでいかなくてはなりませんから、タクミはがんばりました。
「わかった!」
なんとか地図を理解すると、また走りだします。
通路を走っていると、みんな混乱しているのがわかりました。ケガをしてしまった人もいるようです。
船員さんたちはお客さんたちのめんどうを見るためにいそがしく動きまわっていて、タクミのことを気にかける人はだれもいません。
少し走った場所にあった階段を、タクミは飛びおりるみたいに下りました。
下からあがってくる人たちがいたので、ナミが一緒にいないかたしかめてみましたけれど、いませんでした。
一番下の階にもうすぐつくと思ったそのとき、近くで大きな音がしました。ガラスが割れる音を何倍にも大きくして、壁をひっかく音をかけたみたいな音です。
船がまた大きくゆれて、階段からタクミの体が投げ出されます。
立ち上がると、体のどこか……腕か、わきのどちらかがズキンといたみました。
テラスの近くにある通信装置で助けを求めている女の人がいます。なにかわめいているようですが、タクミは気にせずテラスの扉を開けようとしました。
自動で開くはずの扉が開きません。
取っ手に手をかけて、おもいきり横に引きました。
空気がスキマからもれて、タクミの体が扉にはりつきます。
(テラスから空気がもれてる! 穴が開いちゃったんだ!)
もしもナミがここにいたら、外にほうり出されているかもしれません。
「ケガをした女の子が取り残されてるんです! 早く助けにきてください!」
通信装置にさけんでいた女の人の声が、はっきりと聞こえました。
ナミのことです。
(クリス! クリスに助けてって言えば……ダメだ、連絡する方法がわかんないや)
携帯電話のアドレスを聞いておけばよかったと思いましたが、今さらそんなことを考えても手おくれです。
(自分で行くしかないんだ……)
扉のスキマに体を押し込みます。
「君、なにしてるの! やめなさい!」
女の人が叫んでいますが、その時にはもうタクミはテラスに飛び出していました。
広いテラスの奥に大きな穴が開いていました。そして、誰もいませんでした。
前に来たときはものすごい勢いでうごいていた星が止まっているのを見て、タクミははじめて船が止まっていたことを知りました。
そして、もしも船が動いていたらとっくにはるかかなたに飛び去っていたであろうものが、穴の向こうに浮いていることに気づきました。
ナミのお気に入りの白い帽子が浮いているのです。
「……ナミ」
「君、早く戻ってきて!」
女の人が叫んでいます。
タクミに向かって手を伸ばしてくれています。
でも、その手をつかもうとしたとき、声が聞こえてきました。
『誰か来て! この子を助けて!』
今までにも聞こえてきた声です。でも、今まで以上に真剣な声でした。そして、空耳だと思えないくらいはっきり聞こえてきました。
声は船の外から聞こえてきています。
だから、タクミはテラスにあいた大穴へと走っていこうとしました。
でも、走るまでもなく、船からすいだされていく空気がタクミの体をむりやり押しやっていきます。
『お願い、誰か!』
「行くよ! いま、行くから!」
窓に近づくと、船より少し下に巨大な岩のかたまり、小惑星があるのが見えます。
声はそこから聞こえてきます。
ペンみたいなかたちの酸素ボンベをくわえて、タクミはナミの帽子をしっかりつかみました。それから大穴から飛び出し、小惑星に向けて窓のわくを蹴ります。
タクミの体はいきおいよく岩の塊へと落ちていきました。
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