第7話 ドラグーンのクリス

 宇宙港にタクミたちの一家は入っていきました。

 お父さんが出発のてつづきをしているあいだに、タクミは外が見える窓を探しに走り出しました。

「あぶないから走らないで!」

 お母さんの声が聞こえましたけれど、『はーい』と答えて歩いていたのはすこしのあいだだけです。

 学校のじゅぎょうで見学に来たことがあるので、宇宙港に来るのははじめてではないはずです。

 もう何年も前の話なのであんまりよく覚えていませんが、まっくらな空に大きな船が浮かんでいるのを見たことはまちがいありません。

 高いところから見たような気がしていたので、タクミはエスカレーターを見かけていちばん上の階までかけあがりました。

 近くにある角を曲がろうとしたときのことです。

「おっと、あぶない」

 声がした、と思いました。

 タクミは誰かにぶつかってしまいました。

「あっ、ご、ごめんなさい」

 おこられると思って、タクミは思わず頭を手でかばいながらあやまります。

 でも、どなり声もしないし叩かれたりもしなかったので、タクミは顔をあげて相手を見ました。

「気をつけろよ。走りまわるとあぶないぞ」

 男の人は、たぶんお父さんよりも背が高いように思いました。でも、その人は目の高さがタクミと同じになるようにひざを曲げて言いました。

 そのおじさんは、お父さんよりはたぶんだいぶ年下に思えました。でも、学生というほど若くはありません。

 金色の髪をしているのはフランツとおなじでしたが、目つきがちがいます。

 自信にみちた、かがやくような目をしていました。

 その目にまっすぐ見つめられて、タクミは思わず顔をそらしてしまいました。

「迷子かい?」

 タクミはくびを左右にふります。

「なら、どこかに行こうとしてたのか?」

「あの……宇竜船が見られるところをさがしていたんです」

 男の人はうなずいて、それからチラリとがんじょうそうな腕時計に目をやります。

 あらためて見てみると彼はベージュ色をして、ボタンが左右に2列ならんだ、がんじょうそうな生地のジャケットを着ていました。

 胸元はネクタイがあまり見えないくらいせまくて、両方のエリに大きなロゴマークみたいなものがついた布がぬいつけてあります。

 制服みたいにみえる服ですので、宇竜船で仕事をしてる人なのかとタクミはかんがえていました。

 かんがえているあいだに、彼は時計をたしかめ終わったようでした。

「まだ時間があるな。俺が案内してやるよ。俺はクリス・エバーフロウ。君は?」

「あ……タクミです。タクミ・タツミ。……ダジャレみたいな変な名前ですけど」

「いやいや、クールな名前じゃないか。ついてこいよ、タクミ」

「は、はい!」

 歩きだすクリスを、タクミはあわてて追いかけました。

「タクミは日系人か?」

 まよいのない足どりで進みながら、クリスが聞いてきます。

「ニッケイジン?」

「地球で、日本って国に住んでた人の子どもってことだよ。おとうさんかだれかから、聞いたことはないかい?」

「あ、おじいちゃんがそんなこと言ってました」

「やっぱりな。俺は祖母……おばあちゃんが日本人なんだ。同じ国の血を引いてるもの同士、仲良くしようぜ」

「は、はい……」

 気さくに話しかけてくるクリスにタクミは答えます。

「なあ、タクミ。大人相手だからって、あまりかたくるしいしゃべりかたをしなくていいんだぜ」

 しばらく話しているうちにクリスがそう言ってくれて、ようやくタクミは少し肩の力をぬくことができました。

「はい……うん、わかった」

「よし。もうすぐつくぞ」

 そして、2人はとても広いホールにたどりつきました。教室が3つや4つは並べられそうな部屋でした。

「あっ!」

 タクミが声をあげます。

 部屋の一面に広がる窓の向こうには、暗い宇宙空間が広がっていました。

 その広い部屋は、宇宙をながめることができる展望台なのです。

 そして、そこには巨大なラグビーボールみたいな形をした船が浮かんでいました。

 竜の力で宇宙を行く船、宇竜船です。

「……でも、竜はいないんだ」

 カーボンチューブで船をひっぱる竜の姿は見当たりませんでした。

 ただ、ここからだとまるでヒモのようにしか見えないチューブだけが暗い空間に浮いています。

「あいつらは生き物だからな。船を運ぶ時間までは、休んでるのさ」

「そうなんだ……」

「竜が見たかったのか?」

「うん。宇竜船の旅行なら見られると思ったのに……」

 肩をおとすタクミの背中を、クリスが軽く叩きました。

「タクミもあの船に乗るんだよな? なら、旅のと中で見せてやるよ。俺は船の乗組員だからな」

「えっ! やっぱり、そうなんだ」

「しかも、けっこうえらいんだぜ」

「船長さん?」

「いや、そこまでじゃないけどな。おっと、そろそろ時間だ。俺は戻るけど、タクミはどうする?」

 クリスが戻らなきゃいけないと言うことは、タクミもたぶん戻らなくてはいけない時間が近づいているはずです。

 でも、できたらタクミはもう少し船を見ていたいと思いました。

 もしかしたら、早めに竜が戻ってくるかもしれません。

「もうすこし見てたいな」

「そうか。でも、あと5分くらいしたら戻れよ。客の乗るのはそのくらいの時間からのはずだ」

「うん、わかった」

 去っていくクリスに頭を下げて、タクミはまた船のほうを見ようとしました。

 でも、展望台から出ていこうとしたときに、クリスがポケットからバッジを取り出したのが見えました。

 竜の印のバッジ。

 宇宙の平和を守る使命をもった、ドラグーンの印です。

「クリスさん……ドラグーンだったんだ」

 そうと知っていれば、もっと聞きたいことがあったのに。

 でも、展望台から出てみても、もうクリスの姿はありません。

「船の中でまた会えるかな」

 タクミは、そうつぶやきました。

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