第5話 タクミの宇宙旅行
あらためてブラウンと話したのは、昼休みになってからのことでした。
2人は食堂の大きなテーブルで、給食のプレートを前に並んで座っています。
栄養はあるけど味気ない固形食料はいつも通り一番大きなスペースをしめています。それからジャムとパックのジュース、つけ合わせの野菜がならんでいました。
「へえ、旅行かあ。なら、宇竜船に乗れるんだ」
ブラウンが言います。
プロキシマ・ケンタウリの街はもともと基地として作られた場所です。旅行に行くような場所は街の中にありません。
だから、旅行に行くというのは、どこか他の星に行くという意味なのです。
旅行では竜に運ばれる宇宙船に乗ります。竜の宇宙船だと長いので、今では宇竜船と呼ばれています。
「そうそう。旅なんてめんどくさいけど、竜は見てみたいよな!」
タクミにとっては旅の目的はこれでした。
光よりも速く飛んで宇宙を進む竜は子どもたちの人気もの。でも、竜を本当に見ることなんてかんたんにはできません。
ざんねんながら、動物園はプロキシマ・ケンタウリにはありません。もっとも、あったとしても竜はいなかったでしょうけれど。
星から星へ旅する船に乗るとか、警察や軍隊に入るとかしなければいけないのです。リンドブルムの記念日にさえ休めない、たいへんな仕事です。
よっぽど大金持ちなら、自分の家に竜を住ませていることもある……という話は聞きますけれど、竜を飼ってるようなおうちは誰も見たことがありません。
「すごいなー。写真とってきてくれよな」
「もちろん!」
「ボクも旅行に行ってみたいけど、お金がすごくたくさんかかるんだよね……前にパパに聞いてみたらぜったいムリって言われたよ」
「うちだってムリだよ。くじ引きで当たったんだってさ」
「なるほどなあ……いいなあ」
ブラウンは天井をみあげて、それから固形食料をひと口食べました。
そのときのことでした。
金色の髪をした、体の大きな少年が向かいのイスに座ったのです。
プレートはもう空なので、食事は終わっているのでしょう。つまり、タクミに話しかけるためにすわったのです。
「おい、旅行に行くってお前のことか、ランドセルこぞう?」
フランツはタクミに言いました。
「そうだよ。なんか文句でもあるのか?」
きげんの悪いときの声でタクミは言いました。フランツに話しかけられたとたん、一気にそうなったのです。
「ナミもいっしょに行くのか?」
「当たり前だろ。家族なんだから」
これ以上しゃべりたくなかったので、タクミも食べ物を口にいれました。でも、フランツはどこにも行くようすがありません。
「旅行なんてやめとけよ。宇宙はあぶないんだぜ。事故にあって船からほうり出されたら、息ができなくなって死んじまうんだぞ」
「そんなのわかってるよ。でも、事故なんてめったにおこらないだろ」
プロキシマ・ケンタウリに人が住みはじめた昔は、なんども宇宙旅行中の事故があったそうですけれど、今はほとんど事故なんて起きません。
それに、事故が起きたときも、かんたんに人が死なないように宇宙船にはいろんな工夫がしてあるのです。
……タクミだってどんな工夫をしているのかくわしいことは知りませんでしたけれど、昔よりずいぶん安全になったことくらい誰だって知っています。
もちろんフランツだって、宇宙旅行がどんどん安全になっていることを、知らないはずはありません。
「宇宙旅行がうらやましくてそんなこと言ってるんだろ。くやしかったらお前のうちでもくじ引きを当ててみろよ」
「別にくやしいわけじゃねえよ!」
「だったらなんなんだよ!」
フランツが大声を出したので、タクミも思わず大きな声を出してしまいました。
とつぜんケンカがはじまったので、食堂にいた子どもや先生たちがタクミとフランツを見つめています。
広い食堂がいっきに静かになりました。
「うるさいよ、2人とも」
やはり、聞きなれた女性の声がタクミの耳に届きました。
「昼休みは短いのよ。ケンカしてるヒマなんかあるの?」
シーリンの声です。
何人か女の子が並んでいますが、その中にはタクミの妹のナミもいました。
(ナミのやつ、こっち見てるよ。あーあ、めんどくさいな……でも仕方ないか……)
自分が悪いわけではないのですけれど、とりあえずタクミは食堂から帰ろうと考えました。
けれども、その前にフランツのほうが立ち上がりました。
「……悪かったな」
小さな声で彼が言います。
「でも、ほんとうに宇宙じゃなにが起きるかわからないんだから、なにかあったらちゃんとナミを守ってやれよ」
プレートをかたづけて、フランツが食堂から出ていきます。
(……なんなんだ、あいつ?)
背中を見送りながらタクミは考えました。
「……妹を守るなんて、当たり前だろ」
それから、彼は残っていた昼食を一気にたいらげました。
シーリンの言うとおりお昼休みは短いので、食事のあとは急いで戻らなければなりません。
タクミはブラウンといっしょに早足で歩いていました。
すると、うしろから来たシーリンが2人とならんで歩きはじめました。
「……なんだよ」
「フランツの相手をするの、やめなさい。タクミがケンカしてると、ナミが悲しそうな顔するから」
前を向いたままシーリンが言います。
「だってあいつが……」
「無視してればいいのよ。そんなの。手は出してこないから」
シーリンはつまらなそうな声で言います。彼女ならきっと、フランツがなにを言っても相手をせずにいられるのでしょう。
でも、タクミはそんなのがまんできないと思いました。
そう言おうとしたとき、ナミがシーリンの向こうからこっちを見ていることに気づきました。
ナミはなにも言いませんでしたけれど、たしかに妹の目は悲しそうに見えます。
「わかったよ。フランツがなにか言ってきても、ムシすればいいんだろ」
「そうよ」
シーリンはうなづきました。そして、タクミたちを追いぬいて歩いていきます。
「あーあ、なんでフランツのやつ、俺にからんでくるんだろ」
その言葉は、ひとりごとのつもりでした。
べつに答えてほしいとおもって言ったわけではないのです。
「バカでこどもっぽいからよ」
だからシーリンの声が聞こえたことに、タクミはおどろいてしまいました。
先を進んでいたはずのシーリンがタクミのほうを見ています。まちがいなく、今の言葉はタクミへの返事なのでしょう。
「……俺が?」
「フランツに決まってるでしょ。理由がわかってないなら、タクミもおなじだけど」
そういうと、シーリンはこんどこそ教室へと歩いていきました。
「……なんなんだよ、もう。同い年のくせに、おとなぶって」
「気にするなよ、タクミ。それより、いそがなきゃ」
ブラウンに言われて、タクミはあらためて教室へと歩きだします。
シーリンには追いつきませんでした。追いついても、べつに話したいこともありませんでしたけれど。
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