第3話 ランドセル少年のタクミ

 宇宙に作られた街にも、小学校はあります。プライマリー・スクールというのが正しい名前なのですが、小学校と言ったほうがわかりやすいのでそうしましょう。

 タクミが通っているのはプロキシマ・ケンタウリの東地区小学校でした。

 5年生のタクミは、今日もランドセルをしょって学校へと行きます。

 スクールバスを降りて、門をくぐります。

「先に行ってるからな、ナミ」

「あ、待ってよ、お兄ちゃん」

 妹のナミに声をかけて、タクミははやあしで玄関に向かいます。

 周りには同じ小学校の子供たちがたくさん歩いています。

 ランドセルを使っているのは、クラスではタクミ1人です。他の子どもたちは、みんな手で持ったり、肩に斜めにかけるカバンを使っています。

 なぜなら宇宙の街ではランドセルがほとんど手に入らないからです。革でできていて、とってもがんじょうなランドセルは宇宙では貴重なものなのです。

 タクミのだって、新しく買ったものではありません。タクミのおじいさんが地球から持ってきたのを、大事に手入れしながらずっと使っているのです。

 もっとも、そもそも宇宙の小学校ではランドセルみたいな大きなカバンは必要ないのですけれど。

 教科書やノートはコンピュータに入っているので、カバンを持っていない子もたくさんいます。タクミのランドセルだって、中にはほとんどなにも入っていません。

 タクミがランドセルを使っているのは、おじいちゃんに言われたからですが、ほかの誰も持っていないこのカバンのことがきらいではありませんでした。

 すくなくとも、5年生になるまでは。

「よう、ランドセルこぞう」

 後ろから耳ざわりな声が聞こえました。タクミの知っている声でした。

「チビのくせにでかいカバンしょってるんじゃねーよ。じゃまだぜ」

 タクミは思わず振り向きました。クラスメートのフランツが立っています。

 金色で、ツンツンに固い髪を短く刈り込んでいて、顔は四角い形をしています。

 白い肌に、ぎょろりとした青い眼の彼は、もちろん日本人ではありません。宇宙の街には世界中のいろんな国から人が移ってきているのです。

 肩からななめにかけている彼のカバンも革でできていましたが、ランドセルほど固くはありません。

 そばかすだらけの顔は、タクミの顔より頭1つ分以上高いところにあります。彼はクラスでいちばん背が高いのです。

 なぜか5年生になってからフランツはよくタクミに悪口を言ってきます。さいしょはだまって逃げていたタクミですが、今はもう逃げたりしません。

「じゃまなのはお前だろ、フランツ!」

 みおろすフランツをにらみつけて、タクミは言いました。

「お前みたいなのをウドノタイボクっていうんだぜ。でかいばかりでやくに立たないやつのことをそういうんだって、じいちゃんが言ってた」

 おじいちゃんは、人に向かって言ってはいけないだとも教えてくれたけれど、タクミはそんなこととっくに忘れていました。

「なんだと、このチビ!」

「チビって言うやつがチビなんだ!」

「言ったからって身長は変わらねえよ!」

 回りの子どもたちは、言いあらそうタクミとフランツをよけて学校に向かいます。

 ただ、1人だけ、タクミたちに近づいていった女の子がいました。

「いつもいつも、朝からなにやってるの」

 丸いメガネをかけた女の子の顔も、タクミはもちろんよく知っていました。彼女もクラスメートで、シーリンという名前です。

 キツネのようにすこしつり上がった目をしていますが、メガネのおかげでそんなにきついイメージはありません。

 今日も黒い髪をあみこんで、頭の後ろがわにキレイなもようを作り、赤いバレッタでとめています。

「ホントに仲がいいのね。毎日、毎日そんな風にじゃれあって」

「はあ?」

 タクミが怒った声を出して彼女を見ますが、その子は言いたいことだけを言って、2人の横を通りすぎます。

「待てよ、シーリン」

 フランツはついてきませんでしたが、タクミは彼女を追いかけました。

 肩にかついでいる上品な(かついでいるので上品さがだいなしになっていましたが)紫色の手さげバッグをめざして、タクミはいそぎ足で向かいました。

「待てったら! あいつと俺が仲がいいって、どういう意味だよ」

 いかにもめんどうといった顔をして、シーリンはふりむきました。

「ああ言えば、ケンカをやめるでしょ」

「……そうかもしれないけど」

「2人そろって遅刻して、しかられるほうがよかったの?」

 シーリンはタクミをじっと見て言います。

 かすかに緑色が混ざった黒い瞳がじっとこっちを見ています。

 彼女のこの目が、タクミはあまり得意ではありませんでした。なんだか見ているとすいこまれてしまいそうな気持ちになるからです。

「……そういうわけじゃないけど」

 目をあわせないようにして、タクミは言いました。

「なら、さっさと教室に行きなさいよ。遅れるから」

 返事を待たずにシーリンは歩きだしました。いつの間にか前を歩いていたタクミの妹とならんで、しゃべりながら歩いていきます。

 シーリンは妹のナミの友だちなのです。

(言い方がなんかきついんだよな、シーリンって……。ナミは優しいって言うけど、どこがだよ)

 ピンク色のかわいらしいワンピースを着たナミは、今日もお気に入りの白い帽子から三つ編みにした黒い髪をのばしています。

 そして、とても楽しそうな顔をしてシーリンとお話をしているようです。

 タクミは2人の横をかけぬけました。

(男と女でタイドを変えてるんだろうな。あーあ、おとなみたいでイヤだな)

 廊下に並んでいるロッカーへと走りながら、タクミは思いました。

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