第4話 妹のまま?
学校に向かって歩くユウくん。そしてその隣には、並んで歩くわたし。服装はもちろん、ユウくんと同じく高校の制服だ。
ユウくんを見ると、いつも見上げていたその顔が、今は少し近い位置にあった。
「藍、さっきから何度もこっち見てるけど、もしかして俺の顔になにかついてる?」
「ううん、そんなんじゃないから!」
まさか、ユウくんに見とれてたなんて、一緒に学校に通うのがとっても嬉しいなんて、恥ずかしくて言えないよ。
そうしているうちに、学校へとたどり着く。以前のわたしにとって、高校なんて別の世界みたいにも思ってた。
だけど今は、わたしもその世界の一員になっている。
校舎の中に入って、下駄箱で靴を上履きに履き替える。わたしの上履きがどこにあるのかは、なぜか自然と頭に浮かんだ。それは新しく知ったと言うより、元々知っていた事を思い出すような感覚に近かった。
どうやらこの世界で必要な知識は、ある程度こうして教えてくれるらしい。
だけどいくら知識をもらえても、それだけじゃ上手くいかないこともある。体の感覚がそうだ。
ここに来るまでにも感じていたけど、急に成長した体に慣れてなくて、たまに距離感やバランスが崩れることがあった。そして、靴を履き替えようとした今、慣れない体はバランスを崩して、とたんに視界が大きく揺れた。
(転ぶ!)
床に打ち付けられるのを覚悟して、思わず目をつむる。だけどいつまでたっても強い衝撃はなくて、変わりに柔らかな何かが背中に当たる。
不思議に思って目を開けると、すぐ近くにユウくんの顔があった。
「大丈夫?」
その時ようやく、ユウくんが抱き止めてくれたんだと気づく。
「あ……ありがとう」
密着した体勢と、息がかかるくらい近くにある顔にドキッとする。こんな時だって言うのに、恥ずかしさと嬉しさがこみ上げてくる。
「朝からなんだか様子がおかしいし、本当に大丈夫か? それになんだか顔も赤いし。調子悪いなら、今から保健室にいく?」
「ううん、平気だから?」
他はともかく、顔が赤いのはユウくんが原因だよ。
気がつくと、近くを通る人が、そんなわたし達の様子を見ていた。そしてその中には、見覚えのある人もいた。
「二人とも、朝からなにしてるのよ」
声をかけてきたのは、前にユウくんがうちの喫茶店に連れてきた、大沢泉さんだった。
「大沢さん……」
「なに、さんづけなんて?いつも泉って呼んでるのに」
「えっ? い……泉」
この世界ではそういうことになってるんだ。
泉……泉……ユウくんはともかく、本当ならずっと歳上なはずの人を呼び捨てにするのはなんだか緊張する。
だけど次に泉が言った言葉で、すぐに緊張なんてどうでもよくなってしまった。
「で、二人とも。なんでそんな風に抱き合ってるのよ?」
「えっ?」
そうだ。さっきユウくんに抱き止められてから、ずっとそのままの体勢だった。
「ユ、ユウくん、もう離してくれても大丈夫だから」
「そう? 気分が悪いようだったら、すぐに言うんだぞ」
真っ赤になるわたしと違って、ユウくんは特に気にした様子もなく、わたしを気づかいながら手をはなす。
「相変わらず仲いいわね」
「そう? 別に普通だと思うけど」
普通なのかな? 高校生の感覚はよくわからないけど、よほど仲のいい人でもないと、こんな自然にくっつけないんじゃないかな。
なんて思うのは、自分がユウくんにとって特別でいたいから?
「で……でもさ。わたし達、仲はいいよね」
こんなの言うのは恥ずかしいけど、そうだって答えがほしくて、勇気を出して言ってみる。
「ああ、そうだな」
そう言って、わたしの頭を軽くポンと叩くユウくん。
仲がいい。それをすんなり認めてくれたことが嬉しくて、今日何度目かわからないドキドキを感じた。
だけどユウくんは笑いながら、次にこう続けた。
「昔からずっと一緒だったし、なんだか妹みたいな感じだな」
(えっ?)
妹みたい。そう言われた瞬間、時が止まったような気がした。
それは、この世界に来るまでに何度も言われた言葉。時に嬉しくて、だけど時々切なくもあった言葉。
妹から抜け出したくて、一人の女の子として見てもらいたくて、わたしはこの、ユウくんと同い年の世界にやって来た。
だけどもしかして、わたしはこの世界でも、ユウくんにとっては妹扱いなの?
「ごめん!」
教室に入ると、わたしとユウくんは、少し離れたそれぞれ自分の席につく。そこでいきなり、やって来た大沢さんに、泉に謝られた。
「なに、突然?」
「さっき靴箱で、仲がいいとか、変なこと言ったでしょ」
そう言えばそうだった。だけどそれは、恥ずかしくはあったけどイヤじゃななった。なによりその後にあった、ユウくんの妹発言の方がわたしにとってはずっと大きかった。
「気にしないでよ。仲がいいって言われて、嬉しかったから」
それを聞いて泉も少しホッとしたようだったけど、話はそれで終わりじゃなかった。
「でも、藍にとっての仲がいいって、有馬くんの言ってる妹みたいなのとは違うよね?」
「えっ、それは……」
「今さら隠したって分かるわよ。普段から、いかにも大好きですってオーラが出てるし」
「そうなの!?」
オーラって、この世界のわたしって、そんなに分かりやすいの? いや、世界が違ってもわたしはわたしなんだから、もしかして今のわたしも似たようなもの?
でも今は、そんなことより泉の話をちゃんと聞くのが優先だ。
「有馬くんも、藍のこと大事にしてるってのは間違いないんだけどね」
「妹として、だけどね……」
なんだか言ってて悲しくなってくる。妹扱いを何とかしたくて同い年になったってのに、これじゃちっとも意味がない。
「もしかして泉、わたし達を焚き付けようとして、仲がいいとか言ってくれたの?」
「まあね。だって、見ていてもどかしいんだもの。有馬くんも少しは意識してくれたらって思ったんだけど、余計なことしちゃったわね」
「ううん、ありがとう」
結果はどうあれ、応援してくれたのは素直に嬉しかった。
「うん。わたし、頑張ってみるね」
この世界でも妹扱いと言うのは残念だったけど、それでも歳の差がなくなったって言うのは大きなプラスだ。この世界なら、妹から一人の女の子に変わることだってできるはず。
この時のわたしは、そう信じて疑わなかった。
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