第74話 魔神の復活祭⑥

 またも金網に叩きつけられた。

 幽香が気弱なおのれを鼓舞して立ち上がった以上、俺も遅れを取るまいとあきらめずに攻撃を仕掛けた。依然如斎谷に有効打を一つも当てられないでいたが、突き崩せるタイミングが到来する兆しを感じたのだ。

 ツキだ。ツキが来るのを待て。


 「いい加減、降参してもらえんかね。私もこれ以上、君を痛めつけるのは辛いし、妹君にも試合続行を強いるのは気の毒だよ」

 如斎谷が降伏を勧めた直後に転機が訪れた。

 舞台が揺れた。神楽殿の立つグランドごと揺れたのだ。

 「昆さまあれを!」

 永野が空を指さし、誰もがあっと叫んだ。

 天がひび割れている。学校を覆う結界に亀裂が走っていた。


 「お住持さまたちだ!」

 すぐ般若メイドに取り押さえられたが半六が歓喜する。

 幽香も髪留めのカメオに触れて顔を輝かせた。

 「埜口さんのお父様の声が聞こえました。お住持さまたちの御祈祷の効果があらわれ始める頃だって」

 「信星住職……」

 今頃文字通り命を削って読経を続けているはずだ。


 「私の神域に干渉するほどの観音力とは侮れぬ老爺がいたものだ」

 部下や信者たちが浮足立つ中、ひとり教祖は泰然と構えている。

 「だが、結界を外部から破るには少々弱い。この調子では完全に神域が崩壊するには半刻以上はかかる。それまでに君たちを降伏させれば済むことだ」

 「凌いでやるぜ。満月の光を体いっぱいに浴びるまで」

 息巻いてはみるものの、どちからかというと奴の見立てが正しい。ドームのひび割れは何とももどかしい進行具合だ。


 天を仰いだ如斎谷が鉄扇を広げて顔を覆う。沙羅双銃の光弾が止められた。

 「何をするか貴様!」

 場外から銃撃した半六が永野に殴られる。

 「正々堂々闘う昆さまを狙うとは恥を知れ!」

 「おまえが恥を知れジグザグヘアー!」

 無抵抗の友を乱打するとは許せん。教祖との勝負を中断してでも奴に鉄槌を下そうと金網に足をかけると、永野が絶叫をあげてのけ反った。

 「ぎゃああああああっ⁉」


 「自分の部下の折檻は自分でする」

 踊るように悶絶する女の眉間には、孔雀の羽根が刺さっていた。

 「悪遮羅流外道術・鹿鳴喚ろくめいかん! あれほど我が君を傷つけるなと釘を刺しておきながら殴打とは言語道断。たっぷり十分は悶え苦しむがいい!」

 如斎谷が投げた羽矢には毒が塗ってあるようだ。気丈な女に発情期の牡鹿のごとき声をあげさせずにはおかないほど苛烈な猛毒が。


 「常人には滅多なことでは使わんから安心したまえ根室くん」

 誰が安心できるか。あんな制裁見せられて。

 「大丈夫かい緑の君、金網の隙間越しに撃つとは伝道学院きってのガンスリンガーなことはある。一発はあらぬ場所に当たったが」

 金網の低い部分、足元のあたりが溶解していた。

 「狂暴な女に殴られぬようおとなしくしているんだ。そうでなくても君に不利な時間帯さ。日天子にせよ天照にせよ夜は微笑まないんだ」


 「確かに夜に太陽神の霊威は低下する……」

 友人は袖で鼻血を拭って半身を起こす。

 「もういい六! おまえは寝てろ!」

 「寝る前にもう一仕事させろよ。日入りを迎えてから一度だけ使える技、夜間に起死回生を狙えるとっておきがあるんだ」

 沙羅双銃の吽銃が真上に向けられた。

 「本日最後サンセット一撃ブロー!」


 味方以外の者すべてがマズル部の閃光に目を覆った。

 夜の校庭に打ち上げられた豆太陽が、天幕のように立誠高校全体を覆う孔雀柄のバリヤーを貫通したのだ。

 「しまった!」

 指の隙間から穿たれた天蓋を見て如斎谷が叫ぶ。

 「僕にできるのはここまでだ」

 銃を持つ半六の腕が力なく下がる。


 「我が君よ! なんてことしてくれた!」

 「如斎谷さん、ごめんなさい」

 「誰だ? 教祖と呼べと……うおあっ⁉」

 頓馬な声をあげて教祖が転倒。バナナの皮でも踏んづけたみたいに豪快にひっくり返る。

 舞殿の上を親父の入った水晶玉が俺の足元まで転がってきた。

 『先生にも活躍の機会を与えてあげたくてな』


 まだ視力が回復しきらず、どこだ誰だと罵り合い、同士討ちを始める信徒どもの中で一人の女性が仮面をはずして得意満面の素顔をのぞかせた。

 「信南子先生……」

 「お役に立ったかしら?」

 彼女が水晶玉を投げ入れて如斎谷の足を滑らせてくれたわけか。

 「助かりましたとも。先生のおかげで」

 『今のうちだ重光、月の光を存分に浴びよ』

 「……ああ」

 やっと拝めた。半六と初めて出会った晩以来の満月を。


 夜空に浮かぶ白磁の皿は心に染み入るほど円く美しかった。遮る結界が散開した今、俺は降り注ぐ月光を総身で受け止めた。

 良い。善い。好い。素晴らしくい。

 体力の回復が高揚する気分とシンクロする。

 「降臨アドベント・チャンドラヴァンシャ!」

 自然、月を掴み取るつもりで手をぐっと伸ばしていた。

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