第75話 永遠に遊べ月世界で
俺の衣装も太陽神スーリヤヴァンシャが降臨したときと同じく変化した。
立誠高校の褐色の制服を基本に中世ヨーロッパの宮廷服と軍服を合わせたようなデザイン。顎まで隠れる高襟、膝下までのブーツ、鉛色の硬質の肩章、左胸のプレートとニーパット。
なかなか悪くない。しっかり三光宮の社紋まで入っている。
「正体を隠す必要もないが仮面でもつけてみるか」
落ちていた般若面を拾うとこれも俺の気持ちに呼応して変形する。マスカレードの仮面みたいに洗練されたデザインになった。
『まさに月の化身だな』
「これを三星の輝子の正式な礼服にしよう!」
「異議ありません!」
「わたしも入りたい!」
四名による肯定的コメントに俺も気をよくした。
当然これだけでは終わらない。金色の神電池を取り出す。
「
敵が校門に鳥居を立ててくれたおかげで神域発生の条件は満たしている。ひび割れた孔雀模様の緑のドームが俺の世界へと塗り替えられていった。
幽香が目を見開き、半六と親父が声を揃える。
「お月様があんなに近く!」
「これが重光の神域、重光の心象風景か!」
自分でもちょっと意外だった。月は好きだがここまでとは。
空を覆い尽くすほど月が間近に迫っていた。
表面の凹凸やクレーターが目視できる。普通ここまで月が接近したら天変地異レベルの破滅現象が起きそうだが、あくまで心の世界のイメージだからな。
「よくも我が神域を潰して、あんな無粋な土玉を召喚してくれたな! いくら私の想い者だからといっておイタが過ぎるぞ」
教祖が肩をいからせて激昂する。
「想われると怖い夢を見るからやめてくれ」
「まあよい。自分が追い込まれる事態も想定していたからな。想定していただけで備えらしい備えをしていなかったのは失策だったが」
「自分の頓智気ぶりを認める気になったら降服しろ」
「降伏とは受諾するものではなく他人に強いるものさ。根室重光、私を殴ってみろ! その月光の神秘を帯びた状態で私を殴ってみろ!」
言い終える前に俺は殴っていた。神音力を乗せた右のストレートをはっしと受け止められる。
しかし今度は腕一本使って。奴の広い額に汗がにじむ。
「や……やるね」
「指で止めようとしなかったのは賢明だな」
「パンチ力が上がっただけで勝てるとでも?」
鉄扇を繰り出すより速く正中を貫く恐兎拳・十五夜兎の舞をくれてやった。
「い……いい技だ!」
拳が当たった箇所から焦げ臭い煙があがる。
よろよろと金網にもたれかかると思いきや、体重をかけた反動を利用して間合いを詰めてきた。
眉の上に牙のごとき双角。ついに如斎谷も鬼女化した。
「わたしも鬼になるっ!」
真っ赤に眼を光らせた幽香が猛然と横からタックルをかます。再び二対一の壮絶な打撃戦が開始された。
「私の
「豚箱へ入れ痴女!」
「ふんぬあっ!」
横面を殴り抜くも踏みとどまる。幽香の掌打もアッパーで返された。
「まだまだあっ!」
やはり強い。長野とは桁違いだ。
月光電力フルチャージで鬼女化した妹と二人がかり、勝負は完全に圧倒しているが押し切れない。後一歩で谷底へ叩きとおせる状況まで奴を追い込みながら、その一歩を与えあぐねていた。
「幽香ちゃん、これを使え!」
半六が杖状の武器をパス。使えそうな玩具を吟味して詰めたリュックの中身は決して御都合主義なんかじゃない。
「オレジャナインダーのバトルスティックだ。三光さまの霊験をたっぷり吸収した神電池を入れてあるから大化けするぞ」
「ありがとう埜口さん」
礼を言って幽香が信心を込めると、ステッィクの突端が丸く膨らみ、棘が突き出て、怪力娘にふさわしい武器へと変化した。
「これなら如斎谷さんの孔雀扇にだって勝てます」
「言うは易しだよ!」
脳天砕きの上段を悠々回避、背後のコーナーポストもとい舞殿の柱に降り立つのを見越して俺が撃った。
「チームプレイが確立されれば行うも易しだ」
足場を崩されて、前のめりに落ちた如斎谷を棘球がまともに捉えた。
「ぐはっ⁉」
「あなたは悪遮羅が遺した最低の負の遺産です!」
この瞬間を見逃さず、俺も銃を拾って特大ハイモードで射撃。
「
完璧なシンクロだった。刹那のズレもなかった。
鉄棍の好打に神気の光弾の上乗せで如斎谷の長躯が吹っ飛ぶ。どこまでもどこまでも空の彼方をめざして。
「私は死なんぞおおお!」
如斎谷の口から何かが吐き出された。
間一髪で飛んできたエクトプラズムのごとき発光体を回避。最後っ屁と言ったところか。
お土産にミドルを5発撃ってやった。
このまま成層圏を突き抜けて、永遠に宇宙空間を彷徨い、考えるのをやめてくれれば涙が出るほど嬉しいがここは結界、月の位置はせいぜい雲ほどの高さだ。
やがて土煙をあげて奴は月面に激突した。
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