第72話 魔神の復活祭④

 羽交い絞めにされた半六がじたばた暴れる。

 「な、なぜだ⁉」

 「何してんだてめえ!」

 話が違う。破壊衝動抑制色セーフティカラー──頭髪に染み着いたマラカイトグリーンがある限り、奴は半六を攻撃できないはずではなかったのか?


 「騙したのか⁉」

 「私は親を騙し教義に背き天を欺いても好きな男に嘘はつかん。君を危害を加えられないのは天地神明、悪鬼羅刹に誓って真実だよ」

 「じゃあなぜ僕を締め付けられる!」

 「嘘をつかなかっただけで十分な説明をしなかったことは認めるがね。埜口くんが愛しいがゆえの抱擁さ。危害じゃなくて愛だよ愛」

 どうやら奴が攻撃と認識しないことは例外と条件づけられているらしい。これは半六にも未知の情報であったことは狼狽ぶりからもわかるので責められまい。

 長野と衛兵どももニヤっとして武器を拾う。完全にまずい。


 「はあ~緑の柔毛はたまらんわあ~」

 「顔を密着させるなあ!」

 「はあ~いいわあ~たまらんわあ~」

 転校してきた日に俺の匂いを嗅いだ光景が再現されている。

 親友が汚らしい女に玩具のように弄ばれている。

 「六に触るんじゃねえ!」

 この女を木っ端微塵にしてやりたい。血が燃え滾るほどの怒りを初めて覚えた。


 「重光ちゃん、わたしが同じことされても怒りますか?」

 幽香がふてくされた感じでブツクサぬかす。

 「あ? こんなときに何言ってんだ?」

 「やっぱり女の子に興味ないのかなあ……」

 「そういうんじゃねえ! でも許せねえんだよ!」

 菩提銃をハイモードにして痴女を狙う。

 「離せ! おまえの力じゃ半六を殺しかねないだろうが」

 「命にかかわるほどの力を加えたら自動的に彼を離してしまうだろうさ。信用できぬというなら、ほれ獲物をよこせ」


 般若面の一人が短剣を投げる。

 それを受け取って如斎谷は半六の喉を掻っ切ろうとした。

 「ひ……!」

 「よせ!」

 が、短剣は如斎谷の肩に突き立った。

 自分で自分を刺したのだ。見えぬ力で強引に腕を曲げられたみたいに。

 「埜口くんを傷つけようとするとこうなるんだ。不可抗力でね」

 肩を赤く染めて眉をしかめる。演技ではなさそうだ。

 「おまえ血が出てるぞ……」

 「夜な夜な君たちを想いながら流したヴァルトリン腺液の量に比べたら、こんな流血物の数ではないわ! 上がってきたまえ!」


 「ふ……二人とも僕のことはいいから……」

 息苦しそうに友は自分を捨てて戦えと主張する。

 承諾できるものか。できるなら幽香だって見殺しにしている。

 「幽香、ここからが正念場だぞ」

 「わたしたちは三人で三星の輝子ですものね」

 「行こう」

 幽香の手を引いて神楽殿へ向かう。

 念押しせずとも、こいつもとっくに腹を括ったようだ。かすかに震えているのが繋いだ手を通して伝わってくるが足取りはしっかりしている。


 滑り台から元に戻った梯子を上がる途中、罵声がとんだ。

 「よく出てこれたな根室!」

 「女の手なんざ取ってナイト気取りかよ」

 「やることがいちいちシャクに触るぜ」

 「妹を慰みものにしてるってマジっぽいな」

 「俺の友達が人面魚に齧られて入院したんだぞ」

 「生きて帰れると思うなよ」


 どいつもこいつも好き勝手言いやがる。

 彼らとて鬱屈したものを胸の奥深くでくすぶらせているのはわかる。溜まりに溜まった不満を吐き出すのに格好のスケープゴートを与えられ、超人的能力を持つ扇動者までいるとあっては理性を維持せよというのが無理な話だ。

 決して無抵抗のサンドバッグになってやる気はないが。


 「よく来たな。偉いぞ」

 同じ地平に立つと如斎谷が笑顔で出迎えた。

 両の腕を半六の痩躯に巻き付け、頬を鼻筋に擦りつけ、こめかみに唇を押し当てている。嫌らしい女だ。不潔な女だ。

 「来てやったぞ。半六を離せ」

 「条件があるよ。青銅の孔雀に──」

 「入るな戦え……!」


 鉄鎖をも凌ぐ強縛ハグに耐えながら半六が自分を責める。

 「僕の調べが甘かったんだ……」

 そこで教祖が指を鳴らすと舞殿が金網に囲まれた。

 鉄製のフェンスが四枚、下から迫り出してきたのだ。

 「ただ人質と引き換えに隷属を強いるのも如斎谷の家名を貶める行為だ。ここは君たちにも勝機を見出せる勝負にしようじゃないか」

 「試合をやるつもりか」

 「ああ、青銅の孔雀代表の如斎谷昆vs三星の輝子の根室重光と根室幽香の一対二の変則金網デスマッチだ!」


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