第71話 魔神の復活祭③

 すいませんよ、ちょっと通してくださいな──といった要領で鬼女の御名を連呼する信者たちの間を縫って前進する。

 「あいたっ!」

 幽香の体が投げ出され、襟首を掴まれるのが見える距離まで来た。

 「理解してもらえぬとあれば仕方あるまい」

 舞台正面には穴へと続く梯子がある。

 教祖が指を鳴らすと、ぱたっと滑り台へと転じた。


 「リーダー、生贄にするなら彼女より重光とかいう兄のほうを! ついでに埜口の奴めも! あの屑オスどもの利用価値はそれしかありません!」

 「黙っておれ」

 長野兵美が不愉快な進言をするが鉄扇ビンタで沈黙を強いられる。

 「悪遮羅さまに精力を吸いつくされても、まだ息があれば義姉妹ぎきょうだいの盃を交わそう。行ってきたまえ!」

 どんっと幽香の背中を蹴った。

 「そんなあああああああ⁉」


 「今だっ!」

 半六が撃った。白い霧が神楽殿の周辺に立ち込める。

 阿吽バランスから受領した松尾大明神の神電池の霊験、酒の霧だ。

 「何だこの霧は⁉」

 さすがの如斎谷も面食らっている。

 戸惑う信徒たちを押し分けて俺は前へ出た。


 「あわわわわ~っ!」

 我が従妹はまさに崖っぷちだった。魔神が眠る大穴へ落ちるまいと滑り台で加速のついた体を反らし、両手をばたつかせて必死にバランスを保っている。

 「もうダメ~っ! 落ちる~っ!」

 「持ちこたえろ! 踏ん張れ幽香!」

 ここまで来ればバレてもいい。従妹の名を叫びながら兎になったつもりで大地を蹴る。

 大穴を飛び越え、俺は水平に飛ぶ。爪先立ちであがく幽香と真正面からぶつかり、押し倒すような形で舞殿の前に倒れ込んだ。


 「重光ちゃんっ……」

 目に涙をたたえて、不細工な顔が感激に歪む。

 「感謝しろ。助けに来てやったぞ」

 「はい……信じていました」

 俺は上から幽香は下から見つめ合う。少し妙な──それでいて温かい感情が互いの肌に伝わってくる。


 「ラブコメタイムにはまだ早いよ根室くん」

 突如つむじ風が巻き起こり、肌が湿るほど濃密な霧が吹き払われた。孔雀扇で肩を叩く如斎谷の姿が現れる。

 「してやられたよ。すでに信者の中に混じっていたとはな」

 「僕も混じっていたんだよ」

 栗毛の後頭部に右の阿銃が押し当てられる。

 「みんな神楽殿から離れろ! さもなきゃ教祖を撃つ!」

 上出来だ。アルコール噴霧で狂信者たちの視界を一時的に奪ったところで俺が幽香を救出、半六が如斎谷を人質に取るという作戦はまんまと成功した。


 「おお……緑の君じゃないか」

 「おひさしぶりです先輩。不本意な再会の仕方でしょうけど」

 「どこが不本意なものか。君のほうから私にここまで接近してくれるなんて初めてじゃないか?」

 如斎谷が笑う。不健全な悦びを総身に満ち溢れさせて。

 「リーダーから離れろ屑オス!」

 「長野先輩もおひさしぶり。抜いちゃ困りますよ」

 刀に手をかけた長野に半六は悠々とした態度で応じた。


 「じっとしててください。動けば女史を撃つ」

 「卑怯者が……!」

 「武器を捨てろ」

 野犬のような唸り声をあげて日本刀が捨てられた。他の三人の信徒が放棄した武器には投げナイフにヌンチャク、鉄の爪や鎖鎌まであった。

 「私を人質にしてどうするつもりだね」

 如斎谷は微笑を浮かべたままだ。

 「幽香ちゃんはもう取り戻したから、後は悪遮羅の復活を中止させるだけだよ。化物の封印なんか解かれちゃ世間が被る迷惑は計り知れない」


 「どいつもこいつも近づくな!」

 俺も詰め寄ろうとした信者たちを威嚇する。

 「如斎谷! あんたの口から今夜は解散だって言え!」

 「あはは、君たち幽香くんを取り戻して、私の背後を取ったぐらいで立場が入れ替わったとでも思っているのか?」

 「先輩、去勢も程々に……おっと!」


 ほんの一瞬の油断だった。警告を無視して踏み出しかけた長野に左手の銃を向けた際にわずかな隙が生まれた。

 「つーかまえた♪」

 如斎谷の長い腕が半六を抱きすくめていた。


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