第70話 魔神の復活祭②

 「……悟られないようにあたりを見渡せ」

 低めの声で幽香に指示を出す。

 神楽殿の前に掘られた大きな穴が見て取れた。

 生徒総出でスコップを振るった成果だろう。直径は優に十メートルを越え、深さは倍以上、底でたゆたう濁った地下水はさながら地獄の入り口だ。

 信徒らは穴と舞殿を囲んで半円形に並んでいる。


 『幽香くん、ものは相談だが』

 如斎谷が水晶玉にアップで映る。

 『三光宮で持ちかけた相談でしょうか……?』

 『君みたいな飲み込みが早い子がアホ扱いされるなんて不憫だなあ。いかにも君たちと初めて出会った晩と同じことを頼みたい。私の傘下に入ってくれるね』

 拒否だ拒否。お断わりだって唾でもかけてやれ幽香。


 『そ、それはわたしの一存では……』

 『決めてもらわねば祖霊さまへ君を捧げねばならん』

 悪寒が走った。如斎谷の粘性の高いどろっとした目つきは水晶玉経由でもおぞましさ満点である。

 『さて諸君、間もなく偉大なる悪遮羅さまが地上へ凱旋あそばすわけだが、小賢しくも封印の力がまだ健在ときている。これを打ち破るには諸君の協力が欠かせん。皆の心を一つにして悪遮羅さまの名を呼んでくれ!』

 信者たちの方を向いて袂に差した孔雀扇を抜いた。


 「アシャラ!」

 舞殿の一隅に立つ長野兵美が拳を天へ突き出した。

 残る三方の黒スーツの般若面がそれに続く。勘だが、教室で如斎谷の給仕メイドをやっていた女性たちと同じ人くさい。

 「アシャラ!」

 「アシャラ!」

 「アシャラ!」


 興奮は興奮を呼ぶ。

 誰かが控えめにでも魔神を呼べば勢い左右の者がそれに倣う。

 「アシャラ!」

 「アシャラ!」

 「アシャラ!」


 瞬く間に俺たち以外のグランドに集った全員へと伝搬、夜の立誠高校は異常な宗教熱が渦巻く小魔界と成り果てた。

 見上げると孔雀の羽の模様で天が彩られている。

 神域移動とはつくづく便利なシステムだ。外界から隔絶された結界なので近所から苦情が入る心配もなく一晩中馬鹿騒ぎができるのだから。


 「どうする親父?」

 『何とかして幽香に近づかねばならんな』

 すぐにでも縛めから解き放ってやりたいが状況が悪い。教員・生徒すべてが青銅の孔雀に着いたこの場で飛び出して行っても袋叩きにあうのがオチだ。

 彼らの安全を度外視してもいいのなら強硬突破も選択肢の一つに数えてもいい。しかし利用されている同校生を手にかけたくないと考えるだけの〝隣人愛〟が俺にもあった。


 『だが、みんな鬼の面を着けているのは却って好都合』

 「そうか、俺たちも鬼の面をつけてあの中に紛れ込もう」

 「制服のおかげで他の生徒と区別がつかなくなるね」

 地下で倒した奴らから奪っておいた般若面を装着、髪の色でバレる危険のある半六はさらにタオルでほっかむりをした。

 「わたしはどうすればいいのかしら」

 信南子先生が所在なさげに質問する。

 「う~ん……仮面だけではまずいかもしれませんね」


 妙案が浮かびかねていると、いい鴨が現れた。

 「こらっ! そこの三人、悪遮羅教の信者か?」

 見回り役らしき女子信徒が俺たちを見咎めて近づいてきたのだ。

 「そこで何をしているの!」

 「いいこと」

 とだけ答えて速攻で鳩尾を突いた。こいつは普通タダの人間だったようで、あっさり一撃で俺の腕の中へ倒れこんだ。

 「こいつと服を取り換えてください」

 昏倒した女子を先生に預けてから再び水晶玉を見る。


 『どうかねこの声は。私の人望あってこそさ』

 如斎谷が鉄扇で幽香の頬を撫でている。

 『君だって希少な祖霊さまの血を分け合った同胞はらからの一人なんだ。それも長野程度とは違って鬼女に変化できる有望株だ。失うのは惜しい』

 『お褒めにあずかって光栄です。でも……』

 『こう見えて私は敵が多い。同じ悪遮羅の血族で最も祖霊に近い力を持つ女がいるんだが、野心の類とは無縁の輩で私にも批判的だ。その女と雌雄を決する日のために仲間を一人でも多く確保しておきたい』

 『さっき人望があると言いませんでしたか?』

 いい突っ込みだ幽香。奴の決まり悪げな顔が見れた。

 それにしても悪遮羅に近い力を持ちながら如斎谷と対立する女性とは如何なる人物なのだろう。しかも野心と無縁とは、これぞ聖者ではないか。


 『人気者ゆえに背負う因業というものがある。よく言うだろう、可愛さ余って憎さ千倍、ひいきの暗殺部隊派遣とか』

 『何をおっしゃっているんですか……?』

 鉄扇が風を切る。幽香を柱に縛りつけていたリングが砕けた。

 今朝使った捕縛如意輪キャッチングチャクラという道具だ。これを使われては幽香の馬鹿力でも脱出できないわけだ。


 「親父は先生とここで待機な」

 『心得た』

 「僕らで近づけるだけ近づいてみる」

 「服を交換したら、この子はどうすればいいのかしら?」

 「井戸に投げ込んでおけば」

 「そ、そんな……!」

 困惑の涙声にも耳をかさず二人で群衆の中へ向かった

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