第69話 魔神の復活祭

 「偶然、こいつが井戸をのぞいたようだな」

 KOした般若面の信徒を縛って井戸の陰に隠しておく。

 「金が欲しいかーっ⁉」

 「欲しいーっ!」

 いきなりの狂女の馬鹿でかい声が響き、より馬鹿でかい複数の声が応えた。

 グランドには少なくとも二百人はいる。大部分は我が校の生徒たち、それ以外は一般信徒と警備役の暴力団組員たちと見た。


 校舎からのサーチライトが即席の神楽殿みたいな舞台を照らす。その上で群衆を煽っているのは遠目でも如斎谷昆とわかる。

 ひさしぶりの白衣に黒い細袴の礼装スタイル。今夜はその上から襞衿つきの黒いマントを羽織っている。百九十の長躯も手伝って教祖の貫禄たっぷりだ。


 「不老不死になりたいかーっ⁉」

 「なりたいーっ!」

 「悪遮羅さまを奉るかーっ⁉」

 「奉るーっ!」

 素直に熱狂する信者たちに教祖さまはご満悦だ。

 「うむうむ。実に良い返事だ。それでは今夜の来賓に登場いただこう。祖霊さまの血を分け合った同胞・根室幽香くんだ!」


 荷台に乗った我が従妹が運ばれてきた。太い丸太に縛りつけられた状態で、じっと目を閉じて気を失っている。数人がかりで丸太ごと神楽殿に上げられた。

 「ひどい拷問とかは受けていないようだね」

 『わからんぞ半六くん、常人とは桁違いでタフな子ゆえ』

 「どっちにしろ早く助けないとな」

 しかし、こう人だかりが多くては接近しづらい。

 「俺たちが側まで来ていることを幽香に伝えられればいいんだが」

 「ナキワスレが使えればなあ」


 『おまえたち、幽香と連絡が着くかもしれんぞ』

 「マジでっ⁉」

 「本当ですか⁉」

 水晶玉に映る父を凝視する。

 『幽香も月長石の破片を持っていればの話だが』

 「ああ……持ってる! 持ってるはずだ!」


 修理完了した脅獅を受け取るついでに埜口とデートすると外出した日、幽香は確かに母親の形見である月長石製のカメオを身に着けていた。そのまま信南子先生の御自宅へ厄介になったので、今でも肌身離さず持っている可能性が高い。

 「月長石のカメオならわたしも見せてもらいました。わたしの家から帰った日もちゃんと持っていましたよ」

 『では、さっそく交信してみましょう。幽香……幽香……』

 親父が呼びかけると水晶玉に何十もの般若面が映った。現在、幽香がいる位置から見た光景である。

 こっちには背を向けているのでわかりづらかったが、信者たちは皆般若のような面をかぶって、櫓を扇状に囲んでいるのが見て取れた。


 『通じたぞ。重光、語りかけてみろ』

 「よし幽香、聞こえるか俺だ」

 『え……?』

 「俺だ。大きな声を出さずに聞け」

 『えーっ⁉ 重光ちゃんっ⁉』

 アホは五十メートルは離れたここまで聞こえる声を出しやがった。半六が血相を変えて俺の利き腕を押さえにかかる。


 「誰を撃とうとしてんだよ!」

 「もういい。あいつ殺そうぜ」

 なぜ俺の拳は手首から分離して飛んで行かないのだろう。なぜ遠方のアホにも忿怒の鉄拳を届かせる手段がないのだろう。

 「六、せめて俺の右手をロケットパンチに改造してくれ」

 「まあまあ、殴るのも生きて戻ってからだよ」

 仕方ないので囁き声で、かつ鋭く叱った。

 「大声出すな! 近くにいるとバレたら水の泡なんだよ!」


 『どうしたね幽香くん、いきなり兄上の名など呼んだりして』

 如斎谷が眉をひそめた。

 『え? あ、ああ……その……』

 ごまかせ。言い抜けろ。ここで見つかったら終わりだ。

 『し、重光ちゃん、埜口さん、助けに来てえ!』

 『なんだ兄上たちが救出に来るのを待っているのか』


 よし、幽香にしちゃ上手いごまかし方だ。さっきの大声は帳消しにしてやる。

 『呼ばれずとも彼らは今頃、地下からここを目指しているはずだ。なかなか現れんところを見ると亜修羅たちが期待以上に踏ん張っているな』

 おまえの見立てどおりさ如斎谷。ただし、とっくに番犬どもを片付けて到着したことにまでは想像が及ばなかったようだな。

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