第68話 根室重光が根室容保と再会すること⑦

 「根室くんがあそこまで強かったなんて知りませんでした」

 凶悪さんたちを撃破して先を急ぐ途中、信南子先生がしきりに感心する。

 「でも、もう少し慎重になってほしいというか、あまり無理しないでほしいかな。わたしの見せ場が減ってしまいますから……」


 「じゃあ武器渡すから前衛頼むね」

 半六が先生の頭に銃口をぐりぐり押し当てる。

 「ごめんなさい……調子に乗ってました」

 「いいよ六」

 あの乱闘を前にして、足をガクガクさせながらも立っていられたのだ。チキン先生なりに進歩したということにしておこう。


 『だが、さきほどの闘いぶりは見事だったぞ重光。まさか恐兎怖跳拳を、あそこまで実戦で耐え得る技に昇華させるとは』

 「昇華って、親父は恐兎拳で不良グループを壊滅させたんだろ?」

 「あれは見栄をはっただけで本当は手も足も出ず袋叩きにされたんだ」

 「そんな拳法、倅に伝授してんじゃねえ!」

 反射的に先生の手の上の水晶玉を回転脚で蹴り飛ばす。

 案外固く、割れることなく壁の煉瓦に埋まった。


 『ウソをついていたのは私だけじゃないぞ。ご先祖さまも武者修行中の浪人に手合わせを所望されて、泣いて土下座して帰ってもらったんだからな』

 最低の一族だ。彼らの血がこの体を流れているのかと思うと切ない。

 『そう怒るな。いい準備体操にはなったろう』

 「まあな。この勢いなら如斎谷昆とだって一騎打ちに持ち込めればワンチャンスありそうだ」

 「幽香ちゃんの救出が最優先だけどね。いざとなったら如斎谷女史とは僕が闘う」

 「俺たちを引っぱりこんだ責任なんか感じなくていいって」

 「そうじゃない。あの人は僕には手出しできないんだよ」

 指先で自らの頭髪を摘まんでみせる。


 「この緑色が僕限定で女史からの盾になる。自分の想い者に認定した男への攻撃衝動を抑える効能があるんだ」

 『半六くん、もしや君の髪は如斎谷昆に染められたのではないかね?』

 「そういえば六くんって、中学時代までは黒だったのに」

 親父と従姉の指摘に半六は両手で髪を逆立てた。

 「この緑の髪は、伝道学院で如斎谷女史のお気に入りの証明あかしとして、外道法力によるマーキングの術でマラカイト色を移されたんです」


 「マラカイト?」

 「孔雀石のことさ」

 奴の崇敬仏である孔雀明王にちなんだ色というわけか。

 「切っても駄目なのか」

 「丸坊主にもしてみたけど髪色が固定されてしまったようで緑の髪が生えるだけだったよ。あの人が心変わりしない限り永久に僕はメロン頭さ」


 そこで信南子先生が何かに気づいた。

 「あ、見て。上から光が」

 指さす先がほのかに照らされている。走って見上げると、ぽっかり開いた穴から薄暗い夜空が望めた。校庭の隅の枯井戸まで来たのだ。

 腕尾計を見ると午後七時をまわっている。凶悪さん率いる鬼面部隊や雑魚妖魂との戦いも含めて、かかった時間は三十分あまり。


 「どうやって登る?」

 縄梯子を使うにも十メートルはある高さだ。

 「このカセット式マズルでフックを打ち上げよう」

 半六が答えて、沙羅双銃の先端部にイカリ型の鉤をセット、縄梯子を尻尾につけたフックが射出された。

 半六は何度か引っぱって、井戸の淵に鉤がしっかりかかったことを確かめる。


 「まず俺から上がって手引きする」

 井戸まわりに敵がいる危険もあるので俺が最初に登った。500㎏の重さに耐えるらしいが細いロープでできた梯子は登りにくいことこの上ない。

 「うん?」

 のぞきこんだ般若面と目があった。即座に下から殴る。

 首だけ出して井戸のまわりを見渡す。誰にも見られなかったようだ。


 「みんな今のうちだ」

 半六が井戸から出て、信南子先生も立誠高校の校庭に下り立つ。

 地下道の旅は終点を迎えたのだ。

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