第59話 三星の輝子が結成されること⑤

 「幽香! 玉だ、水晶玉を持ってこい!」

 オドシの引く貨車へ乗り込み俺は再度自宅へ。周辺に如斎谷の手の者らしき人影がないことを確認、急いで玄関のドアを開けて奥へ向かって大声を出す。

 鈴を鳴らして猫耳の女が駆けてきた。


 「お帰りかな~ん!」

 「動くな」

 菩提銃を抜いて鼻先に突き付ける。

 「後退バック! へい後退バック! 五歩下がれ」

 「ダ、ダーリン、杏のこと忘れたのかな?」

 「アンズでもアンコでもいい。下がれったら下がれ」

 取り付く島を与えず警告、空いてるほうの手でシッシッと追い立てる。

 狭量と言われようとこいつらだけは駄目だ。本能が拒絶する。


 「ダーリン……⁉」

 「十秒以内に後退しないと撃つ」

 我ながらニヒル過ぎるかと思うほどの冷徹な声音にヤバいと感じたか、如斎谷の側近のちっこい方はそそくさと五歩下がった。

 「つ、つれないにゃあ……」

 「おまえはリーチが短いから五歩で妥協してやってるんだ」

 銃口を向けたまま二階へ叫ぶ。

 「おい幽香、ドラ猫が入ってきたら摘まみ出せ!」

 自室で身支度中のはずの従妹を呼ぶが応答がない。


 「こんな愛くるしいニャー子を摘まみ出せとは何事かな!」

 生意気にもチビが抗議するが、猫耳つきのカチューシャに、黒いワンピースのお尻には猫しっぽ、猫手袋にスリッパと、どこから見てもドラ猫だ。

 「どうかな? 似合ってるかな?」

 片岡はくるっとターンしてみせた。

 「似合ってるけど憎たらしい。何でおまえがここにいる?」

 「まあまあ、まずは家に上がってくつろぐかな」

 「俺の勝手で上がるわ。何でここにいるか答えろ」

 「絡みづらい男かなっ。ダーリンの日頃の苦労をねぎらうために岡田先生と二人しておもてなしの用意をしていたのにっ」


 猫娘を押し退けるようにして俺は家の中へ上がった。

 「幽香! 返事しろ幽香!」

 悪い予感がする。すぐ迎えに来ると言いながら幽香を一人きりにしてしまったのは、まずい判断だったのではないか。

 リビングから楽しげな……ちょっとイラつく鼻歌が流れてきた。

 玉暖簾をかき分けると台所に立つ女性が振り返る。


 「お帰りなさい。根室くん」

 「岡田先生?」

 煮物を見ていたのは純白エプロン若奥様風な岡田信南子先生。

 今朝の騒ぎの後、学校へ放置してきてしまったので申しわけ程度の心配はしていたが、我が家でお料理とは予想外である。


 「うちで何しているんですか」

 「今夜はわたしの御祖母さま直伝のブイヤベースですよ」

 「ブイヤベースはいいから説明してください」

 「ブイヤベース嫌いですか?」

 「食べて決めます。あの猫ガキと一緒に俺の家にいる理由を説明してください。おっと、おまえは五歩の間隔を守れよ」

 隙を見せると接近しそうになる杏を銃で脅す。


 「ダーリン、ひどいにゃ」

 「にゃー口調もやめろ」

 「根室くん、あまり片岡さんを邪険にしないであげて」

 信南子先生がチビ猫女の肩を持つ発言をする。おおかた如斎谷に形ばかりの謝罪を受けて言いくるめられたと見て間違いないだろう。


 「先生こそこいつのボスに泣かされたのを忘れたんですか?」

 「それなら如斎谷さんからお詫びをいただきました」

 「やっぱり……」

 死んでなかったことを安堵していいのか悩ましい。

 「なぜかお顔にタイヤの跡がついていたけれど、保健室で寝ていたわたしを気遣ってくれて、是非とも誤解を解く席を設けてほしいとお願いされたのよ」


 ──先日の狼藉は陳謝いたします。我が芸術が学び舎に不適切であったことを自覚せぬ不明を恥じ入るばかり。私の本意はあくまで立誠高校を中心とする間境区の発展と浄化にあり、徒に同級生や教職の方々を惑わすことにあらずと根室重光くん幽香くんらにもご理解してもらいたく、ここは彼らの覚えめでたい岡田先生に説得していただきたく──と不気味ほがらかに微笑んだそうな。


 「そんな薄っぺらな言葉を真に受けたんですか」

 「根室くんは人が悪過ぎますよ」

 「そうそう! ダーリンは疑い深いかな」

 油断した。信南子先生の頓馬ぶりに唖然とするあまり、黒猫スタイルのチビ少女が足に抱き着くのを許してしまった。


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