第58話 三星の輝子が結成されること④

 水晶玉を持って下車すると山門前で半六の父上が待っていた。

 「よく来てくれたね根室くん、半六とお住持さまは奥で待っているよ」

 「あの、半……六くんの怪我はいいんですか?」

 「ケガって何だい?」

 妙なことを尋ねる人だといった顔をする。

 住職の生活介助のために一日おきには星願寺に来ているそうで、柘榴の実が描かれた渋いエプロンがよく似合っていた。脚も長い。


 「俺のせいで半六くんが怪我したでしょう」

 「三光宮でのこと? いいからいいから」

 すべて了解といった調子で埜口父は俺を本堂まで案内してくれた。

 「君への恨み言なんて一切聞かなかったな」


 月天子の立像の前で二人は待っていた。

 疲れが吹き飛びそうなほど優しいお香の匂いが本堂を満たしており、束の間の極楽浄土を味わうことができた。

 「重光! 無事に辿り着いて何より!」

 俺を見るや青草みたいな頭髪が喜びに揺れる。

 「ちと待ちくたびれたぞ重光」

 信星住職はゆったりと座椅子に腰かけて欠伸する。


 「すみません。敵の包囲を潜り抜けるのに手間取って」

 「詫びんでよい。さっそく今夜わしらが採るべき手段を講じよう」

 「信南子姉さんが来てないけど」

 「信南子がおって役に立った試しがあるか?」

 「ありませんねハイッ、では状況整理から」

 半六がホワイトボードに浮き浮きとマジックを走らせる。

 「あ、水晶玉はそこの文机の上に置いといて」


 ①アシャラとは伝説の鬼女のことである

 ②鬼女の血を浴びた人間の子孫もアシャラと呼ぶ

 ③如斎谷昆とその一党、根室幽香もアシャラである

 ④如斎谷昆の目的は鬼女アシャラの復活にある

 ⑤同胞である幽香もまた配下に収めたい


 「付け加えるとしたら、あわよくば僕や重光を囲い、我々の所有する神電池も確保したいってところかな」

 筆先にキャップをかぶせて半六は言う。

 「アシャラ復活の儀式は今夜執り行うと見ていい。さっきナキワスレを立誠高校まで偵察へ行かせたところさ」

 「儀式ってグランドに魔法陣とか書いて生贄を捧げたり?」

 「その解釈でいいよ。要は封印が弱まってきているとはいえ、如斎谷女史ひとりでは鬼女を解き放つのが大変なので、幽香ちゃんの力も欲しているという次第」

 「加えて信者にした生徒たちの信心も利用する腹積もりじゃな」

 信星住職が後を継いだ。


 「儀式の真っ只中へ突入し、鬼女が目覚める寸前で再度封印するのが望ましい。おまえたちに決死隊の役目を任せるが良いか?」

 「任せてください!」

 刹那ほどのズレもなく俺たちは即答した。

 奴等と渡り合うのに適任なのは同じ鬼女の幽香、最も神電池に通じた半六、そして直接の戦闘経験がある俺を置いて他にない。

 「この老齢(トシ)で良い弟子に巡り会えたわ」

 どちからかというと表情に乏しい人だが、感動に打ち震えていることが伝わってきて、俺自身もどうしよもなく嬉しくなった。


 「底抜け女どもに正義の鉄槌を下してやりますよ」

 「あの人が好意を持ってくれていることに漬け込む形になりそうで心苦しいけど、女史の首にお縄をつけて奈良まで帰ればお役御免さ」

 友が立誠を去ることを改めて聞かされ少々気分が盛り下がる。

 「どうしても帰らないといけないのか?」

 「学院にはいい生徒ひとたちもいるからね」

 「おまえと幽香が羅刹女学院へ転校すればいいではないか」

 何でもないことのように住職が提案した。


 「それで三人一緒の学園生活が送れる」

 「あ、いいですねそれ。幽香ちゃんは十分資格があるし、彼女を手なずけている君のような男子も、これからの学院には必要だ」

 「俺の一存で決めていいならその話、是非乗りたい。だが、やっぱり親父の了解を得ないことにはな」

 「お父さんの所在はまだ掴めないのかい」

 「さっぱりだ。俺の家の水晶玉も通信に使えればいいのにな」

 文机の上で光る玉を見ながら言った。

 「ホント⁉」

 「あるのか⁉」

 老師の細い目が大きく見開かれた。


 「はい、親父が発掘した月長石で、神棚に飾ってあるんですけど」

 「それは遠見の石じゃ!」

 「月の眼球ルナティックアイといって千里先を見通せるんだ!」

 「千一夜物語に出てくる望遠鏡みたいなやつか⁉」

 知らなかった。全然知らなかった。

 してみると、神棚のある部屋で時々父の声を聞いたのは。

 「それを使えば親父と連絡がとれるんですか?」

 「容保くんも同じ玉を、もしくは月長石の破片を持っておるはずじゃ」

 「叔父夫婦の形見のカメオが月長石製でした!」

 「すぐ幽香を迎えに行け重光、その玉も持って来るのじゃ!」

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