第57話 三星の輝子が結成されること③

 『つれないお兄さんだね。チューぐらいいいじゃないか』

 「後の祟りが恐ろしいわ!」

 再びチャリオットが走り出す。

 『あ~オドシ任せにせず来れば直に幽香ちゃんの唇が……』

 「おまえも女でいい思いしてなさそうだな」

 水晶越しキスの余韻に浸る男に聞いてみた。

 「如斎谷が我が君とか呼んでたのっておまえか?」

 「え……?」

 「あいつ転校してきた日に男を探しに来たとか言ってたんだよ。俺のことかと言ったら己惚れるなと返されてな」


 しばらくの逡巡の後、ため息とともに返事がきた。

 「そうだよ。如斎谷女史は僕の先輩さ。風紀委員会の第一室長」

 「じゃあ立誠に転校して来る前の学校も同じところか」

 「奈良の羅刹女伝道学院らせつにょでんどうがくいん。共学校になってからの男子第一号が僕ってわけ」

 なるほど。わざわざ転校してきたもう一つの理由がわかった。

 卓上には麦茶の入ったポットと湯飲みがあったので、もらうぞと断わりを入れた上で俺は喉を潤した。よく冷えている。


 「あの女から少しの間でもいいから解放されたかったのか」

 「無論それもある。羅刹に入学してすぐに風紀委員室へ呼び出されたんだ。ドアを開けたら如斎谷女史が入浴してたよ。委員室へ浴槽持ち込んで泡風呂」

 「やりそうだなあ。教室にベッド持ち込もうとさせるぐらいだし」

 「退室しようとしたら腕を掴まれ抱き寄せられた。全裸で」

 「それはもう刑事事件だな」

 「僕が騒ぐとバスローブ巻いてくれたけどさ。それで聞くんだよ。〝君が望むものを何でもあげよう。だから私の想い者になりたまえ〟って」

 「そんな痴女が風紀委員長かよ」

 思い描くのも恐ろしい悪夢のごとき光景である。


 「側にいた長野さんに〝私とこの子の身長差なら立位も自然にやれるよな? いやいやちょっと背伸びしてもらう必要があるかな?〟とか平気で聞くんだぜ」

 「あの男嫌いがよく黙って見ていたな」

 「室長が入浴中なのを見計らって入ってきたな助平小僧!──って無茶苦茶な因縁つけられたよ。女史にブラシぶつけられて渋々黙ったけど、いつ袈裟切りにされてもおかしくない殺気を放ちまくりで生きた心地がしなかったな」

 「何でまたそんな所へ入学したんだ」

 「騙されたようなもんだよ。母さんの顔を立てるために」

 「じゃあおまえの母さんが事務長をしている寺院の法主って」

 「如斎谷女史のマミーとダディー」

 苦々しげに埜口は頷いた。


 「そもそもの始まりは、如斎谷女史の支配欲──祖霊である悪遮羅アシャラを崇拝神にして独立した教団を興そうとしたことさ」

 揺れる貨車の中で半六は羅刹女伝道学院の実態を語った。

 奈良県某所の刑務所跡地に戦後間もない頃に創立、女学院時代から有事に救国の勇婦となる心身堅牢な女子教育に力を注ぐことが目的であったが、如斎谷の祖母が理事長になってから事情が変わったという。

 「あの人自身や親族の女性の多くがそうなんだが、アシャラの血を浴びた者の子孫を確保する隔離施設の意味合いが強くなった。現在、学院に在籍中の女生徒だけで百人を超す」


 「みんな幽香みたいな怪力女か」

 「ピンキリだね。あくまで十代の女子としては最高レベルの身体能力しか持たない者もいれば、如斎谷女史みたいに人外の術を駆使する者まで様々だ」

 ちなみに幽香は任意では困難なものの鬼女化できる点が高ポイントなので、ピンに近いとのコメントをもらった。

 在学中から精強無比な女子を多く傘下に収め新教団〝青銅の孔雀〟を発足、卒業後は各界へ信徒を送り込んで日本の中枢に迫り、鬼女の子孫──つまりアシャラが支配階級となる世界の創造が最終目標だそうだ。


 『立誠高校のグランドの底に怒劉伽の亡骸が眠っている。女史が僕を追って立誠高校まで来たのも、あの学校を舞台にアシャラを復活させることだ』

 「なぜ立誠高校なんだ?」

 『お師匠さまから明治の神仏分離令の際、寺領の大半を手放すことになったことを聞かなかったのかい?』

 「もしかして立誠高校が建っている場所は──」

 『元星願寺の所有地さ』

 色々とのみこめてきた。妖魂が増殖したのも、鬼女を上から押さえつける寺社がなくなったことで封印が弱まったのだ。


 「僕が羅刹女学院へ帰らなければならないのも如斎谷の野望をくじく任務があってこそさ。彼女の想い者になっている立場を利用してね」

 そこでチャリオットが停車した。

 「お、星願寺に着いたぞ」

 「下りる前に僕の名前の由来教えようか?」

 「いいね聞かせろ」

 「半六の半は未熟者の半分って意味じゃない、誰かと色んな幸せを半分こし合えるように最初から半分にしてあるんだ」

 「上手いこと考えるなあ」

 「他人の喜びや悲しみも受け入れてあげられるだけの容量をキープしておくための半分なんだってさ」


 「考えたのは信星老師か?」

 「当たり~」

 奴は神使を誉められたときより幸せな顔をした。

 俺も幸せだ。ああ幸せだとも。

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