第56話 三星の輝子が結成されること②
自宅の前まで来たので幽香を下ろした。時刻は午後一時を回っている。
一度は引き離した追跡が思いの他執拗で、如斎谷指揮下の暴力団員まで動員されたため地中や塀の中へ潜り込み、異空間でやり過ごさなければならなかったのだ。
「とりあえず着替えてきますね」
「早めに迎えにくるが用心を怠るな」
「みんな自宅まで押しかけてくるかしら?」
「ありえる。そのときは神棚のある部屋に立てこもれ」
「はい。じゃあオドシちゃん、あっ……」
口にしてから許可を取るような目で水晶玉を見る。
『命令していいよ。オドシは幽香ちゃんの神使なんだからね』
「はい。オドシちゃん、重光ちゃんをお願い」
一吼えして、メカ獅子の引くコンテナの車輪が回り始める。
「あ、待って」
幽香が玄関で振り返った。
「どうした?」
「これから
水晶玉を持って俺も貨車から下りた。
「言いたいことがあるなら今のうちに言っとけ」
『今夜は修羅場になるからね』
「重光ちゃんと埜口さんにも、お互いのことを名前で呼び合ってほしいんです。よお半六、やあ重光という具合に」
「おいおい」
埜口の顔も困惑気味なのを確認しておいた。
「別に苗字で呼び合うからって、よそよそしいとは限らないだろ」
「でも、下の名前で呼び合ってほしいんです」
前髪をかき分けて幽香は言った。
「わたし、変身した今でも自分の正体が信じられません。わたしが鬼女の血を引く者とか……パパもママも全然そんな話はしなかったし……」
「ああ……それなあ……」
こいつの気持ちを全然考えていなかった。いくら人並以上の怪力があるといっても、いきなり貴様は鬼女の末裔だと言われたところで頭が追い付くまい。
「俺もいつの間にか
「おかしなことが多いとは思っていたんです。物心ついたのが幼稚園に上がる手前で……赤ちゃんの頃の写真とか一枚もなくて……」
またも涙声で鼻をすすり始めた。ぐじゅぐじゅと情けない。
破滅的な泣き顔を拝まされて、俺はつくづく閉口した。
「ママに聞いたら、あなたは私たちの子だから安心しなさいって、写真がない理由はいつか教えるから今は普通の子供として精一杯遊びなさいって……」
だが、両親は突如他界、娘の出自を話す機会を永久に逸した。
『お兄さん、何か言ってやりなよ』
水晶玉の向こうの男が囁く。
この場合、慰め役に適任なのは俺だろう。しかし、優しく頭を撫でたり、肩を抱いてやったりするには、俺はあまりに武骨で粗忽な兄貴だった。
「泣くんじゃない!」
気合注入のつもりで軽くおでこをぶっつける。
「女の子に似合うのは涙よりも闘志だ。さっさと拭け」
ハンカチを貸してやりながら俺は続けた。
「親父は絶対に何か知ってるはずだから、連絡さえ着けば問い質したいんだが、どこをほっつき歩いてるんだろうな」
「いいんです。事実なら受け止めます」
幽香はハンカチで目元をぬぐった。
豪快な音をたてて鼻をかむと、不細工な顔面をぐっと近づけた。
「恐ろしい鬼女の子孫であっても、お二人の支えがあれば必ず克服できます。だから二人も途切れない絆を約束してください」
鼻息の熱さに肌がヒリヒリしてくる。引きそうにないな。
『いいよ! じゃあ改めてよろしくね重光!』
あっさり埜口が先んじて折れてしまった。少しは俺の反応を見ろ。
『互いに最良の相棒でいような重光』
「……頼むぜ半六」
「ありがとう」
幽香が明るく微笑んだ。微妙なくせに
全身を預けるように俺の胸へ飛び込んでくる。
「二人とも大好き!」
重さと馬鹿力のおかげで踏みとどまるのに苦労した。
「感謝の印です。チューさせてください」
舐めるように水晶玉にキスを繰り返す。
『幽香ちゃん、そんなことされては……いいよ! もっとやって!』
「おまえ、本気でこいつに性欲感じるのか?」
「次は重光ちゃんも」
「
靴の裏を唇に押し当ててやった。
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