第60話 三星の輝子が結成されること⑥

 「何くっついてんだ貴様!」

 振り払おうとするがメスガキ猫は身をくねらせてしがみつく。

 「もっと素直になるかなダ~リ~ン」

 むせかえるほどの甘い体臭に嘔吐しかけた。

 気色悪い。ああ気色悪い気色悪い。

 「今朝はダーリンたちを追い詰めるウソ証言をしてゴメンかな。だから杏はダーリンの愛猫ニャーコになって尽くす所存かな~ん」


 ぶちん──俺の中で忍耐の鎖がひとつ音をたててちぎれた。

 「さあさあ、今夜は杏を妹と思っておくれな~ん」

 ぶち! ぶち! ぶちん!

 残りの鎖がまとめて断裂する。

 「やかましいわ! このガキャアアアアアア!」

 怒号とともに猫娘めがけてミドルで発砲した。

 一発! 二発! 三発!

 床にあいた穴は腐れ標的から数センチと離れていない。


 「あっ、あわわわわ……」

 片岡は腰を抜かし、お尻の下で生温かな液体をじわじわと広げた。

 人ん家の台所で失禁なんぞしやがって。

 「ひ……」

 信南子先生も棒のように立ちすくんでいる。

 そのときの俺の顔は、あたかも不動明王か馬頭観音でも憑依したかというほどの忿怒相と化していたとのコメントを後からもらった。実際それぐらい頭に来ていたからな。


 「ダ、ダダダーリン……⁉」

 「ダーリン言うな!」

 銃口が火を噴き、右の猫耳が削り取られる。

 「止まるんじゃねえぞ! じっとしてたら当てちまうからな!」

 神電池を一本消費しきるつもりで射撃を続けた。

 「ひ~っ! にゃにゃにゃにゃ~ッ⁉」

 矮躯が床を左右に転がる。本気の連射を紙一重でかわせるのだから生存本能は偉大だ。

 やがて電池残量が限界に近付いて弾が途切れた。


 「質問。幽香をどこへやった?」

 「い、妹君ならお醤油を買いに……」

 カチューシャの左耳を撃ち抜く。

 「ほ、本当ですにゃ!」

 確認を取るため茫然としたままのご婦人を見る。

 先生はしゃきんと背筋を伸ばして事実であることを裏付けた。


 「か、片岡さんの言うとおりです。私が仲直りの仲介をするから今夜はみんなで御飯を食べましょうと言ったら大喜びで……」

 「何分前に醤油を買いに出かけましたか」

 「え? かれこれ一時間以上にはなるかしら……?」

 「近所の商店街まで片道十五分ですよ」

 眩暈がしてきた。あのアホ娘のことだから信南子先生が一緒なら警戒心を解いて、如斎谷の部下を家へ上げてしまっても無理はないが。

 買い物の行きか帰りか、いずれにせよ途中で拉致されたな。


 「おい、チビ猫」

 銃口で小突きながら詰問する。

 「幽香をどこへやった?」

 「もうすぐ帰ってくるかにゃ……」

 「まだ二、三発は撃てるんだぜ?」

 「我が信徒たちが、今夜の悪遮羅大明神復活の儀式に招待するために立誠高校までご案内さしあげたはずかな!」


 「如斎谷はどう言っていた?」

 「ど、どうとは?」

 「アシャラ復活の儀式に幽香の力をどう使うんだ? あいつの馬鹿力を活かして二人がかりで封印の扉か蓋でも開くとか?」

 「封印は弱まっているので、あとはアシャラさまが内側からこじ開けられるように滋養をお与えするとリーダーはおっしゃられていたかな」

 「滋養?」

 「……生贄かな」

 「そりゃ幽香を化物に食わすってことかー!」

 さらに黒いしっぽを噴き飛ばした。

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