第54話 鬼女の胎動⑥

 「脅獅オドシちゃん!」

 幽香が両手を合わせて歓喜する。突如現れた助っ人は、埜口に修理を頼んでおいた元ミスター凶悪の神使に他ならなかった。

 『さあ、早く二人とも乗って』

 埜口の声が搭乗を促す。まさに地獄で仏、喜んで乗り込もうとして困った。

 『どうしたんだ?』

 「二人も入れるのか?」


 獅子型メカが引く貨車はタイヤの付きのコンテナみたいな形状で、目算で高さ60センチ、長さは1メートル弱といったところだ。とても体格のいい男女をまとめて格納できるとは思えない。

 『いいから引き戸を開けるんだ』

 指示に従いコンテナの扉をスライドすると、誰かに引っぱられでもしたように俺は中へ吸い込まれた。あわてて俺の手を掴んだ幽香も一緒に。


 「おお、広いな」

 「すてきです」

 小型冷蔵庫サイズの貨車の内部は畳の和室が広がっていた。真ん中に屏風と水晶玉を乗せた円卓がある。

 『間に合ってよかった。こっちへ来て』

 靴を脱いで畳に上がると水晶玉に緑髪の顔が映る。


 「埜口さん、ちゃんとオドシちゃんを直してくれたんですね」

 『幽香ちゃんとの約束だもの。この前は渡しそびれたけど、チャリオット型に改良しておいて正解だったよ。しかしサービスいいねえ』

 埜口がオープンマインドな目を細める。

 『そんな露出の多い服装で』

 幽香はあわててブラウスの裾を引っぱった。


 「こんな中へ隠れやがって卑怯だぞ!」

 壁越しに怒鳴り声が響く。

 猪名川たちが悪態をつきながらコンテナを叩いたり蹴ったりしているようだが、さすがの安心設計でビクともしない。

 「さっきの声は我が君ではないか⁉ おーい私だぞ!」

 頭抜けてうるさいのが芦屋の声だった。口調が如斎谷のものなのは、おそらく芦屋とリンクして、こっちの状況を把握できるのだろう。


 『室長……!』

 一瞬、水晶の中の表情かおが崩れた。

 「私からの手紙は読んだかい? 君の復学をみんな首を長くして待っているんだぞ? 待っていたまえ亜音速でそっちへ行く!」

 『り、離脱だ! 即離脱!』

 見てて珍妙なぐらい埜口は取り乱している。

 室長で思い出したが、初めて埜口の家を訪れたとき、あいつの父さんが室長さんから手紙が届いているとか言っていたな。


 「室長さんって如斎谷昆のことか?」

 『とりあえず星願寺へ全速で向かう。オドシ!』

 命令を受けたメカ獅子が雄叫びをあげて疾駆を始めた。

 「待たせたな我が君よ!」

 もう本人が現れた。伊達に亜音速を謳っていないな。

 水晶玉いっぱいに両手を広げて立ちふさがる栗毛の大女が映る。

 「止まるんだマイハニー!」

 「いいのか? 轢いちまうぞ?」

 『絶対に止まるなオドシ!』

 「止ま……ぶべっ!」


 脅獅は躊躇せず如斎谷を踏み倒したようだ。

 ボキボキッ! グチャベチャッ!

 車輪が轢き潰す振動が伝わり、すごく嫌な音がした。背骨が折れて、内臓がはみ出したりしたような。

 でも、賭けてもいいが奴は死んでいない。

 『そのまま行け! 根室くんたちも振り向くな!』

 あのニコニコ穏やかな男が焦慮もあらわに激を飛ばす。

 「埜口……?」

 『行け! まっすぐに行け!』

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