第55話 三星の輝子が結成されること

 追手が見えなくなったところで埜口が話しかけた。

 「なかなか快適だろ?」

 「ああ、この中は異空間か」

 「神社でバトルをするときに神域移動するのと同じ理屈さ」

 落ち着いて貨車の内部をぐるっと見渡せた。

 何十畳あろうかという部屋の四方は延々と続く障子で囲まれている。


 「じゃあ、神社へ逃げればよかったな」

 「辿り着くのは困難を極めただろうけどね。しばらくは安心していいよ。この中で一息ついてくれ」

 「ああ……」

 身を反らすと天井には干支を描いた方位盤があった。

 卯を探していると幽香に肩を叩かれた。


 「ちょっと重光ちゃん、大事なことを忘れてませんか?」

 「大事なこと? ああ、ヒトトビの修理か」

 従妹の胸に抱かれた玉兎はメカが露出していた。

 如斎谷が飛ばした真空半月刃の余波は、俺たちを捕縛する如意輪をも破壊した際、ヒトトビの小さなボディにも少なからぬ損傷をもたらしたのである。

 「安心しろ。月天子の観電池があるんだ」

 「それもあるけど、埜口さんに謝って仲直りするって約束したでしょ!」

 「わかってる。忘れてない」


 なるべくバツの悪そうな表情を作ってから水晶玉を見据えた。

 「あ、あのな埜口……」

 「なんだい」

 「この前は……殴って悪かったな」

 「お互い様さ。こっちも理由わけを説明しなかったんだし」

 「元気そうでよかったよ。もう退院できるのか?」

 「明日にも通学できると言いたいところだけど、また転校することになった」

 「何ィ⁉」

 これにはちょっと本気で動揺した。


 「正しくは元の学校へ戻ると言うべきかな」

 「どうして……」

 「星願寺の住職が僕の師匠だってことは知ってるんだよね」

 「お住持さまなら会ったよ。立派な僧侶ひとだな」

 「うん、お師匠さまから妖魂封じの儀式を──信南子は役に立たんから──手伝ってくれと頼まれて間境区へ戻ってきたんだ。当初は五日ほど休学する予定だった。だが、僕が間に合わなかったせいで居合わせた君たち兄妹をも巻き込んでしまった。しかも師匠は認知症の傾向が現れていたので、休学期間を一か月延長して介護すると決めた。こっちの学校で授業を受けるからと言ってね」

 言葉を切って、ドキっとするほど切ない目をした。


 「その休学期間も明日で終わる」

 「そんな、せっかく……」

 「せっかく……何?」

 悪魔め。にわかにニヤつきやがって。

 「せっかくどうしたの? 言い切ってくれ」

 「さあさあ重光ちゃん!」

 頭をつついた幽香の指を逆方向に曲げてから腹をくくった。


 「惜しいな──せっかく友達になれたのに」

 「よく言えた! 偉い偉い」

 埜口が手を叩く。腹立たしいが本心は本心だ。奇妙な爽快感が残った。

 本心を明かしたついでに打診してみよう。

 「このまま立誠にいるわけにいかないのか? そっちのほうが色々都合がいいだろう。トリプル・トゥインクルをやっていく上でも」 

 「トリクル⁉」

 虚を突かれた感じで目を丸くした。

 よし、一矢報いてやれた。これであいこだな。


 「さてはお師匠さまから聞いたな」

 「俺たちであの人のぶんも頑張りたい。おまえもそのために三人で退魔師チームを結成するプランを立てていたんだろ」

 「そうですよお。埜口さんもわたしたちをお家に呼んだときに打ち明けてくださってたら、わたしもお二人をぶっとばしたりせずに済んだのにい!」

 「黙ってねえと貨車から突き落とすぞ」

 だが、確かに話がこじれた一因は奴の秘密主義にもある。

 また気まずげに水晶の映像が揺れた。


 「うん……そこは僕も悪かった。まだ君たちを信用しきれていなかったからね。でも、聞いているなら話は早い。僕とチームを組んでくれ。三人で三輝の星子を結成させてほしい」

 嫌も応もあるものか。俺と幽香は頷き合った。

 「こっちから頭下げてもいいぐらいだ」

 「幽香たちは初めから三星トリプル・の輝子トゥインクルですよ」

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