第40話 如斎谷昆の逆襲⑤
「無粋者のせいで不愉快な思いをさせてしまったね」
「不愉快もいいところだが、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
メイド2号へのお仕置きに用いた獲物は鉄扇であった。
あわれ2号は涙目で起立、叩かれた右手は何重にも巻かれた包帯のおかげで手袋みたいになっており、彼女らの日頃の適当な扱われようを物語る。
「君はいつからフェミニストになった?」
如斎谷が少し不満そうな顔をする。
「女を平気でタコ殴りにできるクールさに私は惹かれたのに」
「女には何があっても手出しできない似非フェミニストは俺がこの世で一番軽蔑する人種だ。おイタの過ぎる女は殴って正道へ戻してやるのが男の仕事だからな」
「じゃあ、2号にも鉄拳指導を遂行すればよかろう」
「あんたがやらなきゃ封印技の地獄車が発動していたかもしれん。ただ、唾液をトッピングした菓子を食わせるのは未遂に終わったわけだし、指が折れそうなほど強く打たなくてもいいだろ」
「指を切断しなかっただけ慈悲深いと言ってほしいなあ。優しさがいつも君のもとへ幸運を呼ぶとは限らないとだけは知っておきたまえ」
「心に留めておく。詫びる気があるなら質問させてくれ」
「胸囲は九十七だ。君の気持ちがすむまで揉んでいいよ」
「俺の親父や
内心で唾吐きメイドに感謝する。こいつの変態行為のおかげで取り引きを気にせず情報を引き出せる立場になれた。
「あんたの言うアシャラってのは昔、琵琶湖畔に現れた巨大な鬼女で、切り裂かれた体の一部が星願寺の下に封印されている悪遮羅のことでいいんだよな?」
「いかにもその通りだ」
「で、アシャラは切り落とされた首から血を噴いて、村人に自分の種が宿る呪いをかけたそうだ。もしかして、あんたもそういう呪いがかかった村人の子孫か?」
「君はなんて話が早いんだ。当時湖北に建っていた寺の尼僧が私の先祖だ」
如斎谷は嬉しそうに拳を振り回す。
「初めて会った夜、俺の
「そう感じられることでもあったかね」
埜口から聞いたことを話そうかと思った。しかし、あいつのことを教えるのが何となくためらわれたので、妖魂狩りの最中に鬼に変化したと脚色して伝えた。
「俺が油断してピンチになって……そしたら幽香の体中が青く燃え上がったんだ。目と口から火でも噴くみたいに真っ赤に光って」
「まさにアシャラだ!」
歓喜して大女が膝を打つ。
「改めてスカウトしたいなあ。妹さんは元気かね?」
「元気も元気。アホに磨きがかかってるぜ」
目下、幽香とはケンカ中で、信南子先生のところへ厄介になっていることも伏せておくことにした。俺が自宅に一人住まいだと聞けば、身辺の世話や警護を口実に押しかけてくることは想像に難くない。
「従妹のことは置いといて俺の親父はどこにいるのか知ってるか?」
親父は単身洞窟の最深部へ進み、他の発掘隊員が駆けつけたときには月長石の水晶玉だけを残して消え去っていたという。まるで手品のように。
水晶玉を形見として届けてくれた同僚の証言である。
「生憎と博士の失踪は我々の関与しないことだ。私たちも容保博士を追って入山したんだが山中の
「もう三か月は経過してるんだぜ」
遺跡の調査は五日で打ち切る予定であったらしい。それをはるかに超える長丁場に対応できるほどの装備をしていったとは考えにくい。
「下山した形跡が皆無な以上、まだ山中に潜伏中と考えるのが妥当だろう」
「わかった。では、親父を追って入山した目的を聞かせてくれ」
「アシャラ復活の鍵となるアイテムが山中の遺跡にある。それを博士に差し押さえられる前にいただくつもりだった」
「
とんでもない話につい声が大きくなってしまったようだ。八人の女給の輪の隙間から、こっちを振り向く同級生たちの顔がのぞいた。
「何を企んでいる? おまえも間境区で退魔師チームを組んでいるなら妖霊退治が任務のはずだ。悪遮羅の復活を阻止するために」
「ふふふ、そこから先は別料金だ。聞きたければ私とチューのひとつも交わしてからにして……ていっ!」
孔雀の羽を模した鉄扇が開いて消えた。
「ぎえっ⁉」
目視困難な速度で縦に扇いだのだと理解した直後、メイド2号の隣に立つ3号の肩がズバッと裂けて、噴き出した鮮血が天井に赤い汚点を作った。
「な、なんだ? この人が何かしたのか?」
「
「それぐらいで真空波を飛ばすな!」
「飛ばしておらんよ」
「はあ⁉」
「ずれていたのは貴様だ4号!」
指さされた4号がボンネットの位置をあたふた直す。
「も、申しわけございません昆さま!」
「まただらしのない恰好をしていたら警告なしで鼻筋を二つに割るぞ!」
服装の乱れていた召使への戒めに何の落ち度もない同僚の肩を切り裂いたということらしい……俺は眩暈がしてきた。
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