第39話 如斎谷昆の逆襲④

 「勉学に汗を流した後の昼飯めしは美味いな根室くん」

 「おまえだけがな……」

 午前中の授業は、如斎谷が人格と半比例する天才ぶりを発揮、全科目において秀才の伊丹の影が薄くなるほどの悪魔的頭脳を見せつけた。

 悔しいが才覚は宿る人格を選ばない。


 「こんな普通レベルの高校へ何しに転校して来た? そもそも、あんた未成年なのか?」

 「ギリギリだが花の十代さ。転入の理由は色々あるが一つは男を探しに来た」

 「バトルなら寺社で受けて立つって言ってるだろ」

 「ギヒヒ! 男を探しに来たとは言っても君だとは言ってないじゃないか自惚れ屋さん! グフフフフフ!」

 箸を置いて長躯の女は下品に笑った。

 無言で遠くを見据えていれば理知的ですらある顔を醜く歪めて。


 「しかし、学友たちの間での君の評判は芳しくないようだね。せっかくの色男も宝の持ち腐れじゃないか」

 「当然の結果と甘受してるさ」

 否定はしない。俺が友人に恵まれないのは、周囲の嫉妬以上に俺自身の性格、愛嬌不足に加えて実力行使に出やすい短慮さに起因するところが大きい。

 「でも、協調性について色々言われるのは心外だな。たかだか弁当食うのに教室へ女給を呼びつけて人垣作る奴に」

 如斎谷は昼時の休憩が始まると同時に、メイド服に身を包んだ妙齢の女性を八名ばかり招集、彼女らに俺たちを囲ませ、給仕と目隠しの役を仰せつけたのだ。

 奴の席と向かい合わせにした机の上には、どこぞの料亭から取り寄せた重箱に詰まった豪華な弁当。俺にも勧めてくれたのを猛烈に辞退し、自前のサンドイッチで済ませている。


 「これもサービスの一環さ」

 「普通に学校生活を送ってくれるのが一番のサービスだけどな」

 「君へのサービスじゃない。まわりの連中のさ」

 「まわりの?」

 俺はぐるりを囲む女給さんたちを見た。

 気のせいと思いたいが……うつむき加減で俺をチラチラと……。

 「ハンサムほしい」

 誰かがポツリとつぶやくのが聞こえた。

 「え?」

 続いて涎をすする音も。

 不健全な空気が女給輪サークルの中で渦巻いている。


 「わかったかね。この女給たちは在家信者の中から男に飢えてそうな者を募ったのさ。みんな君の写真を見せたら我先にと志願したぞ――おい、お茶だ」

 「はい」

 慣れた仕草でメイドの一人が、湯飲みにお茶を注ぐ。良い香りだ。

 「ご学友さまにもお茶をお入れし致しましょうか?」

 俺が玉露の香りが好きなのを感じ取ったようだ。色気をちらつかせた女給の発言を如斎谷を叱咤する。

 「出過ぎだぞメイド1号」

 「申しわけございません……」


 うなだれる1号と入れ替わりで別の女給が前に出る。

 「昆さま、本日のデザートは甘露軒の六方焼きにございます」

 甘露軒の! これは和菓子党の心が揺らぐ。

 お見通しだったようで如斎谷はニヤリと口端を曲げた。

 「欲しいかい?」

 「せ……青銅の孔雀入りと引き換えでなければ」

 「たかが菓子の百個や二百個で恩を着せたりはせんさ。根室くんにも一つ取ってあげたまえ」

 「かしこまりました!」

 同僚たちにガッツポーズを誇示してから、デザート担当のメイド2号は浮き浮きと六方焼きを二つの皿に取り分ける。

 立方体の上面には〝甘〟の焼き印。小麦と卵黄を練った生地を独自の製法で焼き上げたサイコロの中には最高の餡子がぎっしり。

 眺めているだけで唾が口に溜まる……。

 「ぺっ」

 メイド2号の唇から光る粒が飛んだ。


 「今、何をした?」

 「さあさあ、根室さま、お召し上がりください」

 「召し上がれじゃねえよ! あんた唾かけたろ!」

 「何のことでございますか?」

 小首を傾げてとぼけまくる様は、さすが狂女に仕えるだけのことはある。

 しかし、主人の前でこれはお茶目が過ぎた。

 「私も君が根室くんへの六方焼きに唾を飛ばすのを見たぞ」

 「お、美味しくするためのおまじないです」

 「不潔なんだよ!」

 「従者の教育は私がする!」

 激昂して机を叩く俺を如斎谷がいさめた。


 「2号、私ほど神仏に近い女ならば唾液も妙薬たりえようが、君のごとき未熟者の唾を喜んですするのは餓鬼ぐらいだ!」

 獅子の咆哮をもって叱責し、スカートのポケットから取り出した扇子で女給の手を打つ。メキッと嫌な音がして、2号は叩かれた箇所を抑えてのけぞった。

 「美男子と食事がしたいなら功徳を積むことだな」

 功徳ってなんだろう。権勢を思いのままに振るい、他人を脅かし、学び舎でクスリともできない寸劇コントを繰り広げることか。

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