第37話 如斎谷昆の逆襲②
「この首は護衛に持ち帰らせておくよ」
一時限めの授業が終わり、如斎谷が教室を出るや、俺と信南子先生は殺気だったクラスメートたちからの質問責めに会った。
「先生! 一体何なんですかあいつは⁉」
「あんな人がクラスにいたんじゃ安心して勉強できません!」
信南子先生は涙目で首をカクカク振る。
「私もよく知らないんです……学校に多額の寄付をした下さった方へのお礼に、御令嬢を無試験で入学させることになったとしか……」
「だからってヤクザの娘を入学させるなんて非常識ですよ!」
「ヤクザじゃないわ。新興宗教でも生まれは古い寺院の娘さんよ。校長先生も最初はお断わりしようとしたけれど、如斎谷さんのお家は洛中のあちこちに顔がきくから逆らえないそうなんです」
「せめて、もっと常識を身に着けるよう言ってください!」
「言えるわけないでしょう。あの人、ピカピカの黒い車で乗り付けてきて、黒いスーツの怖い人をいっぱい従えていたんですもの……!」
先生は泣き崩れてしまった。これ以上問い詰めても無駄となると必然、次の糾弾先は俺へと移行する。
「おい根室! おまえ友達なら何とかしろよ」
野球部の猪名川という男子が食ってかかってきた。
「別に友達じゃねえよ。一度会ったことがあるだけだ」
「一度だけのわりには親しそうに会話してたじゃないか」
「信仰上の問題だ。夜中に三光宮へ参拝に行ったら偶然会ったんだよ」
「夜中に神社で逢引きしてたの……いやらしい」
不潔な物でも見たかのように芦屋というテニス部の女子がつぶやく。それに追随して数人の女子がヒソヒソと疎ましい囁きを始める。
「やっぱり根室くんてねえ……」
「人としてどうかかしら……」
「みんな安心してくれ。男は根室みたいな奴ばかりじゃないから」
以前、芦屋からの交際の申し込みを袖にしたことがあった。以来、俺はお高くとまった二枚目気取りと女子間の評判がすこぶる悪い。芦屋に気がある男子からも。
「何だあ? 文句があるならまた校舎裏で聞くぞ?」
眉間を寄せて凄んでみせると、みんな口を閉じた。
芦屋を振った翌日、女の子に恥をかかせたという口実で放課後の裏庭へ呼び出され、俺は猪名川から鉄拳制裁を受けた。
(俺、あんたにふさわしい男じゃないから)
これでも十分謙虚なつもりだった。
しかし、頭を下げる女の横を一言ですり抜けたのは、恰好つけ過ぎだと難癖を付けられればそうかとも思うし、反感を買うのも理解できる。
よって、こっちの不誠実を詫びる意でパンチ二発までは甘んじて受けたが、建物の陰から芦屋と取り巻きの女子どもの顔が覗いたので気が変わった。
奴らは嘲笑を浮かべながら私刑を観覧していたのだ。
人が殴られる場面を笑って見物できる奴に謝意を示す義理などない。三発めをカウンターで迎撃、拳が顔の真ん中を捉えて猪名川はぶっ倒れた。
男がやられるや逃げ出した女どもには、恐兎怖跳拳・十五夜の舞で上空から襲いかかり、首筋に手刀をプレゼントしてやった。
「先生! この際、根室くんをクラス委員に任命したいと思います!」
伊丹という秀才男子がぐんっと手を挙げた。
「はあ? うちの委員長はおまえだろう」
「いやいや、僕はそんな器じゃないことがわかった。今後は君がクラスメート代表として如斎谷さんの面倒をみてやってくれ」
「おまえが厄介事から逃げたいだけだろうが!」
「面識のある人間が側にいてあげたほうが如斎谷さんも安心するだろう!」
「そうだ! 根室には如斎谷委員になってもらおうぜ!」
「それがいいわね。伊丹くんにはクラス委員のままでいてもらうとして」
猪名川と芦屋の提案に他の連中もウンウンと頷く。
「そうね、根室くんなら彼女とお似合いよね」
「浮いてる者同士で仲良くしなさいよ」
「どんな理屈だそれはあ!」
片っ端から張り倒してやりたいが、クラス全員を殴ろうものなら退学だ。
「おまえら如斎谷怖さに勝手な役職作ってんじゃねえ!」
「そ、そうですよ皆さん。根室くんにばかり損な役を押し付けるなんて」
健気に反対してくれた信南子さんは教師の鑑だ。しかし、涙目キャラに落ちた彼女には、もはやクラスの総意を覆すだけの威厳があろうはずもなく。
「あの……」
内気そうな女子が制服の裾を引っぱる。悪いが名前は忘れた。
「んだよ?」
「如斎谷さんが根室くんに屋上へ来てほしいって……」
「屋上へ⁉」
「さっそくご指名かよ色男ォ!」
口笛を吹いてはやし立てる奴を睨みつけて黙らせる。
「如斎谷は何の用だって?」
「し、知らない。お願い、早く行ってあげて。でないと、わたし……」
殺すか風俗へ売るか、笑顔で脅しをかける狂女の絵面が浮かぶ。
これはもう行かねばおさまるまい。
「あーっ! うぜえ!」
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