第36話 如斎谷昆の逆襲

 埜口が言ったとおり岡田信南子おかだしなこさんは教師だった。

 立誠高校に着任してからの三日間は燃えていた。

 才気煥発、病欠中の担任の代理を務めるべく、肩に触れそうな位置で外向きにくるんっとカールしたセミロングの髪を揺らして颯爽と。

 とにかく教職への情熱を燃やしていた。三日めまでは。

 それが四日めに現れた転入生のおかげで以降は登校拒否寸前である。


 「み、皆さん……おはようございます……」

 その日の朝、先生は異様なぐらいビクビクしていた。

 「て……転入生を紹介します……如斎谷昆じょさいやこんさんです」

 (如斎谷?)

 ひさしぶりに聞く女怪にょかいの名に俺は腰を浮かしかける。

 当然そのへんの事情を知らないクラスメートたちは、ジョサイヤなるちょっと風変わりな苗字に、一体どんな生徒が現れるのかと興味深げに見守っていた。

 「は、入ってください如斎谷さん」

 「うむ!」


 元気よくドアが開き、教室は騒然となった。

 入ってきたのは185センチ超える長躯の女子生徒。

 肩がふくらんだブラウスに褐色のロングスカートは、うちの学校の制服に近いデザインラインで、後ろでまとめたオールバックの栗毛は、三光宮で出会った夜そのままだ。

 まあ、でかいだけの女生徒なら上へ下への大騒ぎにまで発展しない。問題はそいつが片手にぶら下げていたものだ。

 人間の首だった。切り口から鮮血を滴らせた。


 「ひいいいいいっ⁉」

 「きゃああああっ⁉」

 俺はとっさに精神的ブロックをかけたからいいものの、不運にも直視してしまった最前列の生徒は激しく嘔吐した。

 信南子先生は教壇にへたり込んでガタガタ震えている。

 「おはよう諸君、良い朝だなあ」

 晴れやかな光差し込む教室に最も似つかわしくない物を持ち込んだ女は、同級生たちの悲鳴や絶叫が聞こえぬかのごとく微笑む。

 「地占学的にも祖霊復活の儀式に最高だ。うん? 何を怯えているのかね?」


 みんな引き潮のように壁際まで後退していた。

 できるものなら俺も忍法モブキャラの術でしらばっくれていたかったが、運悪く視線が合った。如斎谷は含むところたっぷりのウインクをよこしてくる。

 目的はやはり俺か。ならば前進あるのみ。

 「青銅の! 何をしに来た!」

 「おおっ⁉ 這月那月の根室くんじゃないかね!」

 如斎谷は頬を染め、わざとらしく喜ぶ。

 おまえの知り合いか!――同級生たちがいっせいに非難がましく俺を睨んだに違いない。ザッと背中の産毛が逆立つのを感じた。


 「転入先で会うとは奇遇だなあ」

 「バトルがしたいなら神社なり寺院なりを指定しろよ。わざわざ人の学校まで移ってきて嫌がらせか?」

 「嫌がらせを受けているのは私のほうさ。君のクラスメートたちの取り乱し様は何事だね。校内の麗人マドンナ確実の才媛が転校してきたんだから口笛ぐらい吹いてもいいだろう」

 「生首なんか持ち込んだら誰だって取り乱すだろ!」

 「これか? こいつは対立する組のヒットマンさ。不届きにも私のパパの命をりに来たのを返り討ちにしてやった」

 そういえば、こいつの家は暴力団経営もやっていると言っていたな。


 「誰の首でもいい! 仏さんなら丁重に葬ってやれ!」

 「確かに転校初日のパフォーマンスに使うには少々悪趣味なプロップかな。先生、お預けしておきます」

 「ひーっ!」

 首をパスされて信南子先生は泡をふいて失神した。

 「肝っ玉の小さい女だなあ。よく教師が務まるものだ」

 蔑みをあらわに先生を小人物と評価を下す。概ね同感だが。


 「根室くん、君は気絶しないのかね? 私は女への要求水準は高いが、男の子なら多少胆力が低くても許すぞ。倒れたら保健室へ運んであげよう」

 「それ人形だろ」

 「わかっていたのか。つまらんなあ」

 「間近で見ればわかるさ」

 精巧に作られてはいたが明らかに蝋細工だ。

 ポタポタ落ちる血からは絵の具の匂いがする。

 「刺客をモデルに作ったんだ。本物は自邸いえの庭で菊人形にしているから一度見物に来るといい。さて、今日から机を並べる仲間たちへの挨拶をさせてもらおう」

 

 如斎谷昆は朗々たる声で自己紹介した。

 「奈良の羅刹女伝道学院から来た如斎谷昆と申します! 実家の仕事は天台系単立寺院法主のついでに暴力団経営! 身長188センチ、体重は重め、バストは大きめ、特技は謀略と外法の武芸と魔術一式!」

 呼吸も忘れて静まり返る同級生たちへ女はハイテンションで続けた。

 「好きなものは金と美しい男! 嫌いなものは自分以外の女! もらって嬉しい誉め言葉は〝野獣けもののような〟だ! 現在、新宗派を立ちあげるための信者を絶賛募集中だ! 諸君、力を合わせてこの高校を天人が住まう極楽浄土へ生まれ変わらせましょうぞ!」

 それは言い変えれば世界への反逆の宣言みことのり

 新たな悪夢の始まりであった。

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