第32話 愛の迷路④
星の宮の境内で、とんでもない光景が待っていた。
神木の欅に幽香が縛りつけられている。
体の何ヶ所かに付いた電極がコードを通してバッテリーと繋がり、従妹が身悶えするたびに波打つ光がコードを走る。
幽香の体から何らかのエネルギーを吸い取っているのだ。
俺は駆け寄るとコードをむしり取った。たまらなく不潔な行為に思えた。
「見られてしまったね」
崇敬社へのルートは俺のほうが詳しい。おかげでタッチの差で早く到着し、弁解のできない場面を抑えることができた。
気まずそうに現れた緑髪の男を睨みつける。
「おまえ、最初からこういう目的で……!」
「君が悪いんだよ。薬師さまの神電池を無駄遣いさせるから」
普段の軽さも明るさもない無機質な声で奴は応じた。
不気味だ。単なる居直り以上のものを感じる。
「覚えているかな? 僕の部屋へ幽香ちゃんが入るなり充電が完了したのを。彼女には膨大な神音力が蓄えられていると踏んで、試してみたら案の定さ」
「そのために幽香をたらしこんだのか?」
「僕の大事な人が危ない。神音力による治療に期待するしか手はないんだ」
「何を言ってやがる。もうすぐ退院できるっていうじゃねえか」
「もうすぐ退院?」
奇妙な話でも聞かされたかのように瞬きした。
「とぼけるなよ。名前は聞きそびれたが、きれいな先生じゃないか。幽香なんぞと比較にならねえよなあ。あんな残念顔を犠牲にしてでも救ってあげたいよなあ」
「あの人からどう聞いたか知らないけど君も相当歪んでるな」
憐れむ口調が怒りをかきたてる。
「だが、幽香ちゃんにさんざんな仕打ちをしてきた君に僕を非難する資格があるのか? それともDVも自分好みの女に育てあげるプレイの一環……ぐっ!」
しまったと思ったときには殴り飛ばしていた。
もう引き下がれない。卑怯を承知で素手のケンカで劣る相手に追い打ちをかける。
「立てよ。這ったままじゃ殴りにくいだろ」
「いいとも。ここは言葉よりも拳で語り合う場面だよな」
埜口はポケットの中から十円玉を一枚出した。
「俺もビギナーを卒業したところを見せてやるぜ」
賽銭箱に硬貨が投入され、
空の曼陀羅を見る前に菩提銃を構える。先手必勝とトリガーを引こうとしたときには、もう銃を弾きとばされていた。
「射撃じゃ僕には勝てないよ。うちの土蔵でも見たろう?」
出もしない硝煙を吹いてみせる。
「こうなると今度は僕が卑怯だな。よし、こうしよう」
奴は腹立たしくも二丁のハンドガンを腰に収めた。
「君には使える装備すべてを認める。僕は
「フンヌソウ⁉」
「電話で言っていた新発明だよ」
埜口がブルゾンをはだけると腰にはベルトが巻かれていた。
特撮ヒーローものの玩具である。
『
機械的に加工された声が響き、ベルトの中央のモノリスが閃光を放つ。指の隙間から不思議な鎧が埜口の体を覆っていく過程が観察できた。
筋繊維に似た浮彫の入った鈍色のパーツが全身をあまねく包む。
頭部にも同様のヘルメットがかぶさり、顔は目と鼻の隆起のみの完全な仮面であるが、眉間に嵌まった翡翠色のクリスタルに埜口の顔が浮かんだ。
本当に変身しやがったこいつ。
「これが神電池アイテムの一つの集大成・忿怒装だ」
「強化服か……」
「幽香ちゃんの前で変身してあげたら狂喜されたよ」
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