第33話 愛の迷路⑤

 「ここまで日天子の霊威を高めるには苦労したよ」

 そう言って奴は左胸をトントン叩く。日天と天照の神音力の結集にふさわしく心臓の位置にペイントされたエンブレムは燃える日輪を背負った金烏だった。

 「おいでDV兄さん!」

 「行くぜメロン頭!」

 うまうまと挑発に乗られて俺は突進した。

 敵の性能を知るには我が身を犠牲した肉弾戦法が一番だ。むろん拳の中にはし っかり三光さまの神電池を握りしめて。


 「つっ……!」

 重苦しい金属色の装甲に連打を見舞ったが、やっぱり痛い。

 「菩提銃を使えよ」

 ありがたく忠告に従おう。鉄拳攻撃は避けるが無難。

 距離を取って菩提銃を拾うと、ノーガードで前進してくる鉄仮面に発砲、忿怒装とやらの固さは予想どおりでミドル射撃では怯みもしない。

 「防御力はまずまずだな」


 まだ躊躇していたことを後悔する暇もなく間合いを詰められる。襟首を掴まれて枯れ枝のように宙を飛んだ。

 片手でこれか。破壊力パワー俊敏スピードも生身とは桁違いだ。

 この場面においても八幡神の電池が霊験を発揮、華麗に着地する。

 だが駄目だ。運動性で優るだけでは勝ち目はない。埜口の格闘スキルが低いおかげで、どうにか凌げているようなものだ。


 「うんっ⁉」

 水晶を嵌めた頭がのけぞった。

 我が神使が不意の飛び蹴りを奴の頭へ食らわせたのである。

 「いいぞヒトトビ!」

 『卯卯卯卯卯ウウウウウ!』

 キックとジャブの連打が人体模型野郎を圧倒する。

 しかし、敵にも頼もしい援護係がいた。


 『過鴉鴉鴉鴉鴉カアアアア!』

 主人を傷つけれらたことが、よくよく腹に据えかねたと見える。鳴くのを忘れたはずの烏が怒号をあげて飛んできた。

 黄金の嘴でヒトトビを急襲、我が玉兎も跳躍して対抗する。漆黒の腹を蹴り上げようとするが回避され、互いの片翼と片耳を削るにとどまった。


 『兎兎兎トトト!』

 『烏烏烏ウウウ!』

 不憫にもナキワスレとヒトトビが火花を散らし合う。

 俺は両者にとてつもなく申しわけないことをしている気がしてきた。


 「下がれナキワスレ、僕は忿怒装だけで闘う約束だ」

 「おまえも下がれヒトトビ!」

 俺は菩提銃に松尾大明神の電池をセットした。

 勝機をつかむ最後の手段、酒の霧で奴の視界を奪いハイモードで撃つ!

 トリガーを引き、綿菓子のような濃密な白煙が広がる。

 案の定、奴は戸惑い、恰好の標的と化したかに見えた。後はミドル十発分の光弾で仕留めるはずが……未然に防がれた。


 酒の霧を引き裂いて埜口が現れ、菩提銃を叩き落としたのだ。

 「危ない危ない。大火力での直撃はまずいよ」

 しびれた腕をつかんで吊り上げられた。

 「大きな熱源が発生したおかげで居場所を探知できたけどね」

 我ながら間抜けだった。センサーぐらい常備機能と考えて然るべきなのに。

 やはり稚拙な戦術では埋めきれぬ性能差があるのだ。

 「根室くん、ここで見たことは忘れて僕と改めて友情を結ぶ気はないかな? 君にも月天子の忿怒装を作ってあげよう」

 「お断わりだ! さっさととどめを刺せ!」


 覚悟を決めた瞬間、視界の左端が光った。

 人型の発光物体が俺たちの間に割り込んできたかと思いきや、パンチ一発で装甲服の男を神域の彼方まで殴り飛ばしてしまった。

 青く光る人だった。星願寺で虎顔の妖魂に腹を裂かれて死を実感したとき、どこからともなく現れて魔物を屠ってくれた神々しい人影。


 それが今度は俺にも拳を向けてきた。

 生身かつ手負いであることを考慮してか平手打ちにしてくれたが、地面を数メートルに渡って這いずらせるには十分な威力だった。

 「重光ちゃんと埜口さんのバカっ! どうしてケンカするんですか!」

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