第28話 神電池実戦・対夜歩く決着

 「幽香、ウサ公どもはおまえに任せるぞ」

 天井を見上げて菩提銃を向ける。要は結界を維持している奴を倒せば、このロマンチックだけどいささか不健康な空間から脱出できるのだ。

 「そうは参りませんことよ」

 ソワレが踵を鳴らすと四角い物体が空中に複数個出現した。

 紅、青、緑、紫、黄、五色の角切りしたゼリーのような透明の立方体である。


 「これぞダイスゼリーポンチですわ」

 次々と上から降ってくる。見た目に反して硬そうだ。

 かわしながらハンドガトリングを撃つ。すかさずソワレはパラソルをひろげて防御、光弾のシャワーを散らす。

 「雨を遮るに傘にまさる防具はありませんことよ」

 まったくだ。低火力ローとはいえ防具に恵まれた相手はやりにくい。

 菩提銃はロー、ミドル、ハイの三段階に威力を調節できる。生身の人間に撃つのはミドルでさえ勇気が求められ、ハイに至っては人外専用だ。


 「じゃあ、そっちの便利な箱を利用させてもらうか」

 地面にささったダイスを踏み台にして、降下中の別のダイスへ飛び移り、また別のダイスに飛び移る。

 「この方、軽業師⁉」

 女二人が目を丸くして驚愕する。八幡神の神電池さまさまだ。

 銃自体への付加効果は命中率を気持ち程度に上げるぐらいだが、銃手に源氏の武将ゆかりの運動能力を授けてくれるところが頼もしい。

 ここでも弁慶を手玉に取った牛若丸並みの身軽さを発揮、五色のダイスを階段代わりに傘を持つ女に迫る。しかし、ミレーの足首を掴みかけた瞬間、足を乗せた緑のダイスごとガクンと下降した。

 「落とす速度も任意でしてよ?」


 参ったな。ここはひとつ入手したての神電池を頼ってみるか。

 阿吽アンバランスから受領した双葉葵の松尾大明神の電池を銃にセット、いかなる霊験を示すかは撃ってみてのお楽しみ。

 トリガーを引くと砲口からガスが噴出した。数秒で天幕内を白煙が充満する。

 「何のおつもりですの? 煙幕かしら」

 「わからん、聞くな」

 「酒臭いですわよ、あなた!」

 上からミレーが叫ぶ。確かに酒臭い。


 「なんだか頭がぼんやりしてきましてよ」

 ソワレが頬を紅潮させる。目つきもトロンとして、まるで酩酊しているようだ。

 さすがは酒造の守護神、さっき放った煙幕は酒の霧だ。

 しかも銃手は霧にまかれても平気な親切機能。


 「あなた分身の術でも使ってらっしゃるの? 三人に見えてよ」

 ダイス攻撃の術者は酔っている。これを見逃す手はない。

 二つの箱が直列に並んだ瞬間を見極めて渾身の中段突きで飛ばす。

 「あ……? ぎえっ⁉」

 あわてて傘で防御するも遅し、骨組みが折れる音と女の悲鳴が聞こえた。

 「ソワレっ!」

 天井から盟友の名を呼ぶ女にも無情の銃撃を見舞う。

 「あれえええええっ⁉」

 傘の柄を砕かれ、築地ミレーは落下した。さっと横から飛び出す小さな影。


 「あいたっ! あ……あらっ?」

 ミレーは尻餅をついて、目をしばたたかせた。

 何故、我が身が無事なのか理解しあぐねているようである。

 俺は無言で近づくと頬を打った。

 「な、何をするんですのあなた⁉ 淑女にいきなり平手打ちなんて無作法にも程がございましてよ?」

 「誰のおかげで大怪我せずに済んだか教えるためだ。下を見ろ」


 「まあ! ポンチ5号!」

 「とっさにあんたを助けようとしたんだよ」

 「いちばん出来の悪い5号が……」

 耳折れ兎がミレーの尻の下で半壊していた。

 しかし貴い犠牲は報われた。自身をクッションにしたおかげで、彼の主人は結構な高さから落ちたにもかかわらず傷らしい傷も負わなかったのだ。

 さすが自責の念にかられたかミレーはうつむいて敗北を認めた。

 「わたくしたちの負けですわ……」


 「よし幽香、勝ったぞ」

 兎団にリンチされてないことを願って、肩で息をしながら従妹を振り返る。

 「そそらそらそら十五夜ダンス~♪ 月のアバタを見てはね~る♪」

 酒の霧に巻かれた幽香は、メカ兎とラインダンスなんぞ踊っていた。すっかり酔いが回ってアホな歌をうたいながら。

 (詮無きこと。未成年ならばアルコールに弱くて当然ではないか)

 心で仏が囁く。いかにもいかにも。

 優しいお兄さんである俺は威力をローからミドルに調整して撃った。


 「ソワレ! しっかりなさって!」

 哀れダイスが当たったソワレの顔面はひしゃげて前歯も折れていた。

 「レディの顔を見るも無残に……この人でなし!」

 やり過ぎた気は若干するが、なじられると腹が立つ。

 「直撃すればこうなる物を人に当てようとしてたんだろうが! 自業自得だ!」

 威嚇射撃で黙らせ、勝者の報酬を要求する。

 「そっちの神電池は月読か? それを一本と、ついでに名誉の戦死を遂げたポンチ5号を俺が持ちかえることも認めてほしい」

 「……持っておいきドロボー!」

 歯ぎしりしながらミレーが神電池を投げてよこす。


 雲に隠れる月紋を確認し、俺は潰れかけのポンチ5号を左手に抱えた。

 「お疲れさん。女はいさぎがいいのに限るぜ」

 さて、お尻から煙をあげてる幽香を引きずって帰るか。

 「もう一回ぐらい叩かれても良いから負け惜しみを言わせていただけて?」

 ソワレを四機の神使に担がせ、結界を解いてからミレーが唇を尖らせる。


 「なんだ」

 「あなた、わたしたちより夜行族に近いのでなくて?」

 「どういう意味だ?」

 確かに月は好きだし、悪運も強まると思う。

 星願寺で妖魂に内蔵を抉られながら命を拾った晩も満月だった。

 「わたくしの創る天幕内ステージで勝利を奪い去られるなんて初めてですもの。月の加護があなたにより強く働くとしか思えませんわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る