第21話 神電池入門⑥

 「申しわけありません」

 「なあに、若い人たちが集まれば物の一つや二つ壊れて当然だよ」

 二人揃って頭を下げると、埜口父は気持ちよく許してくれた。

 「でも、土蔵に住む者の霊障にだけは、くれぐれも気を付けて。半六、重光くんたちの穢れを祓ってあげたろうね」

 「二人とも僕が教えなくても心得てたよ」

 悪霊の類と接触すれば、わずかでも魔性を通常の生活圏に持ち込むことになる。俺は幼稚園の頃にはすでに親父から穢れ落としの祓詞を伝授されていた。

 「さすがだな。息子に信心ある友人ができて僕も嬉しい限りです」

 「――本当にすみませんでした」

 いずれ何らかの形で弁償しようと心に誓った。


 再び八畳の和室へ戻り、俺たちは床に腰を下ろした。

 「疲れたろう、召し上がれ」

 ナキワスレが今度は煎茶と桜餅を持ってきてくれた。練習でも生死の狭間に立った体は自覚する以上に消耗していたようで甘い物を歓迎した。

 「ナキちゃんありがとう」

 もうナキちゃん呼ばわりか。埜口のことを六ちゃんとか呼び出したときの折檻技を編み出しておかねばなるまい。

 「美味いな。さすが五龍軒ごりょうけんだ」

 「わかるのかい? 和菓子には詳しいんだね」

 五龍軒とは創業明治四十年という町の老舗だ。桜餅は毒々しいまでのピンクに染まっているが有害物質はゼロ、自家製小豆餡の絶妙な練り具合は他店には真似できない。


 「重光ちゃん、甘党で和菓子が好きなんですよ。埜口さん、今後は家族ぐるみのおつきあいをお願いします。従兄あにに和菓子を恵んであげてください」

 「涎たらして言うな」

 おやつ欲しいと書かれた顔をぺしぺし叩きまくる。

 マジでこいつは、この年齢としでお菓子をくれたら知らないおじさんにも平気で着いていきそうで心配だ。


 「はいはいケンカは中断。君たちのチーム名と属性を決めておきたいんだけど」

 きょとんと俺たちは顔を見合わせた。

 チーム名はわかるが属性ってなんだ属性って。

 「そんなものが必要なのか」

 「そりゃあ〝調整課〟に登録しなきゃならないし」

 「来ましたギルド登録~!」

 幽香が待ってましたと拳を振りかざす。

 「ヒューヒュー! フィーフィー!」

 口笛まで吹くのがウザイので鳩尾を突いておく。


 「やっぱり退魔協会とか組合みたいなのがあるわけだ」

 「退魔業をする人間が集まれば自ずとね。さて、チーム名に希望はあるかな」

 「いいのを思いつきました」

 「駄目だ駄目だ駄目だ」

 元気よく挙手したのを速攻で却下してやる。

 「まだ言ってません」

 「根室くん、ちょっとラッシュし過ぎ。従妹いもうとさんへの意地悪も程々にね」

 「無暗にこいつを軽んじてるわけじゃない。どうせ腰砕けもののチーム名ばかり出てきて、俺は聞き流せずにブン殴って手を傷めるし、幽香も痛いし、おまえの心も痛む。徒労感だけが残るなら言わせないのが親心ってもんだ」

 誤解を解く必要を感じたので、くどくど説明しておいた。いわば年下の少女に体罰を加える悲劇を未然に防ぐ配慮なのだ。

 それを理解せずアホは食い下がってくる。


 「わたしの精神は三千世界のビブリオテックに直結しています。曼陀羅模様の脳細胞が紡ぐ選びに選んだ言葉のセンスに期待してください」

 「面白そうじゃないか。聞くだけ聞いてみよう」

 愉快でたまらないといった顔で埜口が口をはさむ。

 「チームメイトには意見を発表する機会を等しく与えてあげないと。無駄を事前に摘み取るだけが賢い生き方じゃないぜ」

 「上手いこと言いやがって」

 他人の取り成しには弱い。顎をしゃくってアホに発言を促す。


 「幽玄饅頭はどうかしら」

 「屋号か?」

 「わたしの名前から一字取って、和菓子と組み合わせたんです。重光ちゃんが大好きなもの同士だから文句ないでしょう」

 「文句しかねえ」

 関節技でアホと同列に語られた和菓子の屈辱を思い知らせる。


 「根室兄妹でいい。わかったな」

 「そんなの駄目です~!」

 ガキにはガキのこだわりがあるようで、海老固めをかけられても言い争いが収まらないのを見かねた埜口が妥協案を出してくれた。

 「まあまあ、ここは僕が暫定的なチーム名を考えるから、ふさわしい名前が見つかるまではそれで活動してくれないか」

 「どんな名前⁉」

 「這月那月しゃげつなげつだ」

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