第22話 神電池入門⑦
「
禅宗におけるこちら側とあちら側を差す言葉だったはずだ。
ふと月影を宿す湖面が浮かんだ。静寂にして清廉な俺好みの光景。
いいと思った。幽香に視線を向けると頷いた。
「構いません」
同じ
「わかった。這月那月で行く」
「了承。母さんが仕事上、退魔師の組合にも顔がきくから、明日にもその名で申請しておいてくれるよう頼んでおくよ」
「俺が這月、幽香が那月でおまえは?」
「君たち
「チームを結成したくて俺たちを誘ったんだとばかり思ってたんだがな」
「埜口さんがいてくださると心強いです」
「君たちと一緒に妖魂狩りやレアな神電池集めに励みたいんだけどね。当分は神電池の性能を効果的に引き出すデッキの開発に専念さ。さあ、次は君たちの属性を決めようか」
「ここは颯爽とした風で決まりですね」
ぎゅうっと吐息をかける幽香の唇を捩じりあげる。
「属性ってチーム名よりわけがわからないんだが」
「申請の際に適当でもいいから属性を決めるしきたりなんだよ」
「やっぱりアレか。四大とか五行とか」
「エレメントエレメント。五行のうち二つまで選べるよ」
「しかし自分が風とか炎とか、光とか闇とか考えたことないぞ」
「そんなもんさ。申告した属性が実際には本人に適してなかったケースなんて腐るほどある。ま、君たちが持つのは三光さまの神電池で、主祭神が素戔嗚命だから水にしようか」
「海原を治める神だよな。うん、荒海のイメージがあるな。水でいい」
我ながら幼稚だが再びロマンあふれる情景に浸った。
波の静かな夜、月明りの下を小舟で旅立つ三つの人影。俺と幽香と埜口。
「ついでに銃器も扱うから金も足しておこう」
かくして当面の呼称も決まり這月那月が結成された。
以下、内幕を列記しておく。
【チーム名】
【人員】根室重光(16)
根室幽香(15)
【主たる守護神】三光大明神(素戔嗚命 月読命 天照大神)
【属性】水、金
【装備】単三神電池8本 仏敵調伏ハンドガトリング・菩提銃
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その夜、昨日掃除したばかりの神棚の煤を払い、サービスで水晶玉を丁寧に磨いてやった。この玉、水晶と呼んではいるが月長石だそうな。
形見の品だけあって時々親父に見つめられている気分になる。
「此の神床に坐す掛けまくも畏き三光大明神の大前を拝み奉りて……」
水晶を三方の上に戻し、日課の拝詞を唱えながら考えた。
(
親父は気の利いた置土産をしていってくれたものだ。
妖霊を一匹狩るごとに、なかなかに素敵な金額が支給される。まだ十分な貯金があるとはいえ、自分でも稼ぐべきかと不安を覚え始めた矢先に、またとないアルバイトの話が転がり込んできた。
信仰心を電気エネルギーに変える? いまだ生存の報をよこさぬ無責任ぶりを帳消しにしてやって余りある。
使い方次第では億万長者になることだって夢ではない。何しろ新しいエネルギー資源の確保と環境保護を両立させる神秘の道具が現れたのだ。
太陽発電や風力発電は天候や時間帯に左右される。しかし信仰心は自然現象に左右されず人間の心がけ次第で無尽蔵だ。欠点は乾電池で動くサイズの家電品にしか適用できないことぐらいか。
俺たちの持つ神電池は十五年の拝詞奏上が生んだ天然ものだが、人為的に量産できる宗教パネルなる装置を発明した人は天才だ。地球の恩人と言っていい。
俺は埜口邸を去る間際に聞いた。
「神電池は信仰心が溜まる場所に年月次第でできるものらしいけど、信仰心を集めるあの機械……宗教パネルか、あれははおまえが発明したのか?」
メロン頭の男はまさかと手を振った。
「いくら僕でもあんな物は作れっこないよ。僕の師匠さ」
「天才だな、その人」
「天才も天才、科学者にして真の聖職者だ」
病身で療養中とのことである。いつかは薫陶を受けたいものだ。
「ごめんなさい重光ちゃ~ん、入れてくださ~い」
幽香の泣きじゃくる声が窓越しに聞こえる。
なんだってあいつ庭に御座なんか敷いて寝てるんだ?
「お家を侮辱したことは取り消しますからあ~」
ああ、あばら家呼ばわりしたんで今夜は外で寝ろと締め出したんだったな。すっかり忘れてた。たまには野営もいいもんだ。一晩ゆっくりお星様と語らうがいい。
おまえにもきっと幸せの星が見つかるからな。
「世のため人のために尽くさしめ給へと恐み恐み白す……」
さて、俺も寝るとするか。
「初夏が近いといっても、まだ夜は寒いですう~、許してくださ~い」
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