第9話 根室重光が如斎谷昆に会うこと③
俺は息を飲んだ。なるほど魅力的な提案だ。
神電池、別名観電池は、信仰心を集めた場所(ほとんど寺院か神社だが)で祀られている神仏のご利益や個性の影響を少なからず受ける。
神明社なら太陽神なので光を出す機械と相性が良く、天神社なら雷神なので電気を蓄えやすいといった具合だ。
そして薬師如来の霊験は、何と言っても怪我や病気の治癒である。
他の神電池でも同様の効果を期待できるが、薬師如来の魂を降ろした電池ならば、回復の速度が目に見えて違う。その効能の素晴らしさを俺は身をもって体験しており、危険と隣り合わせの仕事に従事する身には、是非とも一本は確保しておきたい逸品だ。
「本当にタダで……」
「重光ちゃん、冷静になってください」
幽香が俺の袖を引っぱる。
「ヤクザ屋さんとは関わりを持ってはいけません」
「うん? ああ、そうだな」
愚妹ながら今夜最高のアシストだ。
「子供の出る幕じゃないよ妹君、私はお兄さんとお話をしているのだからね」
シッシッと追い払う仕草で如斎谷が幽香を威嚇する。
「私のところは待遇いいぞ。亜修羅みたいな狂犬なら別だが、男に鉄砲玉なんぞやらせん。君のような美男子には特に」
「えーっ⁉ あなたもそう思いますかあ⁉」
俺の頭に手を乗せ、覆いかぶさるように幽香が身を乗り出した。
普段のキョドリ気味の態度もどこへやらの勢いである。自己評価が低いことへ(俺がダメ出しすることが多いのも一因だが)の代償行為なのか、俺の誉め言葉を聞くと自分のこと以上に大はしゃぎするのだ。
「やっぱり重光ちゃんってハンサムですよね? わたしもよくそう言ってあげるんですけど、照れ屋さんで仏頂面だから、あんまりお友達もいないんです」
「どけっ、頭に体重かけるなっ。胴にめり込むっ」
「ねえねえ、この人、重光ちゃんの魅力がわかる人だし、仲間に入ってもいいんじゃないかしら?」
「ヤクザと関わりを持つなと言ってから三十秒も経過してねえぞ」
「偏見は捨てましょう。ミミズもアメンボもヤクザも生きているんです。みんなみんな友達なんです」
「静かに――しとれっ」
両腕を掴むと、前のめりの勢いでアホを地面に叩きつける。
ここが平地にある神社だったことを感謝しろ。長い石段があったら封印技の地獄車を披露していたところだ。
「貴様、自分の妹にまで暴行を働くかっ!」
「私の許可なく発言したら
いきり立つ橋本を如斎谷が素早く制し、さも感服したように手を叩いた。
「素晴らしい。たわけたことをぬかせば女でも苛烈な仕打ちを迷わず実践できるニヒルガイぶりに惚れた。ますます君たちを加入させたくなったよ」
鼻先がくっつきそうになるほど顔を近づけられて俺は身を反らした。
じゅるるっと卑しい音をたてて狂女は涎をすする。
「いい返事を聞きたいなあ。こっちはまだ無傷の三人がいる」
そうだった。あくまで敵戦力の一角(おそらく一番の小者)を倒しただけで、まだ勝負の途中であることを忘れていた。
「疲弊した者に手荒な真似はしたくないなあ……」
極めてまずい状況だ。菩提銃の電池残量が少ない。脅獅の恐怖効果を突破して大ダメージを与えるのに予想以上の電力を消費してしまった。敵の眼前で電池を入れ替えるのは至難の技だろう。
恐兎拳も見せてしまった以上、この女にどこまで通用するか。
稲妻テールの橋本も抜かりなく退路を絶っている。
「私の傘下に入れば悪いようにはせん」
「リーダーの寛大さにも限度があるかな~」
「お断りだっ!」
右足に絡みついた片岡杏を振り払う。
こうまで強気に出れたのも月明りのおかげか。圧倒的な不利を承知で、戦闘準備をしようと覚悟を決めた瞬間、奇跡が起きた。
「あんまり手を焼かせると――」
突然、如斎谷の台詞が途切れ、一切の動きが止まったのだ。
橋本と片岡の動きも止まっている。まるで時間が停止したかのように。
ふと救いの手をさしのべてくれそうな奴が思い当たった。
薬師如来の神電池はひとまずあきらめ撤退だ。
「逃げるぞ幽香!」
俺は義妹の襟首を掴んで三光宮を脱出した。
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