第8話 根室重光が如斎谷昆に会うこと②
袴の裾をひるがえし、青銅の孔雀の三人が俺たちの前を通り過ぎる。
凶悪さんの傍らにしゃがんで、衣服をまさぐって神電池を取り出した。ついで彼の容体を診てやっているようである。
「こりゃ再起不能だな。毘沙門天の電池を無駄にしおって」
わずか五秒で終了宣告して介抱を打ち切った。
「昆様たちの手を煩わせることなんかありませんからと息巻いておきながら、このザマか。つまらん男気なんぞ見せたがった報いだな」
「所詮、男など劣等生物に過ぎませんからな」
橋本というポニーテールが憎々し気に凶悪さんの頭を蹴った。
この女からはリーダーとは異質の危険な香りがする。男性嫌悪、蔑視の類か。
「くふふ、亜修羅のバーカ」
片岡というチビも小気味よさげに踏みつけた。
「おいおい、そいつもチームの一員じゃないのかよ」
同情する必要など皆無の男だが、あんまりな扱いに言うだけ言ってみる。
「おお、無視してすまなかった」
如斎谷が立ち上がり、こっちへ来る。
一メートルほどの間隔をあけて俺の前で止まった。
(――食われる)
雌カマキリが雄カマキリを捕食する場面が脳裏に浮かぶ。
でかい女だ。初見時からでかいとは思っていたが、こうやって正面から向かい合うと迫力が段違いだ。どう控えめに見積もっても190センチには届く。俺だってこれでも178センチあるのだ。
金色の瞳が俺をじっと見据える。猛禽類に近い目だ。
ただ睨み合っていても精神を削られるだけなので、自分も名乗ることにした。
「這月那月の根室重光だ。あっちは妹の幽香」
「根室重光くんか……」
女はうっとりした表情で俺の名を噛みしめた。
「根室、素敵な名前じゃないか。根室重光か、いいな……」
人の姓名を舌の上で転がし賞味する。あまりいい気分ではない。
「あいつを組の若いのとか言っていたな。あんた暴力団関係者か?」
「由緒正しき天台系寺院の法主の娘さ。布教活動の一環としてヤクザを組ごと仏道に帰依させた際、余業で暴力団経営もやることになってね。あの男は番犬みたいなものだ」
「捨て駒だってことか」
「あいつは亜修羅という仇名で、傷害と恐喝を趣味に生きてきた根っからの悪漢でな。どんな更生も受け付けなかった社会のゴミだ。成敗したのは自慢していいことだぞ」
「成敗を他人に任せるな! ちゃんと部下の監督をしろ!」
俺は他人事みたいな態度に苛立ちを覚えた。
そのゴミに力を与えたことで、どれだけの被害が出たと思っているのだ。凶悪さんの襲撃を受けた退魔師は後遺症が残りかねないという。
「もっともな怒りだ。犠牲者の治療費はこっちで全額負担してやろう」
どこまでも誠実さに欠ける返答だ。自分を何様だと思ってやがる。
「そこで提案だが根室くん、君も亜修羅を使えなくしたのだから代打として青銅の孔雀の一員に入ってくれると大いに助かる」
狂気を宿した金瞳が物欲しげに歪んだ。
「リーダー、男をチームに引き入れるなど正気とは思えません」
「黙っていたまえ橋本」
稲妻ポーニーテールの進言を如斎谷は歯牙にもかけなかった。
「どうかな根室くん、君はかなり優秀な神電池使いだ。妹さんも単なる怪力以上の潜在能力を秘めていると私は見たよ」
「妹君だけなら私も賛成です。しかし、この男まで入れたら定員を超えます」
「黙っていろと言ったろう。君を除名してもいいんだぞ?」
無情な却下に気丈そうな橋本卯奈も沈黙した。
「マスター、杏は賛成だな~。この人、めっちゃ好みだな~」
チビ女がいつの間にか俺の足にまとわりついていた。
「なんだおまえ? 離せよ」
「テレなくてもいいんだな~」
星を宿す巨大な眼球、おまけにアニメ声。気色悪いことこの上なかった。
「二人とも、あまり根室くんを困らせてはいかんぞ。どうかね? 君は私の持つ薬師如来の神電池が目当てなんだろう? 我々と手を組めばタダで譲渡しようじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます