第6話 根室重光が月夜の試合に臨むこと⑤

 これぞ根室家に代々伝わる恐兎怖跳拳きょうとふちょうけん・三月兎の舞。

 教えてくれた父曰く、難破船で舞鶴海岸に流れ着いた唐人を根室家の先祖が救助したことから、お礼代わりに伝授されたとする功夫の一種だそうな。

 由来の怪しさから実戦にける有効性が甚だ疑われる拳法だったので、低姿勢の演技で油断を誘ったが、使うタイミングを見極めれば立派な戦果をあげ得るようだ。


 「すごーい! お見事です!」

 後ろでおめでたい拍手が聞こえる。

 「でも、わたしは重光ちゃんが乱暴するところは、あまり見たくありません」

 「今頃正気づいてんじゃねえ!」

 奴が倒されるのを見計らっていたかのように目を覚ました女にも、振り向きざまに蹴りをお見舞いしておく。


 「いてえ~っ! 超いてえええ~っ!」 

 オーバーな声をあげて凶悪さんは地面を転がり回っていた。

 「この人でなし~っ! 他人の痛みがわからねえのかあ~っ!」

 眩暈がしてくる。身勝手もここまでくると一種の才能だ。

 あまり加減してやる余裕もなかったし、実際痛いことは痛いんだろうが、あんたに凶器で殴打された人が味わった痛苦や恐怖に比べれば安いもんだ。


 「重光ちゃん、ちょっとやり過ぎたんじゃないですか」

 よせばいいのに幽香が凶漢を気遣う。

 悪女の深情け……は違うな。正直者が馬鹿を見る系か。

 「近づくな幽香、何するかわからんぞ」

 「でも……怪我してる人をほおっておけません」

 うずくまる凶悪さんに声をかける。


 「痛みますか? 薬師さまの神電池を出していただければ……」

 差し伸べた手を捉えられ、首に腕を回されるのに三秒もかからなかった。

 凶悪さんが幽香の喉元に拾った短刀を当てる。

 「ジッとしてな嬢ちゃん、いい教育しつけ受けてんな」

 「いやだー! 重光ちゃん!」

 幽香が手をのばして助けを乞う。

 しかし、俺は冷然たる態度を崩す気はなかった。


 「ホラ、神電池差し出して土下座すれば妹を傷物にしないでやるぜ!」

 「顔でも切り裂くつもりか? 好きにしろ」

 「てててめえ! 男の風上にも置けねえ野郎だな!」

 「重光ちゃん、あんまりです……」

 「顔の傷を教訓に人質にされる迂闊さを改めるようになれば安い授業料だ」

 俺は承知している。なまくら刀では義妹にかすり傷も付けられないことを。だから幽香、さっさと実力を出して彼を無益な行為から解放してやらんか。


 「後はおまえらの問題だ。俺はこれで帰る」

 「キャー! 行かないで!」

 俺が背を向けようとした瞬間、幽香は逞しい双腕による拘束を振り払った。

 「待ってくださあい! 幽香を置いて行かないでえ!」

 「コラ! ジッとしてろと言ったろうが!」

 「ジッとしてたら重光ちゃんが行ってしまうでしょおおおおお!」


 肩を掴んで引き戻そうとする凶悪さんを幽香はためらうことなく殴った。

 腰の回転を効かせたフックが長躯の男を吹っ飛ばす。神木のケヤキに激突した凶悪さんは舌を出して失神、とりあえず死ななくてよかったね。

 それはそうと、我が従妹が窮鼠と化したときのパワーの何たる絶倫なことか!

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