第5話 根室重光が月夜の試合に臨むこと④

 戦い自体は十分もかからず終わった。

 神電池バトルの定法を教えてやると啖呵を切ったものの、神電池を使用さえすれば、どんな戦術戦法もありなので、自分の得意分野にどう持ち込むかが鍵となる。



                ※


 「ヘイ! 脅獅オドシ!」

 凶悪さんが指を鳴らすと狛犬型の神電使が闇の中から現れた。

 鬼火のように燃え立つ両眼、首を覆う渦巻く鬣。

 鈍く輝く赤銅色のボディは、いかにも頑健そうだ。

 「おまえらが使うドサンピン神使とはわけが違うぜ!」

 銘は脅獅オドシ。おそらく素体は電動工作キットの〝トリケラトプス〟あたりか。


 戦いはメカ狛犬の先制攻撃で始まった。

 『吽牙阿阿阿阿阿阿阿阿ウガアアアアアアアア!』

 頭髪が逆立つほどの咆哮に俺は思わず耳を押さえた。

 杜の枝葉が震え、社殿の瓦が滑落する。

 それなりに場数も踏んで、大抵のことには慣れているつもりが、物理干渉まで起こす大音量で挨拶されて、踵を返しそうになる足で踏みとどまるのに少々苦労した。

 凶悪さんが使役するにふさわしく唸り声に恐怖効果が付与されているらしい。


 「ガキどもはビビッてんぞ脅獅!」

 主の指示でメカ犬がシャッター式の口を大きく開いた。

 口内が発光する。熱線の類を発射する気か!

 とっさに左手をかざし、灼熱の光球を片手で防いだ。

 「なんだとォォォ⁉」


 防いだと書くと語弊がある。正しくは左の掌の紋章で発射を阻止したのだ。

 三光宮は神主不在なので、八坂の総本社で描いてもらった木瓜紋。

 祭神が大蛇退治の逸話を持つ素戔嗚命だけあって魔獣耐性は絶大、肝を潰す唸り声の洗礼に臆しながら踏みとどまれたのも、この神紋のおかげと言っていい。


 同じタイミングで菩提銃が火を噴き、電子犬の口に命中、内部でくすぶっていた光球を誘爆させた。

 続けて第二射が赤銅色の腹部に木瓜紋を焼き付ける。

 「幽香いまだ!」

 封印マヒ効果を持つ八坂の神紋が刻まれた今が絶好のチャンス、我が従妹による全霊の痛打をお見舞いすれば、機械といえど霧散するはず。

 しかし、無能女は立ったまま気絶していた。


 「アホ! カス! チキン!」

 相性的に最悪の能力なのはわかる。

 石の水鉢を持ち上げていたので戦う意志はあったようだが阿呆は阿呆だ。せめてこいつにだけは効きまくりで恐怖効果も多少は浮かばれたろうか。

 仕方なく敵神使へのとどめも自分でさした。脅獅は健気に立ち上がろうとするも、能力の大半を威圧と光熱弾に振り分けているようで、いかんせん動作が鈍い。

 俺は冷静に右前脚と左後脚を撃ち落としていった。


 「脅獅ィ! 根性見せやがれえ!」

 凶悪さんが無責任なハッパをかけるが、もう無理だ。

 

 石畳の上でのたうつ獅子ロボットは、前後の脚を片方ずつ損失、顔面も無惨に半壊、もはや戦闘不可能なのは誰の目にも明らかだ。

 大方の読みどおり、凶悪さんはケンカ慣れはしていても神電池バトルにおいては素人で、闇雲に神電使しんでんしをけしかける攻撃しか知らなかった。

 しかも今夜は半月。祭神の一柱たる月読の恩恵を受けやすい。

 満月ならどれほどの加護を得たことだろう。


 「コラァ! しっかりせんかあ! まだまだやれるがろゥ⁉」

 「俺たちの勝ちを認めてくれ。これ以上やらすのは、あんたの神使が気の毒だ」

 「黙ってろボケ! これからが本領発揮だ!」

 「機動力を奪われた神使に戦闘続行を強制するのは虐待に他ならないぜ」

 「ひひひ卑怯もんが! 女なんか連れてきやがって! おかげで気おくれして実力発揮できなかったんだよ!」


 どういう理屈だ。自分に都合のいい展開ばかりを渇望し、読みがはずれれば周囲を逆恨みする自己中男の病癖ここに極まれりだな。

 「往生際が悪いぜ。ゴネるぐらいなら不意打ちでくればよかったろ」

 植え込みの中にでも潜まれて、いきなりバットで脳天をカチ割られたら俺もお陀仏だったことだろう。そこを警戒して入口でもめていたわけだが。

 今夜に限って正々堂々の勝負をしたのが敗因とは皮肉に尽きる。


 「あんたの戦力はもうないんだ。事実を受け入れて負けを認めろ!」

 「負けてねえ! デタラメぬかすんじゃねえ! オモチャ使ったケンカでまぐれ勝ちしたぐれえで調子に乗りやがってガキがあ!」

 凶悪さんが懐から取り出したのは短刀ドス。もはやどっちがガキだか。

 不気味に月光を照り返し、泣き笑いで迫ってくる。

 「どうして負けないんだよ! 俺様に勝つなんて大人気ねえにも程があんぞ! 人様傷つけるのがそんなに楽しいのかよ!」


 もう駄目だ。完全にイカれてる。

 おそらくこいつの背後にいる黒幕からも汚れ仕事専門の鉄砲玉の役割しか期待されていないと見た俺は、敢えて下手に出た。

 「待て待て待ってくれ。落ち着いて話し合おうぜ?」

 「殺っ! 殺っ! 殺っ!」

 鋭い突きだが単調で、見切るのは容易だった。


 「死ねやあああああ!」

 悲鳴にも似た怒号で繰り出されるドスを菩提銃のグリップ部で受けた。元が玩具でも、神器になれば刃物を防ぐだけの強度が与えられる。

 銃身を逆手に持ち、ハンマーのように振るって刀身を殴り上げる。手を離れた凶器を男の視線が追った隙を見逃さず、がら空きのボディに銃口を押し当てた。


 凶悪さんの顔から血の気が失せる。

 「安心しろ。生身にはこっちだ」

 正中に左の掌打をくらわすと、鍛えられた腹筋にも木瓜紋が浮かぶ。

 「ぐはっ……!」

 胃液を吐いて着いた膝の前に落ちてきたドスが刺さった。

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