第4話 根室重光が月夜の試合に臨むこと③

 「用意はいいな」

 俺は財布から一枚抜いておいた十円玉を出す。男も出した。

 「行くぜ」

 「殺すぞアホ!」


 ギャグばりの獰猛さに、もうちょっとで爆笑するところだった。

 本当にこんな男が薬師如来の神電池を持っているのだろうか。

 神電池自体は所有者を選べるわけではないので、心に慈愛のカケラもないチンピラが所持していても不思議はないのだが、薬師さまへの不信感を抱きそうだ。


 硬貨を賽銭箱へ投下。神域ステージの展開が始まった。

 世界に曼陀羅模様のフィルターがかかり、擬人化された月が微笑を浮かべる。檸檬色の極楽鳥がとまる鳥居の貫から滝のように水の沙幕が張られ、境内は外界から隔絶された。


 わずか五秒でバトル用の異空間への転送が完了。ちなみに神域にする場所は寺社が望ましいが、賽銭箱と鳥居(適当に作った間に合わせでもOK)、ある程度の信仰心が沈殿してさえすれば、そこらの路地裏や公園でも代用可能だ。


 「行くぞガキィ!」

 腐れ外道でも退魔師チームの一員だけあって、異界へのワープは織り込み済みのようである。凶悪さんは動じることなく指をボキボキ鳴らして前進してきた。

 「おいおい、いきなり実力行使か?」

 「てめえから電池奪えばいいことだろうがアホンダラ!」

 「じゃあ、俺もいきなり飛び道具ね」


 下がることのない恫喝癖は状況次第で頼もしく感じられることもあるだろう。だが、まことに遺憾ながら凶悪さんは期待するほどには腹が座っていなかった。

 五つの穴が輪を描くハンドガトリング砲・菩提銃を突きつけると血相を変えて後ずさりした。


 「ひひひ卑怯もんがあっ⁉」

 よく言うぜ。対戦相手を問答無用でバットで半殺しにしたくせに。

 「下ろせ! 銃下ろせ! 大げさな真似すんなよ!」

 ヤーさんだけに銃の危険性は把握しているようだ。

 初めて彼の理性的な台詞が聞けて、菩提銃には大いに感謝だ。


 素体は数年前に放送されていた特撮テレビ番組『冤罪戦隊オレジャナインダー』の必殺兵器・逆転勝訴スクリューバルカンである。

 テレビでは五人で担ぐ大砲だったが、玩具はなんとか片手で扱えるサイズで、神電池を装填したところ蓮根型の砲口を持つ火縄銃的な外観へと変化した。


 「つったく、近頃の若いもんは道理を弁えねえよなあ」

 「あんた、子供の頃からそんな感じっぽいな。マジで通院をおすすめするぜ」

 いったん銃を弾帯のホルスターに収める。

 「さあ、得物を出せ。神電池を使うバトルのイロハを教えてやるよ」


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