第3話 根室重光が月夜の試合に臨むこと②
「うるああああああっ!」
参道を左に寄って進み始めると、水を打ったような静けさだった鎮守の森に怒声が響き渡った。
力持ちのくせに臆病な幽香が俺の腕にしがみつく。
「離せ! 敵と
叱咤して肘鉄をくらわせる。こいつは自分の怪力を自覚してないフシがあるので、しがみつくに任せていると腕をヘシ折られかねないのだ。
「怖いです怖いです! 重光ちゃん、帰りましょう」
「やらずに帰ったら黙って仕事場を明け渡すことになる」
「あんなガラの悪い声聞いているだけで幽香は失禁しそうです」
「漏らしながら戦え」
「お嫁に行けなくなるようなことしたくありません」
「仕事に生きろ」
「重光ちゃんがもらってくれるな……らんっ⁉」
全部言わせてたまるか。背中に張り手をかまして前へ押し出す。
幽香があれっとつぶやく。俺もあれっと思った。
予定では、青銅の孔雀のメンバー全員が待ち受けているはずだった。それが拝殿前で偉そうに腕組みして立つ男が一人いるばかり。
「こんばんは、這月那月です。青銅の孔雀のメンバーですか?」
初対面ということもあり、向こうが年長と思われるので敬語で質問してみた。
「他に誰がおるおるゥ⁉ ナメてんじゃねえええ!」
二十歳ぐらいか。下品なピーコック柄のシャツなど着て、なかなか体格が良い。
「もっと早くこんかあボケナスぎゃああああっ!」
目つきは悪い。言葉づかいはなお悪い。
ならば、こっちも敬意を大幅に下げた態度でよかろう。
「時間ちょうどだぜ。そっちは一人だけか?」
「貴様らごとき一人で釣り銭ジャラジャラァ! 殺っ殺っ泣かしてやんぜ⁉」
静聴に耐えない罵詈雑言を連発して猛り狂う。かろうじて意味が拾えたのは記述した部分だけで、大半は豪雨の晩に練り歩く酔漢の絶叫に近かった。
要は貴様らに待たされたことに自分は立腹している。貴様らをひどい目に会わすが、そのための手勢など一人で事足りると言っているわけだこの御仁は。
いじめっ子だったんだろうな。天職に近いレベルで。
それを恥もせず武勇伝として吹聴してきた世にも恥ずかしい人種。
どう呼んだものだろうか。聞けば案外嬉しそうに大威張りで教えてくれるかもしないが、同姓同名の人が気を悪くするかもしれない。
凶悪な顔つきなんで凶悪さんと呼んでおこう。
「電池出さねえかボケがあ!」
「ああ、出すよ出すよ」
すごい迫力だ。恐ろしいに尽きるな。面白いけど。
幽香はというと完全にビビっていた。
「かかか帰りましょうよお~!」
俺の背中に顔をうずめ、両腕を掴んでガチガチ歯を鳴らしている。
十五歳の少女にしては体格に恵まれているほうなのに、よくここまでノミの心臓に育ったもんだ。
「あまり力を入れて腕を握るな。痛いぞ」
「わわわかってます~!」
「そんなに怯えてばかりなら帰ってもいいぞ」
「ししし重光ちゃんだけを死地に置いておけません~!」
「じゃあ前衛に立ってくれ」
「そそそれも嫌です~!」
確かに俺だって刺し違えるぐらいの覚悟ができてなければ、こんな奴と
しかし百人のヤクザ者に優る〝妖魂〟との死闘を経験し、かつ生死の狭間から帰還したことのある今は、ちゃんちゃらおかしかった。
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