第2話 根室重光が月夜の試合に臨むこと
空に半月。見事な下弦の夜だった。
俺たち
主祭神は祇園大明神こと
場所を明記すると差し障りがあるので、ギリギリ京都市内に入れてもらえる他の自治体との境にある町、仮に
「来てるか?」
俺は身内の女に聞く。
偵察用の神使を持っていないので、夜目のきくこいつの五感が頼りだ。
「
なぜかジャージ姿の女は真っ赤になって怒った。
「おかしなことを聞いた覚えはないぞ」
「来ていて当然じゃないですか!
「誰がお赤飯のハナシなんかしてるっ」
背中まである黒髪を掴んで、おでこと鳥居の石柱をカチ合わせる。
火花が散って、いい音がした。
「来てます……三人……いえ四人……?」
対戦相手が来ているのかという意味だと涙目で悟った幽香は指折り数える。
四人までならチームの定員内だ。勝算はある。
「どのあたりにいる? 入るなり襲われたらたまらんからな」
「そこは大丈夫です。参道の周辺には誰もいません」
「よし幽香、銃の用意」
「どうぞ。聖甘露水をたっぷり入れておきました」
「うん、これでどんな外道も一発滅魂だ! まずはおまえから!」
「冷たい冷たい!」
「水鉄砲なんかどこから持ってきた」
「重光ちゃんに野蛮な武器を持ってほしくなくて」
「おまえが
うっかり死なせでもしたら、天国で見守っているであろう幽香の実の親にも申しわけが立たないとは、心の中でつぶやくにとどめておく。
「ごめんなさい。
ショルダーバッグの中から大ぶりな拳銃を一丁を出して俺に手渡す。
木と黒鉄でできたクラシカルな外装は拳銃というより、いっそ短筒と呼んだほうがしっくりくる。
「
「抜かりなく……」
深紅のジャージのポケットから懐中電灯の後端が見える。動きやすいからといって学校の体操着で来るのはどうにかならないのか。
俺も活動性重視かつ闇にまぎれやすい暗色系のブルゾンとジーンズだから他人のファッションをどうこう言えた義理じゃないが。
「しっかりしてくれよ。薬師如来の神電池がかかった
「はいっ」
幽香がキリリと表情を固くする。
時刻は午後十一時をまわったばかり。妹は無論のこと俺もまだ未成年である。
よって、あまり〝仕事〟を選べる身分でないのを承知で、引き受けるのは午前零時までと決めている。
現在、這月那月というコンビ名で活動中の俺たちの主な業務は悪霊退治。退治といって悪ければ、
つまりは退魔師だな。もはや裏の仕事などと呼ぶのも憚られる。
実際、このエクソシスト稼業は同校生を経て紹介された。
俺が同年代の若者の多くよりはいくらか信仰心が厚いことと、義妹に神懸かり的な腕力が備わっていること。何より
ただし、今夜の相手は妖魂ではなく人間。ある意味、悪霊よりも始末が悪い。
理由は同業者同士のナワバリ争いというとわかりやすいか。
〝青銅の孔雀〟と名乗る好戦的な退魔師チームが、活動圏が重なる退魔師を不意打ちで半殺しの目に会わせる事件が続発、すでに
こいつらを倒せば、新参の俺たちの評価も上がり、同業者から大いに感謝されること疑いなし。加えて勝者への報酬として、相手の所有する神電池を譲渡してもらう権利が発生するのだが、それが薬師如来の神電池とあっては見逃せない。
妖魂とばかり戦っていては得にくい対人戦闘の経験を積む良いチャンスでもある。誰もが青銅の孔雀を恐れつつ首級をあげることも考え始めた中、俺は先手を取って連中との果し合いの場をセッティングしてほしいと、同校生を通じて〝調整役〟へ申請したのだ。
「行くぞ。遅れるなよ」
照妖燈を借り受け、足元を照らしながら鳥居をくぐる。
言うまでもなくこの神々しい光を放つライトも、市販の懐中電灯に神電池を入れることで、魔物の本性を暴き出す神具へ転生したのだ。
くれぐれも三光さまが敵に利することなどありませんように。
「お……おじゃましま~す……」
続いて幽香も怖々と足を踏み入れた。
「神聖な場所とわかってても夜の神社とか怖いですね……お化けが出そう……」
「お化けも幽霊みたいな奴に言われたくないと思うぜ」
目にかかる前髪とヌボーッとした雰囲気のせいで、真昼でも幽霊と誤認されそうな女である。しかも、前髪をどかしても凡レベルの顔なのが、いっそう
まあ、女は顔よりも
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