第14話 ルギナス(1)
「ブッ、ダハハハハハッ」
重苦しい空気の中、教室の後ろの方から馬鹿笑いをする声が一つ聞こえる。静まり返った教室にその笑い声は浮いており、全員が声の元に注目が集まる。状況に合わない行動をとる人物にユーマも目を細める。
「何が可笑しいんですか?」
笑えるような話をしたつもりがないユーマはゲラゲラと笑い続ける一人の生徒を不快に思う、ひとしきり笑い終えてようやく収まったその生徒は席を立ち、教壇へと歩き始める。
「いやー、笑わせてもらったよ。酷い人間もいたもんだな。お前が何したか知れねーけど、殺されかけるか普通、おまけに魔王の息子のくせにイジメられたなんて、傑作」
笑いをこらえるように近づく男子生徒にユーマは眉間にしわを寄せ睨む。
「何もしてない。魔王の息子ってだけだ。人間なんてろくなもんじゃない。いかに劣等な種族かそれでよく分かったよ」
「へぇー、それは大変な目に遭ったみたいだが、生きててよかったな。こうして会ったんだし、仲良くやろうぜ」
ユーマの目の前に立ち、爽やかな表情で手を差し出し握手を求めるが、ユーマはそれに戸惑い応じようとしない。その生徒は身長がユーマより少し高く、体つきからも腕が立つように見える。ユーマの煮え切らない態度に出した手を握りしめる。
「握手は嫌か……それじゃあ」
男子生徒はユーマの左頬を唐突に殴る。かなりの力があったため、ユーマは黒板に体を叩きつけるが倒れまいと踏みとどまる。その行動に教官は慌てて注意する。
「おい! 何をしている。席に戻れ」
魔王の息子を殴る。この行動がどれほど愚かか。教室にいた生徒たちがユーマの言葉を思い出す。魔王の怒りを買ってはならない。中には恐怖に気を失う生徒もいる。
「いや、戻らなくていい」
口の中を切ったようで、溜まった血を吐き捨てながら教官の注意に反対する。ユーマは殴った生徒に眼光を向ける。目つきにその生徒はさらに笑みを浮かべる。
「やる気になったか?」
「教官、先に殴ったのはこいつですからね」
そう言い放つとユーマも仕返しで同じように相手の左頬を全力で殴る。身構えることは簡単だったがそうする様子もなく、避けようともせず、まともにくらう。
倒れ込んだ先は他の生徒が座る机があり、その上に乗っかりる形で、教科書や筆記用具が周囲に散乱する。
「なんだ。やり返せるんじゃねーか。イジメられた時もこうすりゃよかったのに」
「人を殴ったのは初めてだよ。加減なんて知らないから手加減もできないぞ」
殴られた頬をさすりながら机から降りると、動きにくくする上着を脱ぎ捨てユーマと対峙する。
「けどなんだ、手加減できねーとか言ってたわりには魔王の息子がたいしたことねーな。死ぬのも覚悟してたんだけどな」
「魔力は封印してきた。ただの人間として生きるために」
ユーマの言葉に男子生徒はニヤニヤと笑う。
「嬉しいね。魔王の息子が来るって聞いたときには一体どんなバケモノが来るのかと思ってたが、オレ達に合わせてきてくれるなんてな。友達はいらねーとか言いながら、本当は一緒に楽しく過ごしたいんじゃねーの?」
ユーマの心意を理解したように話すその生徒に苛立ちを募らせる。自然と両拳に力が入る。
「黙れ、減らず口聞けなくするぞ」
「ルギナス・フォーレル」
突然、名を口走る生徒にユーマはペースを崩される。
「なにぼぅーとしてんだよ。オレの名はルギナス・フォーレル。魔王の息子、ユーマ・シルバー・アラサルトと初めてケンカで殴り合う人間の男の名前だ」
「勝手に言ってろおぉぉぉ」
「こいやっ」
二人はお互いに殴り合う。この後の事を一切考えない純粋な拳は骨に当たるたび鈍い音を響かせる。周囲の反応をお構いなしに二人の世界ができ、そこへ立ち入ろうとする者はいなかった。
始めはお互い一歩も譲らなかったが、次第にルギナスが優勢になる。そもそもユーマはケンカなどしたことが無い。魔王の息子であるアドバンテージも魔力を封印した今となっては何の意味もない。
ただの人間となったユーマは体格差でも経験値でも劣り、ルギナスに敵うはずなかった。
「うおりゃー」
ルギナスのアッパーがユーマの顎をかち上げる。足の力が一気に抜け、ユーマは仰向けに倒れ込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ユーマが息を荒げ、立ったまま自分を見下ろすルギナスの勝ち誇った顔を、腫れて視界が狭まるなかで焼き付ける。倒れた者を心配し駆け寄られても不思議ではないが、魔王の息子を殴り倒したという大事はその教室にいる人間をさらなる不安に駆り立てた。
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