ユーマの旅立ち
第5話 ユーマ
勇者と魔王が出会ってから二十年の月日が流れた。
ユーマは十三歳になり人間並みに、年相応の成長をしている。
外見も黒髪で人間そのもの、それがユーマにとって悩みの種であった。
ユーマは母親である魔王の希望もあり、魔王城で過ごしていた。
当然、周りにいるのは魔族の者ばかり、
同じ年の魔族の子供はまだ母親の手が掛かるため、ユーマとまともに遊ぶことはできない。
年相応の子供と過ごしても、
ユーマの成長が早いため、一年も経てばすぐに馴染めなくなる。
かといって、今のユーマの年と合う六十五歳の魔族の子はそれなりに一人立ちしてしまうため、一緒に過ごすことも叶わない。
そんな身体的、精神的年齢のギャップはユーマに大きな影響を与え、
人見知りが強く、いつも一人で本や、考え事をしているだけの周りと関係性を築けない性格になってしまった。
そのことは、魔王が日頃の生活態度から感づいており、
どうしていいかと頭を抱えていたが、最近になってある決断をしたようだ。
「ユーマ、少しの間だけ人間の街で過ごしてみない?」
「お母さん……どういう事?」
魔王の突然の提案をユーマは飲み込めなかった。
今までずっと魔族と過ごしてきたのに、突然知らない場所に放り込まれることに動揺の色が隠せないでいる。
「あなた、ずっと仲のいいお友達がいなかったでしょう。だから、一度ここを離れて人間たちと過ごすこともきっといい経験になると思ってね。人間となら、あなたぐらいの子たちが多いし、成長も同じくらいだからきっと一生の友達ができるわ」
笑顔で答える魔王であるが、ユーマは色々と心配事があるようだ。母親の提案に対して暗い表情を浮かべる。
「でも、お母さんいつも言ってたじゃないか。一人で家からあまり遠くへ行くなって、お母さんの魔王の地位を奪おうとしている魔族の勢力に狙われることがあるからって……」
ユーマの心配に対して答えたのは父親の勇者だった。
「その点は大丈夫だ。ユーマの行く街は特別に第一民指定されている。父さんの古い友人が管理している街だ。魔族がそう簡単に入っていい場所じゃない」
「でも、第一民の人は魔族とほとんど関わらない生活をしているんだよね。いくら僕がお父さんの息子だからって、魔族の僕を受け入れてくれるの? そんな場所で友達なんてできるの?」
ユーマのあまりの心配ように勇者は大袈裟に笑う。
「そう心配するな。すでに連絡してある。友人もお前の息子なら喜んで面倒見てやるってさ。そいつは戦士の育成に携わってるからついでに鍛えてもらって来い。本ばかり読んでると強くなれないぞ」
「でも、どうやって生活するの。面倒見てくれる使用人どころか、家もないし」
「それはさっきも言ったようにお父さんの友人の戦士育成学校に通うんだ。そこは全寮制だから住むところは心配ない。ここよりは不便で慣れないかもしれないが、同じ釜の飯を食う友達と過ごせるんだ。悪い話じゃないと思うぞ」
「……でも」
ユーマには住居についてなど実際はどうでもよかった。
問題なのは自分が人間でないことただ一つ、自分の姿がいくら人間と同じだからといって、すぐ友達などできないという考えが頭を巡っていた。
「ユーマ、お母さんは心配なのよ。あなたはいずれこの世界を統べるものとなる。それなのに誰ともかかわろうともしないで、このままじゃろくな魔王になれないわよ」
「僕、半分は人間だし……」
「細かいことは気にしないの。どっちにしろ、ろくな人間にもなれないわよ」
「……」
世界を統べるものになるという重圧はユーマも理解していた。
ろくに話せない赤ん坊のころから魔王と勇者に刷り込むように言われていたことだ。
そういった両親の期待を痛いほどユーマ自身も感じ取っていた。
ユーマは賢かった。
それだけに彼は素直に嫌だと言うことができなかった。
そんな彼の様子を見て勇者がフォローに入る。
「まぁ、決定ってわけじゃない。ユーマが行きたくないっていうなら無理にとは言わない。けど、マーデルの言う通りこのままここにいても面白いか?」
「それは……」
ユーマは母と父の顔を交互に見る。
二人とも特に怒っているような様子はなく、むしろ、我が子のためと真剣なまなざしでユーマを見る。
その優しい親らしい態度がユーマにとって余計に選択の余地がないことを悟らせた。
二人がいかに偉大な存在であるか重々知っている。
その子どもだから自分がどうすべきか分かっている。
ユーマは目を閉じ、大きく深呼吸を二回して、ようやく重い口を開いた。
「わかったよ。行ってみる……」
その言葉に魔王と勇者は喜んだ。
「流石はこの魔王の子よ。自分にとって何が必要か理解できている。あなたはお父さんに似て物わかりがいいわ」
「はは、流石はオレの子だ。今日はお祝いだな。盛大にするぞ。なんたって行ってしまったらしばらく会えなくなるからな」
「しばらく会えなくなるのか! なぜだ?」
会えなくなるということに魔王はいたく驚いた。
毎日顔を合わせていた子供と離れて暮らすことは考えていたのだが、会えなくなるとは想定していなかったらしい。
「そりゃそうだろ。ユーマが行くのは第一民の街だぞ。いくら魔王だからって、いちいち入れる場所じゃない。規則だからな」
「うぬぅ……いつだ? いつユーマはここを出て行ってしまうのだ」
「戦士学校が一週間後に入学式らしい。それに合わせるなら三日後にはここを出ないといけないな」
「三日だと! そんなに早いのか! ユーマ」
我が子の名前を叫びながら別れを惜しむように強く抱きしめる魔王、いくら子供であれ、多感な時期に入ったユーマにとっては母のその行動が少し嫌だった。
突き飛ばすわけではないが、払いのけようと必死に抵抗するが、相手は魔王、そこらの母親のようにはいかず、ユーマの力をものともせず抱擁をやめない。
「母さん、恥ずかしいからやめて」
「そんな冷たいことを言わないで。しばらく会えないのだぞ。この三日間可能な限り抱きしめる」
今生の別れをするかのように抱きしめる魔王の目には涙が流れている。
母親としてこれまでの息子への溺愛ぶりがうかがえる。
その様子を微笑ましく勇者が見つめる。
「ユーマ、そう言うな。これからしばらく会えないんだぞ。お母さんに甘えられるのも今の内だ。じゃあマーデル、オレはユーマの送別会の準備をするからな」
勇者は二人を残して部屋の外へと出る。
「ユート、盛大になるよう頼んだぞ」
「待って、お父さん、お母さんを離れさせて」
しばらくの間ユーマは母の腕の中に拘束されるのであった。
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