第3話 人間の役割
二人が歪ではあるが夫婦としてのスタートを始めたところで賢者が水を差す。
「魔王、最後に答えてほしい。私たちは人間だわ。どんなに長く生きても百年ぐらい。勇者と夫婦の間はそれでいいかもしれないけど、その後はどうするの?」
「子供を作ればよい」
賢者は質問にあっさりと答える魔王に率直な感想を言う。
「できるの?」
「当然だ。夫婦なのだからな」
「いや、そうじゃなくてあなたと彼の間に子供ができるのかと言っているの。女性が魔物に襲われて魔物を産むケースは稀にあるけど、あなたもそれが可能なの?」
「賢者なのにそんなことも知らんとは意外だな。それから、魔物、魔物とさっきから呼ぶな。魔物というのは動物よりの魔族の名称だ。人間のように言葉を話す種族に魔物というのは不適切だ。言葉に注意しろ」
魔王の言葉に賢者が呆気にとられる。
「そもそもだ。魔族に種族は関係ない。重要なのは性別だけだ」
「……そうなのか?」
勇者は知らぬ知識にポカンとする。
「そうだ。いい機会だ。魔族の出生事情を教えてやる。人間は人種が違っても性行為で子孫が残せるが、動物と性行為しても子孫はできんだろう」
「それを性行為言うな!」
賢者が性行為という単語に顔を真っ赤にしてドギマギする。
「賢者はうぶなのだな。経験がない女の典型そのものか。まぁ、私もそうだから気にするな」
「別に気にしてない!」
「そうか。だが、魔族は違う。魔族にはその制限がない。相手が同族や異種族の魔族でも構わないだけでなく、人間、牛、鶏、蛇、蛙何でもアリだ。稀に虫とする奴もいるが、それは趣味が悪すぎて魔族の間ではバカにされる」
「いや、さすがに蛇、蛙もちょっと……」
「牛、鶏もアウトよ!」
勇者のなっていないツッコミにたまらず賢者が追加する。
勇者の若干引いている眼を見て魔王が慌てて釈明する。
「待て待て、夫が妻をそのような目で見るな。それに、魔族に交配が多様性に飛んでいるにはしょうがない理由がある」
「しょうがない……理由?」
「そうだ。理由はまだ詳しくわかってはいないのだが、魔族は寿命が長いせいで魔族同士の出産は妊娠し辛い上に、女性の魔族は出産までに五年から十年かかるのだ」
「十年!」
「そうだ。大変だろう。しかし、時間をかけた分だけ利点もある。魔族同士の間に生まれた子供は必ず親よりも少し強くなる」
「!」
「ちょっと、じゃあ、魔王、あなたは!」
賢者は悪い予感がした。ただでさえ敵わない魔王の秘密を種明かしされたことに驚く。
「そうだ。私の親は魔族同士、しかもお互い強大な力を持った両親から生まれた。ゆえに私は強いのだ」
「じゃあ、勇者との間に子供ができたらどうなるの?」
「それを今から説明してやる。そもそも利点とは言ったが、これは非効率なものだ。こんなことをしてる魔族など数えるほどしかいない。大方の魔族は魔族以外と交配行動をする」
「魔族以外と?」
「そうだ、魔族以外と交配すると、妊娠しやすい。まぁ、あくまで魔族同士よりという意味だがな。不思議なことに出産までにかかる時間は母体の種族のそれになる。それゆえ、男の魔族は異種での交配行動を好むものも珍しくない。好き勝手にそこら辺でやりまくり。多くの場合は母体の生物が勝手に産んでくれるからな。子孫を残すのにはその方が効率的だし簡単だし、男は楽なものだ」
賢者は勇者を蔑んだ目で見る。
「オレはほったらかしにしねーよ」
育児に参加するような発言を取る勇者の発言に魔王はニヤリとする。
「その言葉を忘れるでないぞ。とにかく、魔族の個体数の維持にはそういう事情が絡んでいるのだ。そしてここからが重要な所だ」
「もうなかなかどぎつい内容なんだが……」
勇者がげんなりした態度をとる反面、賢者は興味深そうに聞く。
「当然交配であるから、それぞれの種族の特徴が引き継がれる。魔族同士は母親の種族になるか父親の種族になるか、はたまたハイブリッドが生まれるか、それは生まれてからのお楽しみだ」
「お楽しみじゃねーよ」
「ちょっと、口を挟まないで。今いい所なんだから」
賢者が勇者の相槌をうざがる。
「次に魔族と魔族以外の交配についてだ。動物と交配した場合はそれぞれの特徴が組み合わさったハイブリッドが産まれるが、魔力が大幅に下がり、知能も少し賢くなるぐらいで動物らのそれと大きく変わらん。ここまでくる時に倒した多くの魔物がこれに該当する」
「えっ、それじゃあ、弱いのは別にいいけど、知能に問題が出るんじゃ」
勇者の心配は当然である。自分の子供が動物のように人を襲う化け物になっては大問題である。
「人間に関しては特別だ」
「特別?」
「人間はなんというかプレーン。交配した魔族の能力も姿もほぼ百パーセント引き継ぐ。極稀に、日頃は人間の姿で自分の意志で変身できる場合もあるが、私はほぼ人間の姿だから、見た目には全く問題ない」
魔王の話を聞いて、賢者は色々と納得することができた。食料だけではなく魔族が人間を襲う理由。
「つまり、魔族にとって人間は食事であり、種の保存にも役立つといったところね」
「ああ、だがそううまくはいかない。人間の場合、魔族の子を身ごもったとあれば、その場で命を絶つ者もいるし、仮に生きたとしても魔族の子を身ごもった母親が人間の中で受け入れられると思うか? その場合は人間に殺される。それだけ、人間が魔族を生み落すことが少ないからこそ、魔族は寿命が長くても個体数がそこまで増えない理由だ。賢者よ、この答えで満足か?」
「ええ、もう十分よ」
賢者は納得したようだ。そういった魔族の子作り事情を魔王が話し終えると、あることを思い出したようだ。
「そうだ。そういえば、まだ名前をお互い伝えていなかったな。私の名はマーデル・シルバー・アラサルトだ」
「オレはユート、名前のみだ」
「そうか、ならこれからはアラサルトの姓を持て、夫婦になるのだからな」
そういうと魔王は賢者の前で大胆にも勇者の唇を奪った。勇者は振り払う素振りもなく、この状況をただただ受け入れた。
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