第2話 提案と求婚
「勇者よ。世界の半分をお前にやるという話で納得できたか?」
「……」
返事はできそうにない。
圧倒的な力の差を前にできることなど限られている。
こうして無言を貫くことぐらいが、戦闘を放棄した人間のせめてもの抵抗だった。
「……半分では不服か? 答えろ」
「共存……どうやって共存するんだ?」
「どういう意味だ?」
「お前ら魔物は人間を食わなきゃ生きていけないのだろ。つまり、人間はいつ喰われるかもわからない不安を抱えながら生きることになる」
魔王は少し黙って宙を見る。
そして何か思いついたようで、再び勇者に向き直る。
「そうだな。人間を食わなきゃ生きていけない。今までそうやって生きてきた。世界中に人間が点在しているように、魔族もまた点在している。お前たち人間に世界の半分をやるのも魔族が安定して食事ができるように人間にもある程度繁栄してもらわなければ困るからだ」
質問の回答は勇者がここまで来た対価だけではない。
その裏にはこれからも人間が魔族に支配されて生きることに変わりはなく、勇者はそのまま受け入れることを躊躇う。
「結局人間は家畜ということか……だいたい、世界をどう半分に分けるっていうんだ」
「そう。世界をそう半分にできることはできない。そこで追加提案だ。人間が安心して暮らせる場所を指定するというのはどうだ?」
「安心して暮らせる場所?」
「そうだ。この世界には大きく分けて二十五の大国がある。それぞれ一つ王都があり、それに属するように国は二十の街との五百の村があるのは知っているな」
勇者は正確なことは知らないようで、魔王の言っていることが合っているのか確かめるように賢者の方に目配せする。
「ええ、大まかにそうなっているわ。約五十年前に、大国の王が国民を可能な限り管理するために取り決めたものよ。もっとも、国というほどの土地もない島国や管理の行き届かない僻地もあるし、特定の住居を持たず、転々としている遊牧民がいたりするけど」
「流石賢者だ。ここからが本題だ。人間を三種類に分類しろ」
「三種類に分類?」
勇者は提案内容が何を意味しているのか分からず、疑いの目を向ける。
「ああ、まずは王都にいる人間を第一民、街にいる人間を第二民、それ以外の人間を第三民とする」
「三種類に分けてどうなる?」
「第三民は食糧だ。心配するな。食い散らかすわけではない。家畜として、数を調整しながら魔族が襲う。全滅させてしまっては元も子もないからな」
「家畜だと……なら、村にいる人間は不安な日々を過ごすことになる。そんなの絶対ダメ」
当然のごとく、勇者は拒絶する。弱いものが安心して暮らしていけるようにここまで来たというのにそのようなことを受け入れるわけにはいかない。
「分からん奴だな。さっきも言ったように魔族が餓死しないためだ。それぐらいの犠牲は譲歩してしかるべきであろう」
交渉をしてもらっている立場であることは理解している。
しかし、だからといってすぐ、そのような非情な選択を勇者は簡単にすることはできない。
勇者の表情はさらに暗くなる。
自分に魔王を殺す力があればと、いかに無力な存在であるのか打ちのめされている。
「続けるぞ。第二民は非常事態に備えての予備だ。基本的に魔物に襲われることはないが、災害や紛争で村が全滅の危険にさらされている場合、一時的に捕食を解禁する」
「……」
勇者たちは提案を黙って聞くだけだ。
反対しても自分たちには交渉を有利に進めるためのカードがない。
「そして、第一民だ。王都へ魔族は絶対に襲わせない。仮に問題が起こしたものがいたなら必ず魔族で違反したものを殺す」
唯一の救いは魔族にも罰則があることだ。
魔王は実に聡明である。
そもそも、勇者にこのような提案を持ちかけるだけあって、十分ではないが、人間に対しても配慮の気持ちがある。
「……、オレは……」
勇者がようやく口を開いた。
しかし、魔王に対して畏怖の気持ち、ここで口答えすることでより最悪の事態にならないとも限らないため、思うように言葉が続かない。
その様子に魔王は寛大な態度で接する。
「なんだ? 遠慮はいらんぞ。言ってみろ」
「オレは……村の出身だ。幼いときに災害に見舞われて壊滅した。色々幸運があって、オレは王都で暮らせた。魔法使いも村の出身だった……せめてもの頼みだ。魔法使いがいた村だけでも第一民にしてくれないか……」
無理に近い願いだった。
村は第三民の決まりにいきなり例外が生まれる。
例外はさらなる例外を生む。
初めに定めるものをそうやすやすと受け入れられることはないと思っていた勇者だったが、魔王は思いの外話の分かる者であった。
「それぐらいはかまわない。魔法使いもここまでよく来た人間の一人だ。それぐらいの敬意を払おう。私も殺してしまったままでは後味が悪い。どうだ? そこにいる戦士と賢者の故郷も第一民にしてやろうか?」
「……」
願ってもない提案であるが、戦士は魔法使いが消えてから震えが止まらず、まともに返答ができるような精神状態ではなかった。
それを見かねて、賢者が戦士の分も答える。
「提案はありがたいわ。お言葉に甘えさせてもらう。戦士は街の出身で私は故郷らしい場所もないわ」
賢者はその役職通り賢き者である。魔王を倒し、世界を平和にするという不確定な大きい目標よりも、それなりの数の人間が安心して暮らせる方を優先させることに切り替えができている。
その様子から魔王は交渉成立と判断した。
「では、今話した内容で今後進めていく。それでよいな」
「待ってくれ」
話に決着がついたと思われた矢先、勇者が声を振り絞る。その様子に今まで優しい態度をとっていた魔王も呆れる。
「何だ。まだ何かあるのか?」
「今の話を信用していいという保証は?」
必要なことであった。
この世界で圧倒的な力を持つ魔王だ。
今話したことも、次の瞬間にはなかったことにできる。
勇者はずっとその懸念がぬぐいきれなかったのだろう。
もっともらしい言葉に魔王も勇者を見直す。
「保障か……確かに必要だな。今のような状態では人間と魔族が対等でないというのは明白、この場にいない他の者からしてみれば、私の気まぐれにしか聞こえんだろうな……ふむ……そうだ。これしかない」
確実な保証などない。その中で、魔王にはどのような考えを見出したのか。
勇者と賢者は魔王の次の言葉に備える。
「勇者よ、私と夫婦の契りを交わせ。この瞬間から私の夫となれ」
「……はぁ?」
勇者は気の抜けた返事が漏れる。
賢者ですら事態を飲み込めず黙り込む。
特にリアクションのないまま幾秒かの時が流れると魔王も顔を赤らめ頬を膨らませる。
「ちょっと待て、私の一世一代の求婚がそんなに不服か? 本来なら男が言うべきものを勇気をもって言った私にとんだ仕打ちをしてくれるものだ」
「……いや……その……」
想像もつかない考えに勇者はどうしていいものか悩む。
「嫌か! 何が不満だ。アレか、年の差か、私の年が149歳なのがそんなに気に入らないというのか? もうじき150歳の大台に乗る婚期遅れの女がそんなに悪いか。私をババアとバカにするのか。貴様も他の男の魔族と同じで百歳にも満たぬ若いのがいいと申すかこのロリコン勇者」
「いや、そうじゃない。そもそも人間の寿命を考えろ。百歳でも高齢者だ」
「やはり、ババアと言うか! こっちが大人しくしておれば図に乗りおって、交渉は決裂だ。今すぐ人間どもを一人残らず滅ぼしてやる」
魔王はひしり声を上げながら、魔法使いを葬った時とは比べ物にならないほどの魔力を突き上げた右手に集中させる。
その強大さは部屋の空気を振動させ、視界を歪めるほどであった。
出来上がった黒い塊は今の魔王の感情を表しているようで、次第に膨らみその大きさを増していく。
「魔王、やめるのよ。そんなものを放てば、人間どころか魔物も巻き込んでしまうわ」
賢者が冷静さを取り戻させようとするが、魔力は増大する一方である。
「かまわぬ。どうせ魔族の男どもも私の事を陰でババア呼ばわりしている。いい機会だ。こんな世界消し去ってくれる」
光景はまさにこの世の終わり、腰を抜かしたままの戦士は現実逃避するかのように気絶し、泡を吹いて倒れ込む。勇者もたまらず声を上げる。
「待て、魔王!」
「待たぬ。勇者、貴様は許さぬぞ。この魔王たる私をババア呼ばわりした報いを受けよ」
「オレはババアなんて言ってねー」
「なにっ!」
膨張し続けた魔力の球が大きさを安定させる。
「それは人間の話だ。お前はどう見ても二十代前半の麗しい女性にしか見えない」
勇者の言葉で魔力の塊は一瞬の内に消えた。魔王は勇者をまじまじと見つめる。
「本当か?」
「ああ……本当だ。そこら辺のヘタな姫君よりも美しい」
褒め言葉に魔王は再び頬を赤らめ両手をほっぺに当てる。その様子に賢者は安堵する。
「嬉しいぞ、若く見られて、そのような言葉言われたのは生まれて初めてだ」
魔王は女性らしく上機嫌になる。勇者は世界崩壊の危険から救ったことに少しだけ気持ちを満足させることができた。
「話を戻してもいいか?」
「ああ、かまわん」
魔王は心の底から湧き上がる喜びを抑えながら勇者の話をやや上の空で聞く。
「そもそも何でオレと結婚することが保障になるんだ?」
「勇者よ、そういうところは疎いな。結婚をどういうものと理解しているのだ?」
「……男女が共に暮らす以外どんな意味があるんだ?」
魔王はため息をつく。
「そんな簡単なものではない。これだから男は……。よいか、夫婦というものはお互い対等なのだ。愛を誓い、病める時も健やかなる時も共に協力し乗り越えるものなのだ」
「……それと保障と何の関係が?」
「わからんやつだな」
そう言いながら魔王は勇者の左腕に巻きつきながら上目使いで、愛しきものを見る目で迫る。
「つまりだ。魔族代表の私が人間代表のあなたと契りを交わすことで、魔族と人間が対等であることをアピールするのだ。ほら、人間でも国同士で政略結婚なるものをするだろ。あれと同じだ」
魔王は勇者をあなたと呼び距離を一気に縮めにかかる。
「えっ、いや、でも……」
「何を迷うことがある?」
「お前は、魔法使いを殺した……」
勇者の言葉に魔王も申し訳ない気持ちがぶり返す。流れとは言え、夫となる相手の仲間を殺したことは紛れもない事実。強く組んでいた腕が緩む。
「それはホントにすまなかった。謝る。できる限りの償いはする。しかし、それをいつまで持ち出しても前には進まない。今ならその右手の剣で隙だらけの私を貫けるだろう。だが、そうして見ろ。さっきも言ったように、私クラスの魔族はいるのだ。そいつらに勝てるという保証の方がないぞ」
「……」
言い返す言葉が勇者にはなかった。
共存という提案もこの魔王が魔王としているからこそ可能なことであることは十分理解しているが、割り切れない気持ちがどうしてもある。
「私を消してまた戦いを繰り返すか? 全ての魔族を消し去ることが世界の平和とは限らないぞ」
魔法使いの事を考える。彼女は魔王の言葉をどう思うのか。
おそらく否定するだろう。
もしかしたら、魔王の提案を受け入れる勇者を恨むかもしれない。
一度剣を持つ手に力を込めるがすぐにやめた。
この状況でも魔王を殺せる保障もない。
ここで死ねばそれこそ魔法使いは無駄死にだ。
勇者は覚悟を決めた。
魔王も罪を償うと言っている。
その時の目は本心であるように思えた。
だからこそ勇者も恨まれることになろうとも、
魔王と同じようにこれから償うことを決めた。
「わかった……契ろう。この剣を手に入れた国は人間と魔族が共に生きる不思議な国だった。共に生きることもできるだろう。でも、いいのか? お前は共存のためにオレと夫婦になるんだぞ」
魔王はフフっと可愛らしく笑う。
「あなたは頭もいい。力任せに無謀なことをするそこら辺の人間とは違う。私の無茶苦茶な提案も受け入れる柔軟性もある。なにより、あなたはこんな私を美しいと言ってくれた。あなた以外に私の夫になるにふさわしいものはいない」
「そうか……でもオレはいきなりお前の事を好きにはなれない。お前は、人間にとっては忌み嫌う魔王で、オレにとっては倒すべき相手で、魔法使いの敵だからな。それでもいいなら約束する。お前の事を好きになってみせる」
勇者の誓いに魔王は微笑む。
「ああそれで構わない。私も好かれるように努力する」
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