君に魔王が殺せるの?
勝山友康
魔王と勇者
第1話 実力差
戦いは終盤、勇者たちはやっとの思いで、その場にたどり着くことができた。
そして勇者は動揺していた。
目の前の魔王は、真っ白な肌にきりっとした目、端麗な顔立ちで、銀色の長い髪をなびかせる。すらっとした長い四肢は女性らしく、魔物とは異なる。だが、それはあくまで見た目だけである。
「想像していた魔王とは違うな。まさか女だったとは……」
勇者はここまで戦ってきた経験からすぐ感じ取ることができた。
肉体の強靭さ、強力な魔力、目の前の相手が魔王としてそこにいる理由を理解した。
今までのようにはいかないと気を引き締め、『勇者の剣』をしっかりと握る。
勇者の仲間たち、戦士グルタス、魔法使いリロル、賢者シリカの三人も覚悟を決めそれぞれの武器を構える。
戦闘態勢を取る勇者達だったが、魔王は落ち着いた様子で勇者に語り掛ける。
「勇者よ。よくぞここまで来た。貴様はそこらの魔族よりも強い。しかし、それでもこの私を倒せるかな? どうだ、私の手下になれば世界の半分をお前にくれても良いぞ」
魔王は勇者に向けてどこかで聞いたような決まり文句を言う。その言葉を聞いて勇者は怒りに震える。
「バカを言うな。そんな口車にオレが乗るとでも思っているのか?」
当然の言葉だろう。勇者たちはここまで世界を救うために魔王を倒す以外目的にない。
しかし、魔王は哀れな目で勇者たちを眺める。
「勇者よ。よく考えてみろ。それで世界の平和……、人間の平和は守られるかもしれない。しかしだ。それはあくまで私を倒せばの話だ」
魔王の事実確認の言葉は、勇者に嫌な想像をさせる。
それは勇者の決心を鈍らせるには十分だった。
結末を思い、勇者は生唾を飲む。勇者の動揺を知ってか、魔王はさらに話を続ける。
「確かにお前たちはここまで頑張ってきた。だが、その頑張りは私に勝って初めて認められるものだ。負けてしまっては元も子もないぞ」
魔王の不安を煽る言葉は増していく。
魔物をどれだけ倒そうが何も変わらない。
目の前の魔王、ただ一体を倒すことが全てなのだと勇者は改めて自覚した。
それでも勇者はまだ希望を捨てたわけではない。
今まで幾度となく死線を乗り越えてきた。
そのたびに自分にならできると自信を持てた。
その自信は勇者にある予想をさせた。
「そうか。戦えばオレたちはお前に勝てるんだ。だから、お前はそう言って自分に得があるようにそんな誘い文句を言っているんだろ?」
勇者の言葉に魔王は哀れな顔から呆れたように勇者を見下ろす。
「そうではない。私を確実に倒せる保障でもあるのかと聞いている。今の自分たちの姿をよく見ろ。私の部下相手に装備はボロボロ、体中ズタズタで傷だらけ、疲労も目に見えている。道具も魔力も使い切って回復もできないのだろ。そんな相手にこの私が負けると思うのか?」
その言葉を聞いて、勇者は後ろを振り返る。
戦士
鎧はひびが入り、斧は刃こぼれしている。
装備だけでなく、本人もその装備の重さに今にも倒れそうになっており、勇者同様に彼のいつも見せる力強さや闘争心に陰りが見える。
魔法使い
彼女は戦いを有利に運ぶように魔物の弱点を突く属性魔法を使い、傷ついた体を癒し、幾度となく勇者をサポートしてきた。
ここまでに魔法を使いきり、非力な女性となってしまっている。
賢者
ここまで来れたのは彼女がいたからこそであろう。
勇者に進むべき道を助言し、魔法使いの力を引き上げ、戦士の無鉄砲さを抑え、戦闘も優れた頭脳で作戦を考え、支援のない敵地を進めてきた。
そんな彼女だからこそ、表情は暗い。
すでに勝ち目がないことを気づいているのだろう。
「私はお前たちの頑張りを認めてやる。だからこそ世界の半分をお前にやるといっているのだ。それに、お前たちが倒した魔族などほんの一部、お前たちを苦しめたレベルの魔族、いや私の地位を脅かそうという魔族などまだまだいる。私が死んでみろ。統率を失った魔族全てがお前たち人間を殺し回るぞ」
魔王の言葉は信憑性があり、その誘いは理にかなっている。
すべて失うよりも、目の前にある確実な成果を持って帰る方が勇者側にとっては都合がいい。
しかし、勇者たちは誰一人として納得していない。
「そんな言葉信じるわけにはいかないでしょう! 魔物は人間を食い殺すのよ。魔物が人間を食べずに生きていけるっていうの?」
特に魔法使いは魔王の提案を受け入れることができなかった。
彼女は物心がつく前に両親を魔物に殺され、孤児院で育った。
成長するにつれ自分の身に起こったことを理解し、もう自分のような子供が出ないように今まで戦ってきた。
「その通りだ。世界の半分を与えるとは言ったが、あくまで共存の関係だ。魔族の中には人間を食べなければ生きていけない者がほとんどだ。私とて例外ではない。しかし、それがどうだというのだ? 人間も牛や魚の命を食べるだろ。私たちも同じだ」
魔王は表情を変えずさらりと言う。
それは当然であろう。
人間が生物を食べることが当たり前であるように、魔族もまた人間を食べるのが当然である。
分かっていることではあったが、魔法使いは平気で言い返す魔王を許せなかった。
「お父さんとお母さんは食べ物じゃない!」
そう叫びながら、魔法使いは杖を振り上げ魔王に向かって突進する。
そのような行動をとるとは思わなかった勇者たちは魔法使いを制止することができなかった。
「リロルやめろ!」
「止まりなさい」
戦士と賢者が叫ぶがその言葉は魔法使いの耳には届かない。
彼女は両親を食事扱いされたことで頭に血が上り、魔王を倒すことしか考えることができなかった。
勇者はその様子に息をのむ。
もしかしたら飛び出すべきは自分じゃなかったのか。
そんなことを思いながら事の成り行きをただ見るしかできなかった。
魔法使いは魔王に飛び掛かり杖を振り下ろす。
そんな攻撃しかできないほど彼女は魔力が残っていなかったのだろう。
ましてや、魔王にそんな攻撃が聞くわけがないと彼女自身も知っているはずだ。
それは彼女の意地の一撃……両親を殺された怒りそのもの。
「愚かね」
魔王は右手を魔法使いに向けて突き出す。
その瞬間、魔法使いを業火が襲う。
その炎は魔法使いの姿を隠し、熱風だけでも勇者たちにやけどを負ったと思わせるほどすさまじい熱量を持っていた。
勇者たち三人は顔を覆い熱風から少しでも逃れようと身をかがめる。
一瞬が過ぎ、魔王に視線を向けるとそこには魔法使いの姿がなかった。
「なっ!」
勇者は絶句する。戦士は斧を手放しその場にへたり込む。
「すまない。手加減は無駄と判断した。魔法使いは私が死ぬまで向かってくるだろう。せめてもの気遣いで姿も残らないまで焼くことにした。ここまで一緒に頑張ってきた仲間の死体を見るのは辛かろう」
魔王にとっては配慮のつもりだったが、それでも結果として魔法使いを殺したことは勇者たちにとっては絶望そのものだった。
最後まで希望を捨てなかった場合どうなるかを伝えただけだった。
抵抗することがいかに愚かなことかをもの語っていた。
戦士は膝を付き、無き魔法使いの姿を追うように魔王を見つめる。
賢者は止められなかった自分を悔い、下を向く。
そこら辺の魔族のように人間を殺したことで喜びの表情を浮かべてくれた方がまだ良かったのかもしれない。
魔王にとっては人を一人消すことは特に意味は無いようで涼しい顔をして勇者を残った者たちを眺める。
「しかし意外だったぞ。私はてっきり勇者が向かってくるものとばかり」
勇者も下を向き何も言えなくなる。魔王の言う通り、自分が立ち向かうことが自然な流れである。
それが物理攻撃を得意としないものにさせてしまったことにひどい後悔を感じた。
魔王は椅子から立ち上がり、勇者の元へと静かに歩み寄る。
「どうやらバカではないらしいな。私を倒そうなどとやってきた勇者は無謀とわかっていても突っ込んできたが、お前のような奴は初めてだ」
魔王は勇者の剣が届く間合いに何の躊躇もなく踏み入る。
一振り……ただ一振りさえすれば魔王の首を撥ねることもできなくない。
そんな絶好のチャンスを前にしても勇者は剣を持つだけで、握る力はとても弱い。
心はすでに折れて、魔王に屈している。
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