第12話 追撃
ここ数日間ずっと感じている違和間は日増しにつよくなっていくのを感じた。車窓から流れる風景はしかしなんの変哲もなかった。青い空、遠くの緑豊かな山々、小川のせせらぎ、春間近い梅の木の大きくふくらんだつぼみ。私はしかし今日こそそれがなんなのかつきとめようと決心した。まだ時間があったので、車を道ばたに止めてエンジンをきり外におりた。静かな朝だった。夕べ降った雨がまだ道路に水たまりをいくつか残していた。きらきらと朝日が反射して美しい。風がここちよく吹いている。川岸の竹林がさわさわとなっていた。田んぼには去年の秋にはっていたすずめよけの銀色のテープがまるまってあぜ道にころがっている。農家が作った米をよこどりされないよう田の上にはりめぐらせるのだが、どれほどの効果もないようだった。にくらしいすずめ・・・・。とその時私はあることにはっと気づいた。なぜこんなに静かだと感じるのか。その原因がわかった。すずめがいない。普段なら電線にかならず数羽はとまっているはずの雀やからすが一羽もいない。それに野鳥のたぐいもまったくといっていいほど見かけなかった。鳥のさえずりがきこえないのである。そういえば義父が先日言っていた。「ここ最近、いのししいや雉がまったくとれない。いったいどこにいってしまったんだろう」・・・・。沈む運命の船からねずみがいなくなる。大地震の前には森の獣たちがそこから移動を始める。そんな知識が頭をよぎった。本当かどうかわからない。しかしなにかいままでとは違うなにかを動物たちはするどく感じ取り、ここを去って言ったに違いない。生物のもつそういった感覚は決してばかにはできない。私は急いで車に乗り、整備場に急いだ。今日から数日間はやすませてもらうよう手続きをとるつもりだった。このまますぐに自宅に引き返してもよかったが、今まで大変軍には世話になっていたのでそうもいかないと考えた。すでにゲートでは多くの軍関係者があわただしく出入りしていた。普段よりも出入りする人たちが多いようにも感じたが、あまり深くは考えなかった。いつものとおりにセキュリティーをとおり、精密機器の整備室へ向かった。行き交う人たちが殺気だっているように見える。そういえば通常ここではみることのない、迷彩服をきた士官らしき兵士何人かが銃をたずさえたまま奥のほうに向かっていた。「よう。」私は肩越しに声をかけられ驚いて後ろを振り返った。そこにはひさびさにあう中村の顔があった。「ひさしぶりだな。元気だったかい。戦車の大砲の整備はおもしろいかい。あまり器用なほうじゃなかったが、俺のほうはもうばりばりにタンクを運転できるようになったぜ。縦列駐車も車庫入れもおまかせてところだな。」彼は豪快に笑いながら、握手を求めてきた。私は手を握りながら「元気そうだな。あんたがほんとうにタンクを操縦できるようになったなんて驚きだ。土建屋でブルを運転してたからなんとかなるだろうというのりでいっしょに軍に協力しようとすすめたんだが、実際少し心配だったんだ。」と久しぶりにあった友人に向かっていった。彼はにこにこ笑いながら「ブルもタンクもいっしょだな。ちょっとタンクのほうが穴蔵みたいなところにうずくまって、小さな小窓からのぞきながら運転するぶん慣れがいるけど、むしろシャベルの操作もしなければならないブルのほうがむずかしいかもしれないな。今度はタンクの操縦手におれは基地整備用のブルの操縦を教える番かな。」私はなつかしい人物にあったことにほっとしながら、今朝来るときに感じた異変のことにふれた「どう思う。動物の直感はするどいからな。なにか悪いことの前触れじゃないかと思うんだ。」彼はうなずきながら「確かに。森の獣をばかにしちゃいけない。俺も昔山にしし撃ちにはいったとき、いつもと違ってイノシシどころかたぬきやきじ一匹みつからなかったことがあった。おかしいなと思っていたら、しばらくして山全体がうなり始めたんだ。おどろいて座り込んでしまったんだが、その後地面が崩れてしまうんじゃないかとおもうほどの大きな揺れがきたんだ。地震だったんだ。後で帰ってテレビをつけたら関西一帯をまきこむ大地震だったんだ。」私は彼に今日はとりあえず自宅に帰ろうと思うということを告げた「そうだな。それがいいかもしれない。俺も・・・」そのことばが終わるか終わらない内だった。突然ものすごい轟音とともにトンネル全体が揺れた「おい地震か。」彼がうなった「いや、違う地震じゃない。揺れ方が違う。」私は彼といっしょにとっさに地面に伏せた。天井からこまかなコンクリートのかけらがばらばらと落ちてきた。天井の照明がぱちぱちと明滅したかと思うと、突然消えた。一瞬周囲は真っ暗闇になった。しかしすぐに非常灯が点灯した。かろうじて足下はみえるくらいの明るさに回復した。つぎにおそってきたのはものすごい衝撃だった。1回、2回。その都度体が数センチ地面から浮き上がった。トンネル内に衝撃音が反響して耳鳴りが収まらない。「攻撃だ。奇襲にあっているんだ。」私は叫んだ。「バリバリバリ」トンネル内の構造物が音をたててくずれた。「ドーンドーン」絶え間ない爆発音と激しい揺れがつづいた「ほんとうに攻撃だろうか」彼はまだ現実がうけとめられないようだった。次々と激しい衝撃が地面を通して伝わってきた。けたたましく警報音なり始めた。「第1種防衛体制。第1種防衛体制・・・・」人工的につくられた音声が警報音の合間に流れた。「第1種防衛体制か。」私は唇をかみながらつぶやいた「第1種防衛体制てなんだ」私は答えた「敵からの攻撃を受けたときのコードネームだ。第1が最高レベルだ。俺はすぐにここをでる。あんたはどうする」彼は不安げに言った「ここのほうが安全じゃないのか」私は答えた「家族を避難させなければいけない。」どこからでてきたのかフル装備の兵士たちが十数名廊下を入り口のほうにむかって通り抜けていった。「いっしょについていていいかな。」私はもちろんだとうなずいて、腰をかがめながら入り口のほうに戻り始めた。「どーんどーん」腹に響くような爆発音が何度も聞こえた。そのたびに床に伏せ頭をおおった。完全にこのトンネルがねらわれていた。
恐ろしい現実だった。状況は激しいさを増していた。周囲にほこりが舞い上がり息をするのも苦しかった。電子機器の製造工場の中のようにクリーンだったトンネル内は一変した。壁は炭坑の坑道のように薄汚れ、床はがれきに覆われた。その間をぬけて幾人もの兵士が応戦のため入り口にむかって駆け抜けていった。空爆なのか、砲撃なのか、あるいは地上軍による侵攻なのかまったくわからなかった。情報がない状況では、人はさらなる不安と恐怖に駆り立てられる。数メートルは歩いたものの土建屋の彼はおびえて座り込んでしまった。「とにかく、ここをでるんだ。」私は床にくずれるように座っている彼を引きずり立たせた。「しっかりしろ」彼はゆっくり立ち上がりふるえながらうなずいた。メイン電源がおちているため、すべての扉は自動的に開放されていた。非常灯の明かりをたよりに入り口にむかってひたすら歩いた。爆発の衝撃のたびになんども床にうずくまり、頭をふせた。「おい、まってくれ」後ろを振り向くと、彼がなにかにつまずき倒れ込んでいた。私は戻り彼のうでをつかんで引き起こした。ふと足下をみてギョとした。彼がつまずいたしろものがそこにあった。すぐに目をそらせた。死体を見るのは初めてではなかったが、再びこんな間近で見ることになろうとは。2ヶ月前の逃避行のことがまざまざと思いだされた。死ぬか生き残るかだ。だれも助けてくれない。気がつくと、周りの床に何人もの死体がころがっていた。直撃をうけたのか、天井が大きくくずれそのがれきの下敷きになっていた。私は目をつぶり、勇気を振り絞って倒れている兵士のヘルメットと銃をとった。「おまえもこれをかぶって、銃を持つんだ」彼はきょとんとして、自分のつまずいたものに目をやり、再び大声をあげて叫んだ。「わめくんじゃない。死にたくなければヘルメットをかぶり、この銃を持つんだ」私はうずくまり、腰をぬかしている彼をけりあげ、立たせた。平和なときにはかんがえられない行動だった。戦場ではやさしさや、おもいやりなどへの突っ張りにもならなかった。生存本能のまま、あらゆる知恵をはたらかせて生き残りの戦いを続けるだけだった。私は生き延び家族をまもらねばならない。一刻もはやく自宅にたどり着きたかった。無線のゲージを見たが、トンネル内のためやはりまだ使用できない。とにかくまず外にでて、無線で妻と連絡をとらねば。彼もやっと正気をとりもどし、観念したのか、おとなしくヘルメットをかぶり、銃を担ぎ、弾薬の入った腰ベルとを持った。それからは二人は息もつかずに走った。1時間ぐらいたったような気がした。おそらく10分か15分くらいだろう。「おい。きみ」混乱の中ですれ違いざまに呼び止められた。声のするほうを見ると教官だった「助かった」私は思わず安堵の声を発した「奇襲攻撃ですね。」私は続けざまに尋ねた。「そのようだ。君には悪いと思いながら軍の機密なのでだまってはいたが、事前にその兆候は察知していた」彼は続けていった「中国地方の戦況が急速に悪化し、地上軍は山岳部にたてこもりゲリラ戦を展開せざるおえなくなっている。やつらは手をゆるめることなく、続いて瀬戸内に上陸し、先遣隊が南に向かって進撃しはじめた。おそらく補給整備基地であるここはもたないだろう。」私は唇をかみしめた。状況は相当に悪化しているらしかった。とにかく急いで自宅に戻るしかない。「私たちはとにかく家に戻ります。」私はそう言いながらもその後の脱出方法についてはまったく思い描くことはできていなかった。とにかく家族のもとにはやく戻りたかった。「脱出方法は考えているのか。この砲撃が終了すれば、すぐに航空支援をうけながら大規模な地上軍の攻撃がはじまる。」私は驚いた。「空爆ではないんですか。これは。」彼は厳しい口調で答えた「すでに、ここから10キロ北の地点に砲兵隊が展開している。その前方には機甲部隊が手ぐすねを引いて待機している。」私は愕然とした。「時間の猶予はない。俺は教導隊に併任されていたが、基本的な所属は整備だ。攻撃を受けた時点で、整備課については自力脱出の命令が下された。つまり防衛任務から解除され、民間人と同じ扱いとなったんだ。」私は次の言葉をまった。「いっしょにくるか」私は即座に答えた。「お願いします」私と相棒と教官に加えて教官の部下3人の計6人の脱出作戦が開始された。
やっと入り口が見えた。しかしその入り口は今朝私がはいった時の状況とは一変していた。コンクリート製の2重扉にぽっかりと大きな丸い穴があいていた。そのギザギザの破壊された部分からは内部の鉄筋があめのように曲がって、くねくねとむき出しになっている。防護扉へ直撃弾をくらったようだった。施設担当者から以前この扉は砲弾の直撃をうけても耐えられるようつくられていると説明を受けたことがあったが、現実はこのありさまだった。砲弾や爆弾がこの奥まったトンネルの扉に直撃できるとは思えなかった。おそらくこれは米軍が使用しているようなレーザー誘導爆弾を航空機から投下して命中させたのだろう。やつらは明らかにロシアの軍事的後ろ盾をうけているのだ。そこらじゅうにばらばらの死体が散乱していた。まるでぼろきれのように切れ切れになっている。これが人間の体の一部であったとはとても想像できなかった。とさつ場で解体したばかりの肉や内蔵をそこら中にまきちらしたようだった。すでに通常の感覚は失われていた。こみあげる吐き気を押さえた。中村はまたへたへたのすわりこみ放心状態だった。教官の部下2二人が彼を両脇から抱え上げた。私はとりあえず外の状況を確認するため彼をその場におき、教官といっしょにがれきを這い上った。外はまさに戦場だった。ここに出入りするたびに目にしていた、ぴかぴかに磨き上げられていた90ミリ対空機関砲がうなりをあげて銃口からほうえんを吹き上げていた。空の薬莢がかんかんと音をたてながら地面に散乱している。周りは薬莢の山だ。砲身は真っ赤にやけ、煙を上げていた。上空をみるとぱっぱっと黒い傘の弾幕が無数に花開いていた。その間を小さな矢じりのような影がすごいスピードで駆け抜けていった。突然上空のその影は小さな花火のような火球を無数に吹き出した。「命中した」私は叫んだ。しかしすぐに彼が訂正した「赤外線ミサイルに対する対抗措置としてのフレアーを散布したんだ」私はくちびるをかみしめた。対地攻撃のため再び180度旋回した。3機編隊の航空機はさきほどよりもずっと低空だった。北から南にこちらにむかって接近してきた。L90機関砲は電動モーターのうなりとともに砲身を旋回させ、再びすさまじい発砲音とともに弾幕を張り始めた。敵航空機は整備基地の上空にさしかかる前に急に上昇したかとおもうと急旋回した。一瞬攻撃をあきらめてひきかえしたのかと思った。だがそうではなかった。目をこらすとそれぞれの機体の下から小さなごま粒のような黒い物体がこちらにむかって落下してきた。見る見るうちににその姿はおおきくなり、空気を切り裂く「ヒュー」という恐ろしいうなり声が聞こえ始めた。教官が叫んだ「ふせろ」私はあわててあとずさりし、頭を覆った。体が恐ろしい衝撃とともに浮き上がった。頭蓋骨全体が爆発の衝撃波によって釣り鐘を叩いたときのように共鳴した。耳は一時的にその機能を失った。内蔵がふるえ、体中の骨という骨がみしみしと音をたててきしんだ。コンクリート片がばらばらと降り注ぐ。「ウウー」ソフトボール大の固まりが太ももを直撃した。激痛が走った。私はエビのように丸くなり、大腿部を押さえた。「だいじょうぶか」教官が足の上に落ちが瓦礫をのけてくれた。下では相棒の中村の絶叫が聞こえた。まるで断末魔のような叫びだった。私は不思議なことにこの瞬間にも頭のどこかに冷静な部分を残すことができた。おそらくここにくるときに体験した生き残りをかけた逃避行の体験が役立っていたのだろう。「骨は折れていない」教官が足をさわりながらいった。「助かった。」下をみたが彼も泡を吹いてはいるが、けがをしている風でもなかった。3人の兵士も無事だった。私と教官は衝撃の余韻が消えると同時にがれきの端から前方に顔をのぞかせた。先ほどまで数人の兵士の必死の操作により激しい弾幕を打ち上げていた90ミリ連装対空機関砲の砲座は跡形もなく消え去っていた。代わりにそこには直径10メートルほどの巨大なクレーターがぽっかりとあいていた。ぶすぶすと黒い煙がその底から噴き上がっていた。私はその周囲にグニャグニャに曲がった鉄くずといっしょに散乱している、肉片のかずかずが目には入り思わず目を背けた。瓦礫の壁を下までずりおりしばらくそこで目をつぶり呼吸を整えた。疾走したわけでもないのに激しい動悸が収まらない。冷や汗のようなものが全身の毛穴から吹き出した。目を開けても焦点がさだまらず、再び目を閉じた。しかし、恐ろしい光景がまぶたの裏に焼き付き離れない。鼻腔はどこからともなく漂ってくる死臭をかぎつけひくついた。内蔵が裏返りそうなほどの、生臭いにおいだった。実際は硝煙とオイルの燃えるにおいのほうが遙かに強いはずなのに、耐え難いほどの生臭さが鼻腔を刺激した。何度も反吐をはき、胃がけいれんした。「だいじょうぶか」今度おは中村が声をかけてきた。背中をさする手に彼に勇気づけられるとはもっとしっかりしなくてはと感じつつも一人でないことに感謝した。私は再び気力を取り戻した。激しい空爆はまだ続いていた。「中村さん。外は見るに堪えない状況です。しかもまだ激しい空爆がつづいているようです。とにかくここをでなくてはいけません。この地下トンネル基地がねらわれているのは確かです。私についてきてください。私の背中だけをみて、ほかには注意をはらわないで。まわりのものに目をむけないでください。いいですね。私の後だけをみてついてきてください。いいですね」彼は私の目をみてしっかりとうなずいた。彼も腹をくくったようだった。彼の順応力はたいしたものだった。生存本能がさせるわざなのだろうか。もう一台のL-90が相棒を失った恨みをかえすかのようにすさまじい火炎を吹き上げながら、天空にむかって砲弾を打ち上げていた。ときおり空になった弾倉に砲弾を装填する間の沈黙のほかは、連射に連射を続けている。上空では複数の航空機が旋回をしながら地上の標的を見定めていた。通常は航空機による地上の攻撃は目標に対して正対し直線に進入し、上空で投弾したあとはそのまま急速離脱するのが常識だった。普通は上空をうろうろしながら再度の攻撃をうかがったりすることはない。しかし地上からの対空放火が貧弱なため敵の航空機はやりたい放題だった。爆弾を消費してしまった戦闘機はなんと空戦用のバルカン砲を使って地上を掃射し始めた。低空で進入してくる戦闘機の轟音が谷中にこだました。対空機関砲の弾幕をかいくぐりながら、耳をつんざくような金属音のジェットエンジンの回転音を響かせながら真正面から1機がこちらにむかって降下してきた。すでにトンネルから飛び出していた我々は絶好の標的になっているように思った。しかし実際は上空のジェット戦闘機から地上のいち兵員をねらってくることは考えられなかった。左横のL-90をねらっていると判断するのが正解だった。しかし、ここからはまるで我々をねらってくるかのように見えた。大戦中の日本の民間人をねらってアメリカの戦闘機が本土で機銃掃射をしている記録フィルムの光景が脳裏に浮かんだ。猛禽類にねらわれたネズミのようなものだった。私は足のすくんだ中村をむりやり立ち上がらせ、右前にみえる軍用ジープの影に飛び込んだ。L-90の砲身が下がり始めた。接近してくる戦闘機に照準を向けた。つこんでくるパイロットも相当な度胸だった。いや普通の神経ではなかった。そう尾翼の最新型のミグだったが、米軍のタンクキラーのような低空からの対地攻撃専用の航空機ではなかった。90ミリ砲なら1発でも直撃をうければばらばらに空中分解する。ジープの防弾扉の影に飛び込んだ瞬間には、戦闘機のキャノピーごしにパイロットの人影が見えそうな距離まで近づいていた。l-90と我々のジープのちょうど間を20ミリバルカン砲弾がものすごいいきおいで着弾し走り抜けていった。その直後、敵機は頭上をかすめるように通り過ぎていった。赤外線追尾ミサイルによる迎撃がないことをしりめに、アフターバーナーのほのおを二つの排気口からまばゆいばかりにはきだしながら、垂直にちかい角度で上昇離脱していった。私はしばらくの間ジープの影にうずくまっていた。やがて我が物顔で飛び回っていた攻撃機が姿を消した。しばらくの間聞こえていた対空機関砲の砲声も途絶えた。つかの間の静けさが谷間を覆った。がそれはまさにつかの間のことだった。「ヒューヒュー」またもや空気をきりさくいやな音が聞こえた。遅れて「ドーンドーン」という腹に響く銃砲の射撃音がこだました。「ドカーン」。向かい山肌に火柱があがった。杉の木が2本まるごとマッチの軸のように吹き上げられた。続いて数発がこの陣地のすぐ脇に着弾した。「砲撃だ。」私は叫んだ。「砲兵部隊が近くまで侵攻しているんだ。」そばで中村がどういう意味かはかりかねた様子でこちらを見つめていた「この砲撃が終了したと同時に地上部隊が侵攻してくる。これは想像以上に事態は急迫しているぞ。道理で空爆があった時点で守備隊が外に展開しはじめたわけだ。単なる空爆なら基地内でやり過ごしていたはずだ。おそらくここは陥落する。すぐにここを離れなければ。とにかく自宅までいそごう」彼は無言でうなずき。立ち上がった。まだ砲撃は照準がさだまっておらず、周りの植林された山々の杉を吹き飛ばしていた。しかし、ここに落下し始めるのも時間の問題だろう。おそらくどこかの山の頂に前進観測員がいるはずだ。彼らが着弾の修正を砲兵隊にするに違いない。「いけるところまで、このジープでいこう。」斉藤教官が叫んだ。私は自ら運転席にのりこみエンジンをかけた。幸いすぐにエンジンはかかった。教官の部下3人が飛び乗った「いくぞ」私は彼に声をかけると同時に自分自身のなえそうな気持ちに鞭をいれた。爆弾が落下し大きな穴がいたるところに開いていた。幸いにも道は山肌を走ってとおているため、今のところ無傷なようだった。自宅の家族のことが心配だった。基地をでたところで運転をかわってもらい、今まで肌身離さず持っていた無線機のスイッチをいれた。受信強度のサインが立ち上がった。つながる。「さおり、さおり、聞こえるか。応答してくれ」
何度も無線機のマイクに向かって叫んだ。おそらく地下の待避壕に入っているはずだ。無線機もいいしょに持ち込んでいてくれているはずだが。もしものときのうちあわせどおりにしてくれていたらだが。壕の中でも通信ができるようにアンテナを引き込んでいたので、それにつないでいれば通信できるはずだった。「さおり、さおり、聞こえるか、どうぞ」しかしむなしい空電の雑音が響くだけだった。私は絶望的な気持ちに陥りながらも、壕の中にさえはいっていれば直撃さえくらわなければだいじょうぶだという気持ちに支えられながら、無線機にむかって叫び続けた。「もしもしあなた、あなたなの。もしもし」かすかに雑音にまじって妻の声が聞こえた。とてもなつかしく勇気づけられる声だった。「僕だ。そっちはだいじょうぶか。どうぞ」次第に家に近づくにつれて音声がはききりとし始めた。「ええ。だいじょうぶ。みんな無事よ。はるきも元気。そっちは。今どこなの。けがはしていないの」私は簡単にいままでの出来事を告げ、すぐにここを脱出しなけれがならないことを説明した。」「あなたのいうとおりに今家族みんなは、居間の下の地下壕にいるわ。攻撃がはじまってすぐに軍の車両や戦車がたくさんの兵隊さんが出ていったわ。」私はうなずきながら彼女の言うことを聞いた。彼女の情報から推測すると、敵は東から進撃してくるものと思われた。東に20キロほどいくと大きな国道にでる。その道は南北に走っている幹線道であり、瀬戸内から太平洋へと抜けている。機甲部隊が進撃するとしたら、そのルートしかなかった。「すぐに家を出るから準備をしてくれ。用意してある緊急持ち出し袋のほかに時間が許す限り必要なものをかき集めてくれ。」私は脱出を決意してそう伝えた。この砲撃はしばらくすればやむだろう。そしてその後に地上軍が進撃してくるに違いない。すでに地方都市のいくつかでは、敵の地上部隊に都市全体を占拠され、そこでは進撃した軍隊による民間人への虐待がおこなわれているという情報が流れていた。実際それはあり得ることだった。我々家族が四国の地方都市を脱出し、ここまでたどり着く間にかいま見た同胞人どうしの鬼畜のようなあらそいの光景が再び目に浮かんだ。敵国による虐待はそれをはるかに上回る内容と規模でおきているに違いない。ここに残るという選択指は考えられなかった。妻が尋ねた「どうやって逃げるの。全員で8人になるわ。車1台では乗り切らないは」私は答えた「だいじょうぶ。軍用の大型ジープだから、なんとか8人はのる。」私はそう答えながらも、すでに6名乗車のこのジープだけでは無理だと思った。砲撃が一段と激しくなった。今まで両側の山肌に着弾していた砲弾が道ばたの畑に落ちるようになった。前進観測員が着弾修正しているに違いなかった。しかしどうしてこの基地から離れた道路沿いに照準をするのだろうか。私はこの激しい戦闘状況の混乱の中で次第に冷静さを取り戻し始めた。家族の無事を確認できたことが大きかったのかもしれない。このあたりに軍事目標はないはずだが、とそこで今まで沈黙を守ってたくみな運転さばきで車を運転していた斉藤さんが言った「そうだ。ちょうどこの遠藤沿いの雑木林の中に整備済みのタンクや車両を分散デポさしてあったんだ。それが上空から赤外線観測で発見されそれが標的になっているんだ。」私はそれを聞き即座に浮かんだ考えを言葉にした。「斉藤さん。それはすぐに動ける状態でデポされているんですか。」彼は答えた「そうだ。まさにこういう状況に陥ったときのために緊急展開できるよう燃料も弾薬も搭載された状態で隠されている。おそらくまだ何台かは残っているはずだ。運用体制を十分に周知するまえにこの攻撃が展開された。そうだちょうど君の自宅の前の田んぼをはさんだ奥の竹林の中にもデポヤードがあったはずだ。」私は記憶をたどった。そういえばと思い出した。例のコマンドーの攻撃があってから軍が防衛用の地雷源を敷設したので決して近づかないようにと言われていた場所がちょうどそこだった。「そこには兵員輸送車両はありますか」彼は答えた「基本的に防衛用の機甲車両をセットしていたはずだ。確かAPCかIFVがあったはずだ。」私はすかさず言った「そいつを使いましょう」
6キロほどの道のりが10キロにも20キロにも感じられた。自宅の前の庭が見えてきた。ゆるい右カーブの向こうに以前とかわらない義父の家があった。よかった。ほっとするとなぜかとて目の前の風景がなつかしく感じられた。2ヶ月近く滞在していて、つい今朝ほどここをでたばかりなのに、不思議だった。急いで中に入った。父と義父の二人が壕をでて玄関脇に出ていた。「けがはしていないか」父が尋ねた「だいじょうぶ。心配しないように。」義父が言った「大変なことになってしまった。こんな田舎の山村が攻撃をうけるなんて。自衛隊の整備基地があるのがいけないんだ。」私はとにかくここは危険だから、二人に家の中に入るように言った。玄関口までいっしょに行くと妻が戸口まで出てきていた。「心配したわよ。あなた。無事でよかった」彼女は涙声で抱きついてきた。私は抱き留めながら、絶対にこの危機を脱出してやるとの決意を新たにした。母に抱かれて壕から息子がでてきた。眠そうな子供を両手で抱き寄せほおずりをした。「脱出用の車両を調達してくる。すぐその畑の向こうの川岸の竹藪の中にあるらしいんだ。僕はまったく知らなかっただが、教官の斉藤さんが教えてくれたんだ。すぐにもどってくる。無線でいったように脱出の準備をしてくれ。特に食料と水と暖房用の燃料を忘れないように。」私はそういってすぐに外で待たせてあった車両にもどった。「軍によって川岸に行く道路は封鎖されているので、1キロ下ったところに小道があるからそこから入いろう」エンジンをかけたまま運転席に座っていた斉藤さんが言った。後ろでぐったりしていた中村も脱出のめどが立ちそうだということがわかって元気がでたのか座席の間から身を乗り出した。すぐに左に折れる小道に出た。畑の中のあぜ道を走り、車一台がぎりぎりとおれる細い山肌の道を下ってきたぶんだけ再びさかのぼった。「ここだ」斉藤さんが言うが早いか車を停車させ、彼は飛び降りた。そこは以前は観光客相手の釣り堀店が営業していた跡地だった。古ぼけて、今にも壊れそうなかつては食堂兼休憩所だったプレハブの廃屋があった。その前は草の生い茂った駐車場になっていたが、さらにその奥に空になっている古いコンクリート製の池が残っていた。「こっちだ。こっちだ。」先にどんどん進んでいった斉藤さんが大声で手招きした。私と中村は古池のコンクリート製の縁を通りながら、声のするほうに駆け寄った。それは巧みに擬そうされていた。最初は本当に間近にあるにもかかわらず、本当に気づかなかった。偽装ネットと樹木で完全に車体は覆われていた。そこには1台の90タンクと1台のIFVがセットで駐車されていた。なぜにこれほどまでにめだたなかったのかが近づいて見てわかった。通常はオリーブ色の陸自の標準塗装なのだが、なんとこれはちょうどレンジャーが着用しているような迷彩柄に塗装されていた。彼はタンクの砲塔部分にあがりすでに中に入ろうとしていた。私はかわりにIFVの後部乗降ハッチに近づき扉をあけた。電動油圧モーターの音がウィーンとなって観音開きに後部ドアが開いた。完全に整備されているようだった。内部に自動的に照明がついた。白く塗装された車内は十分に8人は収容できるスペースだった。通常はここにフル装備の兵士が8人詰め込まれるわけだから十分な広さだった。しかし、さすがに高さはなく小柄な私でも中腰にしかなれなかった。ひととおおりチェック下のち外に出てみると、ちょうど中村もIFVに操縦席から顔を出したところだった。「これなら、俺でも操縦できそうだ。燃料もバッテリーも満タンだ。」私は彼に右手の親指をたててOKのサインを出した。タンクのハッチからも斉藤さんが顔をのぞかせて同じく親指を立てた。3人は車両をおり、空き地の草原に集まった。斉藤さんが言った。「松村くんの家族はIFVに乗せ、その車両は中村君が操縦する。そして90タンクは私が操縦し、松村君が砲塔部分に乗車して、万一にそなえ主砲の射撃管制を行う」私は驚いた。「90も使うんですか。」彼は言った「ここを脱出するには君も知ってのとおり20キロほど下って南に抜ける主要国道に出るしかない。その間に敵の地上軍に遭遇する危険は十分にある。ここの守備隊はおそらくその主要国道から北へ10キロほどいった峠の手前の高原部分で防衛ラインを強いているはずだ。当初の緊急防衛作戦はそうなっている。防衛ラインが突破され場合は敵の機甲との接触が十分予想できる。IFVだけでは防御力不足だ。」私は彼の説明に納得しながらも、自分に実際に砲撃戦になった場合戦闘射撃ができるかどうかそこが不安だった。「県道の脇道が1本あります。あそこを通ればどうでしょうか。」彼入った「あそこは非常に道幅がせまい。慣れない中村くんが安全に通過できるとは到底おもえない。それに敵もそのことは十分承知しているはずだ。コマンドーによるアンブッシュの危険性が考えられる。タンクやIFVは狭い道でねらわれた時がもっともその脆弱性をあらわにする。回避機動ができる主要幹線道路をいくのがベストだと思う。それに分岐点から20キロほどくだれば平野部に出る。そこまでいけば援軍と合流できるはずだ。約50キロの行程でややタンクでの1日の移動距離としては決して短くはないが、やるしかない。燃料は積載燃料だけでなんとか足りるはずだ。」彼の自身にみちた発言に私たち二人納得し彼の指示に従うことを決意した。なんといっても富士の教導隊の機甲部隊に所属していた戦闘のプロ中のプロである。私たちは合意にいたるやだれが指示することもなく急いでそれぞれの車両に乗車し出発の準備をした。いままでは車両整備の最終検査をするために、砲撃システム学び運用しテストをしていた。しかし、今からしようとしていることは実戦で射撃をおこなうことだった。
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