第11話 被弾
「3号車から指揮車へ、6時方向より対戦車砲弾により攻撃、1号車被弾、連絡途絶。繰り返す。6時方向より対戦車砲弾により攻撃を受ける。1号車被弾炎上。脱出確認できず。これより応戦。以上」私は即座に全車両に全速力で全周囲に散開し、防御態勢をとるように指示した。砲手が言った。「射撃炎を確認、1時方向、林の端のところです。照準よし。」私は叫んだ「発射」ものすごい衝撃と腹に響くような大音響が砲塔内に走った。私は監視スコープを回し、着弾地点を確認した。対戦車用の鉄こう弾とちがい通常の炸薬弾はおおきな火柱をあげて周囲の雑木を空高く吹き飛ばした。上空に吹き上がった土塊が下に落ちるか、落ちないかの間にそのすぐわきの林の中で2度閃光が走った。私は無線をつかんで叫んだ「全車両、回避行動をとれ。対戦車誘導弾接近。発煙弾発射」火器管制パネルのボタンを押し、発煙弾を連続発射した。砲塔横についている5連装の筒から打ち上げ花火のようにぽんぽんと火球が上空にうちあげられたかとおもうと、20メートルほど上空でばんという音とともにいっせいにはじけ、真っ白いスモークをすだれのように垂らし始めた。次第にそのスモークのカーテンが地上へと下がり、敵からの視野を遮蔽していった。「こちらB小隊指揮者、周囲をかこまれました。待ち伏せです。我々の行動は監視されていたようです。これより87に下車戦闘を命じ強行突破します。アルファーポイントで待っています。以上」私はB小隊が展開している小さな谷を隔てた東側の丘陵地帯をスコープで確認した。横一線にならんだ4両のタンクが砲撃しながら、全速力で進撃しているのが見えた。次の瞬間そのうちの2両のちょうどキャタピラー下あたりから巨大な火柱が吹き出たかとおもうと一瞬あの50トン近い車体がぐらと横に傾き、かしぐようにして停車した。砲塔上部の乗降ハッチからくすぶるように黒い煙が噴き上がった。私は目をつむった。私は無線をつかんで全車両に警告した。「対戦車地雷が散布されてある。一端海岸線の後退しろ。敵は完全な攻撃態勢を整えている。」無傷のC小隊に、先に海岸線に向かわせ防御態勢をとるよう無線で命じた「了解。防御態勢整い次第連絡します。以上」私は自分の小隊の3両とB小隊の2両、それにFV2両を丘の谷間にくだらせ、一度集結させることにした。それから谷沿いに海岸線にでていったんそこで体勢をととのえる作戦だった。海岸線にでれば左右に展開して、逆に敵の裏側にでてやつらを背後からいぶり出すことができる。待ち伏せにあったときは可能な限り反撃し、すきをついて一端後退し体勢を立て直すというセオリーに従った。部下たちはよくやってくれていた。林と平野部の境一帯にむかって砲撃を集中させた。FVの30ミリ速射砲が非常にやくだった。破壊力は90の120ミリ砲にははるかにおとるがその速射能力の高さは非常に有効だった。敵の対戦車誘導弾の攻撃がぱたっとやんだ。煙をあげて角座している味方の90の間をぬって谷の下に向かって下だりはじめた。「ビー、ビー」けたたましい警報音が車内に鳴り響いた。レーザー受信機の警報音だった。「全車両へ、全周囲警戒、レーザー測距されている。」私は策敵スコープを回転させながら周囲を探索した。みずからの発煙弾の煙と砲撃の硝煙でほとんど視界がきかなかった。赤外線画像に切り替えた。視野が白黒のモノクロ画像にチェンジした。その瞬間はっきりと白く輝く発熱体のシルエットが目に飛び込んできた。四角いエッジの聞いた低い車体はまぎれもなくタンクだった。「6時方向にタンク、繰り返す6時方向にタンク」次の言葉をしゃべろうとした瞬間激しく体を壁に打ち付けらた。車内に白いけむりがあがり、警報が鳴り響いた。被弾したのだ。がくんと停車したまま、動かなくなった。「曹長、曹長だいじょうぶか」私は車内電話で前方の乗員室に問いかけた。応答がなかった。私は反射的に上部ハッチをあけ、上体を外にのりだし車体前部の運転席を確認した。無惨な姿だった。真っ黒にやけこげ、乗降ハッチの周囲にはめ込まれた外部監視用プリズムがこなごなに砕け散り、そこから黒い煙がもうもうと吹き出ていた。「曹長、曹長」私は泣きながら叫んだ。周囲に何発か戦車砲が着弾した。「ガキン、ガキン」タンクの装甲板に破片が跳ね返る音が響いた。私は正常な判断力を失いつつあった。右方に鋭い焼けるような痛みを感じた。そのときすごい力で腰をつかまれ、下へ引きずりおろされた「隊長、危険です。中に入ってください。」私は砲手に抱きかかえられるようにして、戦車長の座席に座った「無線で応援を呼びました。すぐに2号車とFVがきます。とりあえず2号車に移って指揮をとってください。」彼はそう私に告げると、再び砲塔旋回用のハンドルをにぎって照準用スコープをのぞいた。彼はトリガーを引くたびに「ドーンドーン」とうい腹に響く音が鳴り響いた。私はその音で次第に正気をとりもどし始めた。車長用のスコープで周囲を確認した。発射した煙幕もほとんど風で流され、光学モードではっきりと状況が確認できた。林のところから2両のタンクが発砲前進発砲前進をくりかえしているのが確認できた。着弾地点をみると、谷の向こう側に展開しているB小隊のFVの周囲に土煙があがっていた。「1時の方向から2号車が接近します。丘の稜線に我々はいますので、ちょうど2号車は稜線のかげに隠れて敵からはみえません。我を仕留めたと彼らは考えていますので、脱出するのは今がチャンスです。床下の緊急脱出ハッチから外にでて、そのまま匍匐前進で2号車のところまでいきましょう。」私は彼の指示に従って、訓練でしか使用したことのない床下から外へとはい出した。草のにおいと同時に硝煙のにおいとディーゼルオイルのにおいが鼻をついた。砲手が先頭になってそのまま這って丘を下った。砲手は無線機を片手になにやら連絡をしていたが、こちらに手をふって手招きをした。90のみなれた砲身が目に入った。後ろから抱きかかえられるように、両脇をささえられFVの車内に運び込まれた。衛生兵が狭い車内で手際よく私の右腕の応急手当をした「見た目よりかなり傷は深そうです。深部の血管が傷ついていますのでできるだけはやく後方の設備の整った医療施設で手当をすべきです」彼は後からはいってきた砲手に向かって言った。砲手はうなずきながら中隊長に言った「だいじょうぶですか。すぐに後方で手当をしたほうがいいそうです。ここは海岸線にでて、西に迂回しながら撤退し応援をたのみましょう」私は激痛に耐えながら、モルヒネ注射を拒否し答えた「応援は無理だ。自力で脱出するしかない。とりあえず谷をくだろう。B小隊に連絡して谷の下に移動するよう指示しろ。そこでたてなおし海岸線から東もしくは西に移動してここを離脱する。」砲手はうなずき、FVを出ると2号車に向かった。2両の90とFV1両は進路を変え谷沿いに下っていった。B小隊も応射しながら反転しこちらに向かってくだっているのがFVのスコープで確認できた。
基地に帰還できたの夜中の0時すぎだった。3個小隊12両の90と3両のFVのうち無事帰還できたのは半数にもみたなかった。幸いだったのは燃料デポのポイントに今回の作戦に異議を唱えた駐屯地の司令が独断で燃料の補給部隊を送り込んでくれたため、かろうじて帰還することができたのだった。私は十数名の部下を無駄死にさせたのだった。
オーバーロード
じっと聞いていた私は悪夢からめざめたときのようにじっとりと汗をかいていた。教官は腹にたまったものをすべてはきだしたあとのある種の解放感と同時にたとえようない寂寞感をたたえながら虚空を見つめていた。「あなたの責任ではないでしょう。すべて無謀な作戦を指示した司令部の責任です」私はなぐさめのことばをかけても無駄とは知りつつ、かけずにはいられなかった。「つまらない話を聞かせてしまいました。教官としては不適切だということをみずから暴露したようなものですな。はははは」彼は強引に過去の鮮烈な追憶の世界から自らを引き離し、現実へともどった。その話を聞いてからなにか私自身の中でなにかが変わったような気がした。今までは単なる自分の興味から90タンクの砲撃システムの操作をまなんでいたところがあった。ちょうど平和だったころ新しい車を買ってその車の取説を夢中になって読んでいたときの感じと似ていた。しかし、今が違った。これはただの高級なメカニックではなかった。まぎれもなく人を殺すための兵器だった。それも戦争という極限状況の中で骨を切り、肉をたつ白兵戦の中で機能する陸戦兵器の要となる戦車なのである。ここには多くの兵器が戦場から修理のため戻されてくる。そこには戦場での血なまぐさい戦いの後を示すきずあとがいくつも残されている。ねじ曲がった鋼鉄の箱の中には生身の兵士が乗り込みそれを操っていたのである。ここにもどされた兵器は修理可能と判断された比較的損傷の軽微なものであったため、そのことに気づかなかった。戻される兵器の数倍の車両が戦場で兵士とともにばらばらに砕け散り、鉄くずと肉と血の断片とかしているのである。そういえば私もそのことを経験していたはずだった。実家で突然繰り広げられた銃撃戦。必死で家族をまもるために戦った自分。しかしあまりにも現実離れしていたため、気を失い数日後に意識を回復したときにはすべてが夢のなかでおこったできごとのように感じていた。しかしあれは現実なのである。そして、多くの兵士があの経験を毎日のように繰り返しているのである。平和だったとき、自衛隊の兵士はだれひとりとして実戦を経験していなかった。それが今ではその渦中にほうりこまれ、現実に国の存亡をかけて戦っているのである。まさに実家の前で私がついこのまえ経験した死ぬか生きるかの状況のなかで日々彼らは生きているのである。ここにきて、平和な時代の生活を少しとりもどしていたのような錯覚に陥っていたが、実際はすぐそばまで戦場は拡大しているのである。断片的にはいる情報からは、知識としてすでに以前我々家族が暮らしていた町は爆撃で廃墟と化しているとういことは知っていたが、そのことがどうしても現実のこととして実感できていないところがあった。その光景をみていないせいもあるが、なによりも今の生活が平和であったためそのことを忘れていたのだ。その日、私は山をくだり家に帰り着いた後、妻と子供の顔をしげしげと眺めた。妻は不思議そうな顔をして尋ねた「なにかあったの」私は言った「なにか不安なことはない」彼女が答えた「あなたがいるからなにも」私はうなずいて窓から外を眺めた。この前の銃撃戦が夢ではなかった証拠がいくつもかいま見えた。ふきとんで粉々になった納屋。砕け散った瓦の破片と壁の銃痕。それになんといっても死んだ敵兵が残した銃と弾薬が軒下にぶらさがっていた。義父が軍が回収し忘れたのを見つけて、イノシシがりにちょうどいいといってこっそりとっていたものだった。「ここもいつまで安全でいられるかわからないと思う」私はぽつんといった。なんの根拠もないのだがなんとなくそう感じた「そう。じゃ準備しておかないといけないわね」彼女は少し真剣な顔をしておどろくほど現実的な返事を返した。やはり女性は強い。ここまで逃げ延びたときの逃避行の経験が彼女の生存本能と母親としての母性保護本能をより強化したのだろう。季節は厳冬期をこえ、幾分か昼間は暖かな日差しが差し込むようにはなった。春は決して遠くはない。戦いもいずれは終わるだろう。しかし、まだその先行きはさだかではない。夜間はまだまだ底冷えのする日が続いている。電力の供給が開戦当初からたたれているため、夜はランプの明かりのもと夕食をとっている。暖房は長い間使わないでいたいろりに再び火を入れて1日中絶やすことなくたき続けた。妻の両親と私の両親とそして私の家族がここでいっしょに生活を初めて1月以上になる。最近は私たち家族の団らんに気遣って、離れで生活している。7人の大人数で食事をしていると、混乱したこの状況でもとても心強く感じる。けれど食事を終わって離れ似引き上げると、いろいろと考えることも多く平和だったころの生活を思い出す。夫婦ふたりで長男のベビー用品を買いに近くのショッピングセンターによくいっていたこと。また、休日の日にはドライブがてら山や海に遊びにいったこと。もちろん大人数で生活するのは今のような状況では心強くまた楽しいこと。ではあったが、3人だけのつつましやかな、平和だったこのろ生活がやはり懐かしかった。妻と子供を母屋において、離れに引き上げた私は床によこになりながらいろいろなことを考えた。ローソクの光がゆらゆらと揺れていた。足下には義父が開戦直後に大量に購入していたまめたんのはいった懐炉がぽかぽかとともっていた。ときどきみしみしという音が聞こえた。まだまだ夜間は相当に冷え込むのである。いったいどこではぐるまが狂ったのだろう。平和な日常生活が途方もなく懐かしかった。ついこの前のことなのにとんでもなく昔のことのように感じた。ほんとうにそんな平和な時代があったのだろうか。そう思うことさえあった。おそろしいほどの事態の急変とここ1ヶ月で体験した鮮烈な記憶は過去の現在に超えがたい大きな溝を作り出していた。アルバムの中にとじられたセピア色のポートレートの一こま一こまのようについ先日のことなのにすべてのシーンは現在と大きく断絶していた。日常の平凡な生活がとてもなつかしく感じられた。朝7時に起きて、朝食をとりあわただしく会社へと出勤する。出社すると事務職であった私はほとんどかわりばえもしない退屈な時間をすごす。もちろん暇だというわけではなかった。次から次へと命じられる雑用をとりあえず要領よくこなず知恵だけは身に付いていた。定時で退社することができたのがせめてもの慰めで、ばりばりとはたらく大手民間の社員の姿をときおりテレビのドキュメンタリー番組で見るたびに少し後ろめたい気がしていた者だった。といっても独身時代と違い家に帰ってから好きなことができるというわけでもなかった。1歳半の子供はまさに小さな怪獣で、それを1日中妻に任せるわけにもいかない。あまり子供をあやすのは得意ではなかったが、なんとか子供の気を引いて機嫌をとる毎日だった。専業主婦のため、私ひとりの稼ぎでこれからやっていかなければならない不安もあった。一家の柱として感じるなんとなく重苦しい責任感のようなものをうっすらと感じていた。つまりはどこにでもあるような、小さな家庭だった。当時はとても平凡で単調な毎日のように感じていたが、今となるとその生活がとてもなつかしく感じられた。将来のことがいろいろと夢えくことができた。平凡でそれなりに安定した生活は未来を予測することがかなりの精度で可能である。ある意味先が見えてしまい、若者にとってはつまらないと感じるかもしれない。けれど、平和とはそういうものであることが今になってよくわかった。先がまったくみえない。明日なにがおこるかわからない状況では、今を生き抜くことしか頭には上らない。退屈や平凡さへの不満がいかに贅沢なものであるかが身をもって知った。「あなた、もうそろそろ寝ませんか。この子も眠たそうにしてます。ミルクをのませればすぐ眠ってしまうでしょう」妻が眠いため少しぐずっている息子を抱きかかえ、母屋にやってきた。私はとりとめもない回想に終止符をうち、それに同意した。私はいつものように起きあがり、タンスの一番上の引き出しからあるものを取り出し、枕元においた。半月前におこった例の襲撃事件以来習慣としていることだった。やつらが残していったカービン銃を護身のためにいつでも取り出せる枕元にいつも置いた。危険なので、万一のことも考え子供がさわって暴発しないように弾倉は抜いて足下のほうに置いた。「そんなに心配しなくてもだいじょうぶよ。あの事件以来、兵隊さんがこの周りに配置されているじゃない」私はうなずきながら「もちろんそうだけれど、基本は自分の身は自分でまもらないと。軍は日本という国を防衛しているのであって、一民間人を護衛することが目的じゃないからな。」あの事件以来、我々家族の貢献を評価してくれ、特別に数軒しかない集落に夜間は警備車両を配置してくれていた。家の前の道路を東に100メートルほど下ったところに和製ハムビーといわれる国産の高機動車が1台が一分隊を乗車させて警備を行っていた。この母屋からもその様子がよく見えた。ちょうど道がぐると回っているポイントであるため、道路から東の下流域も見渡せると同時にこの集落も監視することができた。夜間は相当に冷え込むので、なんどか家に泊まって警備をされたらどうかとその分隊の長にいってみたが、軍の存在そのものが標的とされることが多いので、警備をするにもある程度離れた場所のほうがいいと固辞された。しかしさすがに寒いのだろう、本来は許されてはいないたき火の火がちらちらとかいま見えた。「今夜も相当に冷え込みそうだから、かぜをひかないようにふとんにしっかりとくるまってねるように」妻がミルクを飲み終わってすでにすやすやと寝息を立てている息子に布団をしっかりとかぶせながら、こちらを見てうなずいた。
翌日はひさびさの春を感じさせるような暖かい1日だった。今日はここへきてからの初めての行楽日だった。とういのはこの地方隊の創立記念日のため軍が地元民のために丸1日この補給整備施設の敷地を開放してくれたのだった.多くの村の人たちが子供ずれで訪れていた。以外に思ったのは、もともと村の住民は過疎化がすすみ年寄りばかりのはずなのだが、我々のような若い夫婦ずれらしき人もおり、私たち以外にもここに避難してきている人たちが結構いることに驚いた。平和だったころにも、一度近くの自衛隊の駐屯地の創立記念日の日に行われる、一般公開の催しに行ったことがあった。普段は近くで見ることのない、戦車や大砲やヘリコプターを間近で見ることができた。見るだけではなく、中には体験試乗できるものもあり、まだ小さな息子といっしょに私もタンクやヘリに乗せてもらったものだった。また、陸自の隊員による出店も数多くあり、ちょうど学園際や縁日のような雰囲気のようだった。ちょうどその時のような平和なひとときが今ここに再現されていた。どこから入手したのか、訪れた子供たちに風船をプレゼントしていた。また、このようなイベントでは定番のたこやきや焼きそば、イカ焼きなどの出店が、施設科の兵員によって催されていた。「なんだかなつかしいわね」妻が目を細めながらいった。「平和だったころのに一度いったことがあるよね。ものすごい人手だったね。」私も思い出しながら、やはりなつかしく感じた。「ほらみて、あそこで体験試乗をしているみたいよ」妻が指さす方向をみると、大型の陸自のヘリが駐機している前に十人ほどの列ができており、ひとりずづ中に案内されていた。「ほんどだ。ヘリがここにあるなんて今まで全然気がつかなかった。」戦車や装甲車などの地上兵器は前戦から続々と修理のため送られてくるけれど、そういえば陸自といえども航空機を運用していることを忘れていた。「はじめて実物をみるな。あれはCH-60とういう機体で双発エンジンの汎用型ヘリなんだ。」私はさっそく妻に趣味の知識を披露した。「あなたの趣味の知識が役にたつような状況になるとは思っても見なかったは」妻はほくそ笑みながらいった。「見に行ってみよう。平和なころなら抽選じゃないとのることができない貴重な体験だ」私は息子のベビーカーを押しながら列のところまで赴いた。すべりこみセイフだった。ちょうど私たちのところで時間となったのか、並ぶと同時に体験試乗と書かれた看板が下ろされた。前にならんでいる人たちの多くは子供たちだった。みんな目をぎらぎらさせながら、普段は絶対見ることのできない、コックピットに案内され、大はしゃぎだった。30分ほど待って順番が回ってきた。妻は途中で子供といっしょに出店見学をするため列を離れた。当然のことながら妻はあまり興味はないらしかった。子供もまだ小さいしわからないので、当然といえば当然だった。「まいごにならないように気をつけて見ておいで。ここにずっといるから、すんだらまたここで落ち合おう」そういって、彼女を見送った。「お待たせしました。最後の方こちらへどうぞ。」気さくそうな兵士が機内に案内してくれた。「ここは後部乗員室です。戦闘時には1個分隊8人が搭乗可能です。」おそらくこのヘリのパイロットと思われた。カーキー色ではあるが、地上戦闘員の軍服とはあきらかに異なっていた。なによりも、胸には炭酸ガスでふくらむタイプの救命胴衣を装着しているところが、パイロットであることな証だった。私は尋ねた「失礼ですけれど、このヘリのパイロットでいらっしゃいますか」「はい」にこやかな笑顔で彼は答えた。彼は引き続き後部乗員室を説明してくれた。後部は非常にラフなつくりだった。固定式の座席があるわけではなく、側面にいくつかの簡易式の折りたたみ式のいすがあるだけだった。ただひとつ目立ったものがあった。「これは20ミリ機関砲ですね」私は尋ねた「よくご存じですね。そうです。これは通称フィフティーキャリパーと呼ばれる陸上で使用される汎用機銃を搭載したものです。離着陸のさい降下ポイントの敵を制圧するために搭載されています。」私はしげしげとそれを眺めた。タンクの同軸機銃については、整備で構造については知識があったし運用テストの試射したことはあったので興味が特にあった。しばらくの間その銃について彼にいろいろ尋ねた。続いて、コックピットに案内された。「みなさんが一番関心のおありのところだと思います。ヘリに乗ったことはおありですか」私は平和だったころ、遊覧へりに2度乗ったことを話した。「そのときパイロットが操作していたハンドルを覚えていらっしゃいますか。この座席中央にある長いスティックとこの左側にある車でいうところのサイドブレーキレバーのようなハンドルを握っていたと思います。ヘリは基本的にこのふたつの操縦装置を同時にしようして飛行するのです」彼は観光地のガイドのように何十回となく繰り返しただろうそのフレーズをよどみなく話した。私はここで彼に言った「このコレクティプピッチレバーの頭の部分についているダイアルはガスタービンエンジンの回転数を調整するものでしょうか」彼は一瞬驚いた様子で私のほうをしばらく眺めていたが「そのとおりです。あなたはヘリのパイロットでいらっしゃいますか」私は答えた「いえ、そうではないんですが、航空機についてはヘリも含めて以前から興味があったものでいろいろ調べていたことがあったんです。それに最近はパソコンレベルで非常にすぐれたシュミレーターがありますので、それでセスナとかベルとかを仮想空間の中でとばして遊んでいたりしていたものですから。また、もともと軍事マニア的なところがありましたので、よく書店でそのたぐいの本を買い込んで読んでいました。それにここに避難してからはひょんなことで90タンクの射撃システム全般の整備と試射にたずさわるようになり以前にももまして、陸自の装備一般に興味がわくようになりました。」彼は感心したように聞いていたが、しばらく黙っていた後
。それでしたらいかがです。ヘリについてもエキスパートになられては。あなたが最後ですので、時間がおありでしたらじっくりと説明しますよ。」私は妻のことをいっしゅん考えたが、その誘惑にまけておもわず「はい。お願いします」と答えてしまった。それから約2時間えんえんとヘリの操縦についての詳しいやりとりが私と彼との間で続いた。途中気がつくと、後部座席の折りたたみいすの上にひざに息子を抱えた妻が座っていた。外でたっている警備兵が気を利かせて中に入れてくれたに違いない。彼女はしょうがないわねとういう顔でこちらを見返した。息子は妻の膝のうえですやすやと眠っていた。今日は1日中暖かな1日だった。「これは、パイロット用の暗視装置です。ここのディスプレーにも表示されますが、このゴーグルの視野内にも投影されます。90タンクにも装備されていたとおもいますので、そのしくみについてはむしろあなたのほうが詳しいかもしれませんね」彼はそう説明した後、私の視線にきがついて、「お連れの方ですか。どうもお待ちかねのようですね。私も楽しい時間をすごさせていただきました。また機会がありましたらこの続きをしたいと思います。」私は恐縮していった「いえ、こちらこそ、貴重な時間を私のためにさいていただきありがとうございました。私個人としてはまだまだお話をお伺いしたいのですが、妻にこの場にいたって離婚されてもこまりますので、今日はひきあげさせていただきます。ほんとうにありがとうございました。」私は何度も何度も彼に礼を言ってそこを離れた。離れ際に、彼はおもしろいものをくれた「少し汚れてますが、この機体の操縦マニュアルです。新しいのがありますので、これはあなたに差し上げます。平和な時だったら機密漏洩罪あたるところですが、この状況下ですかまわないでしょう」私はさらに恐縮しながら、それをいただき妻といっしょに機体を後にした。振り向きざまにSH-60ヘリをちらっと眺めた。なぜだか、またもう一度この機体にあうような予感がした。なんとなく感じる不思議な感覚だった。
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