第10話 着火
どのくらいの時間が過ぎたのだろう。1時間なのか1分なのかまったく最初は分からなかった。光の点がまぶたの裏で明滅した。やがてそれがひとつにまとまり、オレンジ色の光となった。激しく点滅し輝いた。音も振動もない暖かい光だった。母の懐にいだかれているような心地よいぬくもりだった。薄いオレンジ色の光はその輪郭を失うほどに急速に視野全体に広がった。やがてその中央部分からまばゆいほどの光の帯が左右にほとばしった。何万カンデラの光源を何百と寄せ集めてもこれほどの輝きには及ばないだろう。私はとまどった。これは天国への入り口なのだろうか。私は死出の旅をしている途中なのだろうか。おもわず身を固くした。光の帯がすーっと閉じ、以前のオレンジの光のもやのなかに取り残された。私はしばらくそのぬくもりの中に浸ってた。あの世に旅立つ前にもう少しこのぬくもりの中に浸っていたかった。そこは母親の体内にいるかのように暖かった。どこからともなく声がした。私をよんでいるような気がした。ことばははっきりとは聞き取れなかった。しかしなにか懐かしい声だった。さっきの光の方角から聞こえてくるようだった。私は誘われるように再び増し始めた光の帯のほうへと導かれていった。最初は水平に輝く光の帯が次第にその厚みを増し上下へとその領域を拡大していった。もはやその目もくらむ光の渦に体全体を包み込まれていた。すーっとその光のうずのなかを急に無重力になって磁力で引っ張り上げらるかのように体が上へと持ち上げられていった。その奇妙な上昇感覚の中で次第にあの懐かしい声が大きくはっきり聞こえはめた。私は全神経をその光の中の声のする方向に集中させた。するとその声の方角が虹色に輝き、赤、黄、青の光の無数の点の明滅へと変化し、やがてそれがあるまとまりを持ち始めた。まるで磨りガラスをとおして木漏れ日をみるかのように。次第にうずまく光の鮮やかな渦はそれぞれあるべきおのおのの位置に納まり、形となって浮かび上がり始めた。まぶたに力をこめて精一杯見開いた。静止した背景の中に揺れる人影が映った。懐かしい姿だった。「気がついたのあなた」それはまぎれもない妻の声と姿だった。「ここは・・・・・」「うちよ」「あなたはここでまる3日間のあいだ眠り続けていたの。軍医は必ず意識はもどるはずだから心配しないようにと入ってくださってはいたけれど、ほんとうに目が覚めてくれてよかった」彼女は涙ぐみながら私のほほをなでた。私も両手で彼女の両ほほをしっかりとその存在を確かめるかのように包んだ。「僕はいったいどうなったんだろうか。やつらと戦っているうちにものすごい光のうずに包まれたのが最後で後はまったく記憶がないんだ。」私はゆくりと上半身をおこし彼女に向き直った。「あなたはたった一人で30人近いプロの兵士を撃退したのよ。」「ほんとう?」「ええ、」「でも最後は班長も巡査もやらてて、僕も持っていた銃の弾丸もつきようとしていたんだ。それでどうしていったいやつらを追い返すことができたというんだろう」「私も救援に駆けつけた軍の人から、地下室から助け出され時に聞いただけなので詳しい事情はよくわからないんだけれど、後現場まで2キロというところで、山の端からすさまじい火柱がたちあがったそうよ。おそかったかとおもいつつ、現場に急行してみると民家のすぐ庭先がめらめらと巨大な火炎を上げて燃えていたというの。まわりには十数体の敵兵の焼けこげた死体が累々と横たわっていたそうよ。」「巨大な火炎?僕は警察装備の小さな銃しかもっていなかったのに。そんな大きな爆発をおこさせる」私は理解不能だった。軍が援軍にかけつけてくれたとしか考えられなかったが、その軍が到着前に巨大な火柱を見たといっている。私には爆薬はおろか、手榴弾、いや弾丸の1発さえもそこをついていたのに。私はかすむ記憶をたどり始めた。最後の1発を撃ったときの映像がぼんやりとうかびあがった。意識はしていなかったが、深層意識の底からうかびあがった景色にはなにやらオレンジ色のたるのようなものが映し出されていた。今目にしていない心の心象風景のその一点にフォーカスをあわせようと意識を集中した。それはまさに鮮やかな樽だった。これは。・・・・。「そうかわかった」私ははっと思い立った。「君のお父さんのおかげだ」「え?どういう意味」「あの救援の部隊がみたという火柱、そしてやつらを黒こげにした火炎の正体は、お父さんが農業用の農薬散布用のタンクに備蓄してくれていたガソリンに偶然私の撃った弾丸が命中して燃え上がったんだ。」そう、オレンジ色の物体は一般の農家でも使う農薬を水で希釈して農地の散布するための大型タンクだった。そして祖父はそれを動力用のガソリンの貯蔵タンクにしていたのだ。それがまさに最後のウエポンとなったのだ。「そうなの」「もしあそこにあの備蓄タンクがなかったら、援軍が到着するまえに僕はやられていただろう。そしてもしかしたら君たちも。」なにが役にたつかわからない。わたし達家族にはまだ運から見放されていないと思った。「ほんとうによっかったわね。父もたまには人の役にたつことをするのね」彼女はそういって私の手を握りながらほほえんだ。
この一件があってから、妙に軍の信頼を私は得たらしく、従事する作業も私の希望を多く聞き入れてくれ、また入室を許されるエリアも大幅に拡大された。私は従前から希望していたとおり、タンクの照準システムの修理とともに、タンク全般のエレクトロニクス部分の修理に携わった。トンネル内の修理施設は信じられないくらい先進的だった。以前携わっていた装甲板の修理ヤードは鉄工所と製鉄所の設備の一部をつなぎあわせたような重厚長大な施設だった。当然空調も効いていなければ、掃除も行き届いていない。それに比べここはシリコンウエハースの製造工場のクリーンさと、家電メーカの商品開発部門を合わせたような検査機器と電子部品の展覧会場のようだった。以前平和だったころよくテレビ中継でみていた自動車レースのF1の組み立て工場によく似ていた。作業している人たちは私を除いて軍の技官だったが、すべて薄いブルーの防塵作業服を着ていた。ここでの作業はまずはタンクごとに異なる各種の電子装置の構造と機能をまさにマニュアルで理解してもらわなければなりません。その後は典型的な故障現象についてはフローチャートがありますから、それに沿って調べていけばおおかたの修理は可能です。まずは標準的な修理手順を学んでください。」「わかりました。よろしくご教授ください」私はその日から分厚い修理マニュアルと首っ丈となった。技官からは特別に自宅にもってかえることを許され、毎晩おそくまでそれを読みふけった。決して苦ではなかた。とても楽しかった。平和な時では到底知ることのできなかった特別な分野の技術情報だった。マニュアルはある一種類のタンク、たとえば87式なら87式、90式なら90式ごとに作成されていた。得に新しいタンクほど、マニュアルの冊数も膨大なものになった。ちょうど自動車の整備士向けの整備マニュアルによく似ていた。大きく構造図と配線図と装置図に分かれていた。そしてそれぞれが10センチ近い厚さのファイル十数冊から構成されていた。結局トータルで細かくびっしりと図と文字でうめつくされた50冊を超える技術書を読破する必要があった。もちろん最初からこれをすべてマスターすることは期待されていなかったし、当然不可能なことだった。まずはタンクの種類と装置を決めてそこを重点的に理解するように指導された。私はとりあえず基本的な部分を理解するために若干旧式ではあるがまだまだ現役で数多く活躍している87式タンクの射撃照準システムの修理を学ぼうと決めた。これには指導技官もそれがいいだろうと同意してくれた。87式は旧式とはいえ、レーザ測距システムと弾道計算コンピューター、自動砲安定システムを搭載していた。90式が装備している赤外線暗視暗視システム以外基本的な射撃装置はすべて搭載しており、格好の教材であった。それにこれがもっとも多く修理搬入されてくる機器だった。まる1週間、修理技術書を精読したあと、いよいよ実際の修理を現物を使用して教えてもらうことになった。ここの修理室に運ばれてくるときはすでにユニット単位にきれいに車体からはずされている。現代のタンク、といよりも現代の兵器一般、それは陸、海、空を問わず、修理は基本的にユニット交換となっている。第一戦での野戦修理はまずユニット交換を行いすぐさま戦場へと復帰させるのである。破損したユニットは後方に送られそこで修理をしまた前線へと送り返される。これが基本である。それに加えて、ユニット交換では対応できないような修理、たとえば敵の攻撃を受けて大きく損傷したような場合は、戦車回収車によってその車体ごと後方の整備施設まで輸送され、そこで修理をおこなうのである。そういった場合、よく民間の中古車両でもおこなうことがあるが、2台の損傷タンクのそれぞれの程度のよい部分たとえば一方からは砲塔部分、一方からは車台部分といったように複数台から一台の完全なタンクを再生するという手法も使われている。「こちらのタンクの乗員室の床の機器室に収納されているコンピューターユニットも、外部に設置されている機器ほではないですが、落としたくらいではびくともしないような構造になっています。これは、軍用品のほとんどの修理方式がユニット交換式になっていることも起因しており、それぞれの兵器システムが自ら搭載しているセルフ診断システムにより故障ユニットを自己診断します。最前線にてその故障診断された部分をユニットごと交換することにより、すみやかにまた前線復帰できるというわけです。取り外されたユニットは後方までおくられて再生され、また前線の補給基地に戻されるというわけです。」彼はそう説明しながら、レーザ発信器の心臓部をそのシールドから抜き出した。「このように、外郭と内部部品との接合は非常に簡単にはずせるような構造になっています。これも整備性を高めるための工夫のひとつです。彼はそう説明し、分離するために使用した工具を私に手渡した。「ただ、特殊な接合方法をとっているだけにそれを分離するためには、一般的な工具では不可能です。軍用品のメンテナンスには90パーセント以上専用の特殊工具が必要です。今お渡しした工具もこの87式タンクの光学機器関係のシールドを分離するためだけにしか、使用できません。ここが技術取得のうえで少し大変かもしれませんが、ぜひはやく慣れるようにしてください。」私は手渡されたハンドツールをしげしげと眺めた。確かに、今まで趣味でいろいろの工具をさわってきたが一度も目にしたことのない代物だった。それほど複雑なツールではなさそうだったが、形状が非常に奇妙だった。ドライバーと六角レンチとスパナを足して割ったような構造をしていた。民生品の自動車の整備にも専用ツールを要する箇所がいくつかあったが、それも多く見積もって全体の使用率のせいぜい20パーセントくらいのはずだった。それが全体の9割を超えるというのはこれはいちから工具の使用方法に習熟していく必要があると思った。「次にこちらのコンピュータのユニットボックスを使って、基本的な電子機器の修理スタイルを説明しましょう」彼は後ろを振り返り、片手で持てるほどの小さな計測機器のようなものをテスト台の上においた。「このようなユニットボックスは先ほど説明したように、搭載されている兵器システムの自己診断機能と連携してそれぞれ現地で故障箇所のおおよそがつかめるようになっています。これでどのボックスが故障しているか判断できます。さらにボックス自体にもセルフ診断機能が搭載されており、ボックスの中のどのユニットが正常に機能していないか判断できるようになっています。この機能により、二次修理施設でボックスの基盤交換という比較的簡単な作業で修理をおこなうことが可能になっています。そして、そのようなセルフ診断機構と基盤交換のみでは修理不能の部品がこの第三次修理施設まで運ばれてくる訳です」彼はそこで一息いれ、検査装置からのびているケーブルの先端の端子をボックスの横にいくつか出ている差し込み口にしっかりと接続した。「ここの修理ではつまり、それぞれの機器が搭載している自己診断機能はあてにならないということです。そこで非常に細かいところの故障まで見つけ出すことのできる検査装置をこのように接続し、さらに詳しく内部の状況を把握するのです。」彼は検査機器に付属している小さなスイッチやダイヤルを回しながら、その上面の大型の液晶パネルを注視した。それら約1週間、技術解説書を読んでは現場で機器の操作、また家で読み返しては、また翌日機器の操作。その繰り返しで、やっと最初にあたえられた87式の主砲の照準システムの修理を完了することができるようにまでなった。もちろん指導技官になんども手助けをしてもらったが、自分では結構独力でやったという自負感があった。技官も「君はなかなかすじがいい。この調子なら、最新鋭の90式の修理も近いうちお願いできそうだ」おせじなのか、本当のことなのかわからなかったが、私もよりいっそう今の仕事におもしろさを見いだしていった。まさにこの戦時体制という中で私は自分の居場所を見つけていった。修理が完了した翌日指導教官からうれしい提案があった。「きみが苦労して修理した機器が本当に正常に機能しているかどうか、自らの手と目でためしてみたいとは思わないかね。」私は最初彼のいっている意味がよくわからなかった「ここで修理されたさまざまな部品は前線の2次修理基地に送られる前に実際にタンクに装着してテストをしているんだ。全部が全部というわけではないが、修理品の一部を抜き打ち的にピックアップしてこの山の向こうのテスト場まで運び、射撃関連のシステムなら実際に的をねらって実弾を発射しているんだ。その様子を見てみないか。テスト場の上級士官は私の知り合いだから、もしかしたら自らの手でタンクを操作してテストさせてくれるかもしれないぞ」私は突然の申し出に驚きつつも、大変うれしく思った。心の中でできたらいつか実際のタンクを操作してみたいと思っていたのだ。もしかしたらそれが叶うかもしれないのだ。「是非お願いします」私は即座に了承した。翌朝、夜も明けきらぬ前から軍の車両がわざわざ自宅前に向かえにきてくれた。中にはなつかしい顔が見えた。最初のタンクの修理工場でペアーを組んだ中村だった。「元気にしていたか」前にあってから1月とたっていないのに、1年近くもあっていなかったような感じがした。「なんだかずいぶん会っていなかったような気がするな」「そうだな。それだけお互い日々いろんなことがあったということだろう。またいっしょに作業ができるようになってうれしいよ。おれを推薦してくれてありがとう。」「いやう君らきっとだれよりもはやくタンクの操作に慣れることができると思ってね。それに体格からして、君以外にありえないかな」私は減らず口をたたきながら、彼と握手をして、後部座席の彼の横に収まった。運転手に尋ねると、テスト場はこの奥の高原地帯に設定されているとのことだった。この一帯はもともと標高が高く、約800メートルほどあった。川も源流に近く、険しい渓谷を形作っている。車両は高い峰々を縫うように走っている道路を登っていった。やがて、クマザサにおおわれた広い高原地帯にでた。警備兵のりっしょうする検問ゲートをとおりぬけた。小高い丘をひとつ越え前方に広がっている光景にいきを飲んだ。それはまさに戦場だった。いくつものタンクが草原をところせましと走り回っている。近づくにつれてキャタピラーとディーゼルエンジンのうなり声が耳にはいってきた。「おどろいたでしょう」運転手がいった。「ここは24時間稼働しています。夜間も暗視装置や射撃装置のテストのため休みなく入れ替わり立ち替わりタンクが走り回っています。できることなら夜間の射撃テストもしたいところですが、住民への影響を考えて、夜明けまでは差し控えています。現代の戦車戦は夜間作戦の優劣によってきまります。」私たち二人はお互い目を合わた「私たちにできるでしょうか」「大丈夫ですよすぐ慣れます」ちょうどそこは自動車教習所のような施設だった。広さは教習所よりは一回り広く、周りは有刺鉄線を付した金網でかこまれていた。夜間でもテストをおこなっているのため、各所に大型の水銀灯がたっていた。「よく来てくれました。あなたたちのことは整備課のものから聞いております。民間人のかたでこの施設にこられたのはあなた達が初めてです。ご協力感謝します」出迎えてくれたのは、グレーの口ひげを蓄えた浅黒い体の引き締まった50代くらいの士官だった。「私たちにタンクのテストができるでしょうか」私は率直なところを尋ねた。「だいじょうぶです。私が責任をもって教えますから」彼は白い歯をこぼしながら私たちを施設を案内してくれた。「ここからだいたいテストコースの様子が一望できます」そういって、管理棟の屋上に私たちを連れてあがり、説明した。「タンクのテストといっても、割と地味なことをするんですよ。走行テストについてだけいえば、自動車のテストとかなりよく似ています。スムーズに発進加速できるか。低速、中速、高速で異音等はないか。制動力に問題ないか。ちゃんと曲がれるかなどです。ちょっとかわったところでは、それぞれのタンクの諸元上の限界傾斜面を登坂できるか、水中走行ができる車両については、水密性は確保されているかなど、実際に人工池等を渡ることによってテストしたりしています」彼はそこまで話しなにか質問はないかと一呼吸いれた「射撃テストはどのようにおこなっているんですか」「午前中に走行テストをおこない、午後におなじコースで射撃装置のテストを行います。見えますか、あの向こうに白く塗られたタンクのスクラップの標的が」私は目を細めて指さされて方角をみた。距離にして4キロはあるだろうか。「かなりの距離ですね」「最大有効射程にちかい距離でテストをします。ですからなかなか標的には命中しませんが、設計上の許容誤差内に着弾すればよしとします。」「それでは室内にはいり、簡単にタンク全体の構造説明と各種機器の操作説明をしましょう。誤った取り扱いをすると大変に危険ですから。これから約1週間は座学となり、少したいくつかもしれませんが、テストといっても実際にタンクを動かすわけですし、射撃システムのテストにいたっては実際に砲弾を発射するわけですから。」「わかりました。こころして学びます」同じく相棒も口をそろえて言った。「じゃ一階のほうへどうぞ。」私たちは彼に付き従い1階におりた。「ここが視聴覚ルームになっています。ここにある資料は基本的に戦車の乗員を養成するための訓練教材です。結局はテスト要員といっても基本はタンクの搭乗員を養成するのと同じことです。ここにある全18巻のDVDをまずひととおりみてください。一巻30分ですからひととおりみるだけでもまる1日かかりますが、あなたたちだったらきっと興味深くみることができると思いますよ。前半の六巻が操作系統ですからあなたはそちらをみてください。あなたは7巻めからどうぞ。それぞれ個室になっていますから、ときどき休憩しながらきょうところはこのビデオを夕方までみれるところまでみてください」
翌週よりさっそく月曜から水曜まではそれぞれの部門でのタンクの修理、木・金はこのテストコースまできてタンクのテストを行う日々が始まった。
そして2週目からさっそくそれぞれの部門で実地訓練が行われた。相棒はひとまず室内に設置されてあるシュミレーターを使用してタンクの操縦訓練を行ないはじめた。重機の操作にはなれているのでブルの運転とさしてかわらないだろうと思っていたらしかったが、実際の操縦席に収まってみるとそうはいかなかった。視界とんでもなくせまくそのうえ寝そべった状態で操縦するためまるでドラム缶の中にはいって、小さな小窓をのぞきながら巨大な鉄の固まりを走行させるようなものだった。彼がなれひたしんでいた多数のレバーとペダルによる操縦ではなく、バイクのハンドルのようなものをただ左右にひねるだけで旋回ができた点は驚きだった。しかしちょうど目のあたりにあるプリズムグラスをとおして、約180度ほどのやけに横長の視界の中、サイドミラーもバックミラーもない状態で車両感覚をつかむのは大変だったようだ。対して私の方はというと、基本的に射撃管制システムのテストを担当するため、シュミレーターを使用してもよかった。ただ実際のシュミレーターは戦車長と連携をとりながらの実戦的な射撃管制システムの操作を実弾を使用せずにおこなうよう設計されたプログラムが動いているため、先に実車にのって空砲を発射するところからはじめた。朝の霜のおりた試射場に駐車されている1台の90タンクはすでに教官によってエンジンが始動され、すべてのシステムが調整されていた。サイドスカートに格納式で組み込まれている踏み台を使って、タンクの上部によじ登った。おもったより高さはなかった。砲塔の左側の乗降ハッチはすでにあいおり、教官が中にはいるように指示した。どこをさわってもとびあがるように冷たかった。まさに鉄のかたまりである。ハッチのうえに顔をのぞかせると暖かい空気がほおをなでた。「現代の戦車はほとんどすべて完全に空調が聞いています。夏は冷房、冬は暖房、除湿もできますよ」車内は白く塗られていた。「車両の生産時期によって室内塗装の色は異なりますが、おおむね薄い色で塗られています。少しでも狭い車内を広くみせようとの工夫でしょう」確かにタンクの中は閉所恐怖症の人間ならとてもたえられないほど狭い環境だった。90は砲弾の装填手がいないためアメリカ陸軍のタンクより砲塔内は余裕があるかと思っていたら、その分砲塔も一回り小さいらしく、座席に着座したら二度と立ち上がりたくないほどで、窮屈な環境だった。「上のハッチを閉鎖してください」見上げると今乗り込んできた入口からぽっかりと丸く青空が切り取られてのぞいていた。「どこに閉鎖スイッチがあるんですか」私は天井のあたりをきょろきょろ見渡した「スイッチはありません。人力で閉じてください。唯一のこの鉄の箱からの出入り口ですから、もし被弾して電気系統や油圧系統がダウンしても確実に脱出できるようにいつでも手で開け閉めできるようになっているのです」私は納得してうなずきながら、座席から中腰になってたちあがり、重たい鉄板でできた無骨なハッチを内側にゆっくりと閉めた。閉鎖したと同時に室内は一瞬暗夜になったがすぐに赤色ライトが点灯した。「現代では夜間戦闘が多いので、室内は赤色灯を点灯させている場合があります。」そう言っている間にすぐに室内は通常のデイライトの蛍光灯が点灯した。「マニュアルはひととおり読まれていると思いますが、簡単に操作説明をしておきます」すぐ右横に着材している戦車長の教官が左手でひとつひとつパネルを指し示しながら、その装置の名前と機能を説明していった。「あなたがさわる装置のすべては射撃管制装置であるため、一歩間違えば大事故につながります。すでに訓練弾は消費しましたので、テスト発射でも実弾を使用します。その点をくれぐれも理解して、慎重に操作願います」私は今彼が説明してくれた装置を再度ひとつひとつ指で指しながら、頭の中でマニュアルの該当ページを思い出し、その装置の機能を再度頭にたたき込んだ。「それではまず最初の課題です。正面約1キロ先に固定標的があります。そこに照準してください」私はまずあわてずに段取りをリハーサルした。基本的に砲手の操作は、正面パネルにある砲塔の旋回、俯角制御用のハンドルを操作し、その上にある照準用のスコープをのぞいて、そのレティクルの中心にターゲットをとらえ、後は引き金を引いて砲弾を発射するだけである。その一連の操作を確実にいかに素早くこなすかが技量の差ということになるのである。ちょうど旅客機の操縦桿のようなU字型のハンドルが正面についており、そのハンドルを両手で握って、左右に回すと砲塔全体が実にスムーズに左右に旋回するようになっている。旋回の速度はその回す角度に比例しており、大きくまわせば早い速度で、小さく回せばゆっくりとした速度で旋回するというしかけである。私は前方の両眼式のスコープに額をあててのぞき込んだ。はじめてみる照準スコープだったが、操作説明書の写真どおりだった。やや横長の視野であるが、ほぼ人間の裸眼の倍率でタンク前方の光景がはっきりと映し出されていた。実際にはタンク前方というより、砲塔正面といったほうがただしかった。今は車軸と砲塔軸が一致しているのでタンク正面を見ている格好になっているが、実際の戦闘では、車両自体は定められた戦闘機動にそって走っているのに対し、常に砲塔は旋回をくりかえしながら獲物をさがしているため、ほとんどの場合軸線は一致しない。そういう意味では戦車長の視点も車長用のスコープを使用しているため、砲手と同じく車両の軸線と車長の視点は一致しない。しかも戦車長の場合は車両の動きと砲塔の動きとはさらに独立した動きをする専用の旋回式捜索用スコープをもっているため、砲手の照準軸線とも一致しない。ドライバーは正面をむいた固定式のプリズムスコープから車軸に常に一致した視界をみており、砲手は車軸とは異なる旋回する砲塔の軸線に一致した視界をみており、さらに戦車長はそのふたつからも独立した砲塔上部に設置してある旋回式の捜索スコープの視界を見ている。三者三様の異なる視界がどのように操縦手、砲手、戦車長の間で連携がとられるのかというと、それぞれのスコープの下に横方向に方位目盛りがふられているが、そこに赤や黄色や緑のラインでそれぞれの乗員が見ている視線の方位がしめされるようになっている。私は一連の照準スコープの視線方向のしくみについて頭をめぐらしていた。今はちょうど中央下に黄色と赤のラインが重なって表示されていた。すべての視線が正面に一致していた。「教官、ターゲットが遠すぎて、スコープで確認できないのですが」私はなんども眼をこらしてみたが標的らしきものが確認できなかった「操作ハンドルの左手側に照準スコープの倍率を変えるスイッチがあるので、それで中間倍率にあげてください。」私は指示にしたがって、左手親指でボタンを操作し昼間光学式のスコープの倍率を10倍にあげた、一瞬視界が暗くなったがすぐにクローズアップされた前方視界が目に飛び込んできた。テレビモニター式ではないため、ちょうど大型の双眼鏡で遠方の景色を眺めているのとおなじ鮮やかなはっきとした視界が確保されていた。「見えました。正面やや左にタンクがみえます。」「それでは、そのタンク中央に照準してください。ただし今スコープに映し出されているレティクルは単純な砲の軸線方向ですから、それにあわせても弾丸は命中しません。一番あなたに理解してもらいたい部分がここのところです。もし砲弾がレーザー光線のようにまっすぐに目標までとんでいくものなら、戦車砲の照準システムなど単純なものです。問題は砲弾はさまざまな外部環境要因に影響されて砲弾の描く飛翔軌跡は直線からはずれていきます。その主な要因は二つあります。重力と風です。これは野戦砲の操作員にとっても共通の問題ですが、タンクの場合さらにこれに加えてタンク自身の移動速度と移動方向という問題もでてきます。初日の今日は停車した状態で射撃しますから、この問題は考えなくてかまいませんが、実戦ではほとんどの場合対戦車戦となると移動しながらの砲撃戦になるのが通例です。これを解決してくれるのが、野戦砲の射撃管制システムに匹敵するほどの高性能な非常にコンパクトな火器管制システムです。この装置が正しく機能しているかどうかが命中率を大きく左右します。逆にいえばこのシステムの動作確認をするのがあなたの役目といえるでしょう」「わかりました。ただ一つ質問していいですか」私は単純に疑問におもったことをたずねた「砲身の精度も影響するのではないでしょうか」教官は苦笑いしながら答えた「あなたはなかなか頭がいいですね。そのとおりです。ただその精度は整備工場で修理、交換した時点でレーザー測定装置などの精密計測機器で検査済みです。」「なるほどわかりました。」「それでは火器管制システムを起動させてください。もし起動の方法がわからなければ、簡易マニュアルの25ページをみながら行ってください」私は当然のごとくマニュアルを参照しながら、システムを起動していった。教官はシステムが起動する間に簡単な説明をしてくれた。「あなたが整備施設で丹念に整備されていたことがここでその本領を発揮するわけです。現代のタンクの戦闘は主として戦車対戦車の戦闘に勝ち抜くことを前提のひとつとしています。第3世代同士のタンクの戦闘はまさに先手必勝です。先に相手を発見し、第一撃を先にかけた方が圧倒的に有利です。その技術的裏付けのひとつに初弾必中の高性能な射撃管制装置があげられます。もうひとつは後日実際にテストしてもらいますが、赤外線暗視装置を含む全天候型の策敵システムです。今日のところは機器を実際に操作しながら、射撃管制システムの説明をしましょう。システムがたちあがったようですね」かちゃかちゃという音がするわけもなくいくつかのランプが点滅を繰り返しながら、最終的にスコープ内に緑のレディーランプが点灯した。「順序が逆になりましたが、実戦ではこの射撃管制システムを含めて全システムは主機関始動の時点ですべて起動し点検しておきます。さてこのシステムの要は、いくつかの外部環境センサーとそれを統合分析するマイクロコンピューター、加えてミリ単位で砲口の方位を制御する砲安定化装置を含めたメカトロニクスといえるでしょう。射撃管制装置に投入されるデーターはまず距離があります。これは光学的にもある程度の距離は測定できますが、最終的には発射直前にレーザー測距します。そのハンドルの右側にボタンがあると思いますがそれを押して見てください。」ちょうど一差し指のあたるところにプッシュ式のボタンがあった。おすとピーという電子音がして、スコープ内に測距とうい文字が浮かび上がると同時にその下に4桁の数字がでた。1345。」「こちらのスコープにも表示されます。1345とは1345メートルということです。レーザー測距のため実際はセンチメートル単位まで簡単に表示できますが、射撃管制データーとしてはメートルで十分です。実際の運用の話になって恐縮ですが、測距は射撃直前に行います。とういのは、現代の最新型のタンクは照準されていることを知るためにレーザー受信機を砲塔上部に装着しています。この瞬間に敵はねらわれていることを察知し、通常は発煙弾を撃ち出しながら回避行動をとります。90の射撃コンピューターと砲駆動装置はわずか0.8秒で弾道計算を再度おこない、それにともなって照準を自動調整し、砲口をそれに合わせます。あらかじめおおよその距離を光学的にはかっているため、砲口の再調整角度は0.1度以下です。射手は測距と同時にトリガーを引き対戦車砲弾を発射します。」私はスコープをのぞきながらなんどかレーザー照射ボタンを押してみた。当然のことながら何度再計測しても数字は1345を表示した。「質問ですが、これは静止している目標ですから簡単に距離が計測できますが、移動している目標はどのように照準し、距離をはかるのでしょうか」教官は苦笑いしながら「あなたはなかなかするどいですね。そのしくみについては後々説明していきます。まず順をおってやっていきましょう。まだ初日ですから」私は赤面しながら、うなずいた。この日は砲弾の発射まではいたらなかったが、そのほかの横風センサーや砲弾の発射薬の種類、砲身の使用時間等による弾道補正のしくみについて詳しく説明をうけた。日が登り凍てついた地面の氷が少しゆるみ始めた。昼になりいったん休憩となった。「なかなか実際に操作してみないとわからないことがたくさんありますね。やはりマニュアルの知識には限界があることがよくわかりました。」「そのとおりです。タンクの整備とういことだけであれば技術書を精読すればなんとか対応できるでしょうが、実際にタンクをテスト操作するとういことになると、すべてを有機的に関連づけて再認識しなければなりません。断片的な知識の寄せ集めではだめだということです。これが実際の戦闘機動となるとあらゆる状況下での何ヶ月もの厳しい訓練をしなければ、到底戦場で1日たりとも生き残れることはできないでしょう。」私は急に厳しくなった彼の表情を読み取りながら質問を続けた。「戦況のほうはどうなんでしょうか」私のかねてから一番たずねたいことがらだった。一瞬彼の顔が曇ったがすぐにもとにもどった。「軍事上の機密事項にふれることは申し上げられませんが、私の知っている範囲内ならお答えできます。基本的に指揮通信系統が大きなダメージを受けているため、国内全土の状況は十分には把握できていないのが実情です。おそらくここの司令部も似たような状況だと思います。ただ、中国、瀬戸内地域についてはその方面からの戦場から要修理の兵器とともに多くの兵士が補給、休息のためやってきているためそれらの士官からある程度の情報が得られます。それによると、かなり苦戦をしいられているようです。敵は中国、北朝鮮、ロシアの連合国です。韓国はすでに全土を制圧されているようです。我々は北朝鮮の軍事的驚異に対してはあらゆるシナリオを書いて対応の準備はすすめてきましたが、大国ロシア、それに中国を仮装敵国としては想定していませんでした。冷戦終結後それら大国の驚異はとりのぞかれたと政府が判断していたためです。「中国も参戦しているのですか」「外交的には中立の姿勢ですが、中国海軍は我々の海上補給路たるシーレーンを遮断しています。中国海軍は我が国やアメリカ軍ほどの大型海軍をもってはいませんでしたが、近年その増強に力を入れてきていました。すでに日本海で作戦行動を展開していた第4艦隊と第7艦隊は制空権を失っていることにともない、太平洋上へと南下していました。そこへ中国海軍が大艦隊を派遣して、海自の艦船とにらみあいが続いているとのことです。いずれ中国との戦端も開かれるでしょう。後はロシアがどうでるかです。今のところ、大規模の北に対する武器や物資の援助にとどめていますが、すでに戦闘機や爆撃機はロシアのパイロットが戦闘に加わっているとの情報もはいっています。ウラジオストックに係留されてあった数隻の原潜はすでに出航済みです。我々は超大国2国との直接対決をせまられる瀬戸際にいるといえます。」私は意外にも多くのことを語ってくれた彼に感謝しながら、想像以上の国家存亡の危機に貧していることを実感した。初日はあっという間に終わってしまった。時間がものすごく早く経過したような気がした。人が集中をすれば相当のことがこなせるものだと我ながら関心した。つい数週間前までは兵器についての知識は単なる趣味人程度しかなかった自分が、今や陸自の最新鋭の戦車の主砲を操作しようとしているのである。もちろん以前からマニア的な興味があり、その方面の関心がかなり強かったことも、短期間での技術習得能力を高めた一因となってはいるのだろう。あらためてこの最近のできごとを振り返ってみると、平和な時の自分の生活がいかに平凡であったかということがわかった。しかし、本当はそれが一番なのである。大きくかわらない日常が将来への展望をひらかせ、計画的な人生を人々に歩ませてくれるのである。今のようなこの先いったいどうなるのかわからない戦乱という世の中ではそのような日常的な幸せや将来構想などは描けないのである。翌日はまた引き続き、停止した状態での射撃方法について学んでいった。教官はとても丁寧に教えてくれた。まるでこれから90タンクの戦車要員を育成するかのように。実際は単なるテスト要員を養成すればいいだけなのだが、なんとなくそのいきをこえているようにも感じた。休憩のときにふと彼に尋ねてみた。彼は私より少なくとも10歳は年上に見えた。「斉藤さんはもともとこの整備課にいらっしゃったんですか。なんとなく、ほかの同じ整備課の人たちと雰囲気が違っているような気がした者ですから」彼は一瞬沈黙ののち「いえ、私はもともとは第7師団に所属していた戦車中隊を指揮していました。その前は、つまり戦争前は富士の演習場で戦車教導隊で各地の戦車乗員を訓練していました。今回の戦争で急遽実戦の戦闘指揮をまかされ、北海道から緊急空輸された20両の精鋭部隊を率いて、初戦を戦いました。彼らは本当によく戦いました。すべて私が悪いのです。彼はなぜかそこから声を詰まらせて話しがとぎれた。私はなにかまずいことでも聞いてしまったのかと思い言った「すみません。出過ぎたことを尋ねてしまって」彼は一呼吸おいて話しを続けた「いえ、これは事実ですし、やはり私のこころの整理のためにもやはりだれかにお話したほうがいいかもしれません。私の指揮していた戦車中隊はきわめて無謀な作戦に投入されました。私はそのことを上官にもっと強く進言するべきだったのです。しかし旧軍の気風がそこここと残り続けている陸自ではどうしてもそれが許される雰囲気ではありませんでした。以前として精神論が根強く残っているのです。もともとタンクは単独で作戦を遂行することはありません。確かに優れた攻撃力と進撃力それに防御力をもっているタンクですが、やはり弱点をもっています。ひとつは前面や側面装甲は非常に堅牢ですが、上部装甲、特にエンジン収容スペースである後部上面は排気パネルで覆われているだけで、非常に装甲が薄くなっています。そのため空からの攻撃には非常のもろいのです。また最近の歩兵の対戦車戦闘用の兵器は非常に進歩していおり、実際我が国の国産の対戦車ロケット弾は90の側面装甲を貫通するのです。盾と矛の関係でいうならば今は矛のほうがまさっているわけです。そういった弱点をもちながらも諸課と連携をすればやはりタンクは電撃的な地上での侵攻能力を有しています。しかし私の命ぜられた作戦はそれを無視していました。精鋭の部下たちはよくがんばってくれました。」彼はそこで目をつむって上を向いた。そしてまた正面をしっかりとみすえて話を続けた。私は静かに聞いた。「情報部は九州北部の海岸にロシア海軍の戦闘艦により北の上陸部隊が強襲上陸することを突き止めました。そこはなだらかな約5キロにわたる海浜地帯で、上陸してからもなだらかな丘陵地帯となっており着上陸にはうってつけの場所でした。九州の陸自の部隊は初戦での空からの奇襲による空爆で大打撃を受けていました。立て直しもままならない状態であったため、歩兵の支援を得る状況ではありませんでした。本来、機甲部隊は歩兵と連携しながら敵の対戦車部隊を駆逐して進撃するのが常道なのです。それを無視したところに第1のミスがありました。すでに日本海上で展開している多数の艦艇を偵察機や衛星が確認していました。ロシアの水上艦や原潜により、日本海の西側はその制海権を失っていました。明日にでも強襲上陸がおこなわれてもおかしくない状況でした。つまり我々には判断する時間も準備するもなかったのです。KCー135輸送機をかき集め50トン近いタンクを1台づつピストン輸送で九州北部の定められたポイントに緊急空輸していきました。我々乗員は北海道から同じく空自の輸送ジェットで一足先に現地のポイントに送り届けられました。部隊の構成としては派遣された機甲部隊の強い要請から、戦闘兵員輸送車との組み合わせによるユニットでの編成となりましたが、そのほかの普通科の歩兵の支援や、陸自の対戦車ヘリや空自の空からの戦闘航空支援はいっさいありませんでした。われわれは作戦そのものに非常に強い不信感をいだきましたが、敵が着上陸を敢行し、海岸一帯にきょうとうほを築きあげる前にこれを粉砕する必要がるということは十分認識しておりましたので、現況の全体を知らない我々としてははこれが緊急に投入できる打撃部隊の限界であるというふうに心の中では理解していました。しかし後々にわかったところでは、陸自内部での北海道の師団と九州の師団との司令部同士の連携不足が九州北部に展開している普通科連隊が投入されなかった理由であり、空自の航空支援がなかったのも単なる陸自の幕僚側のめんつだったらしいのです。そんなことは知らない我々は必死の覚悟で装備が整い次第、部隊を緊急展開させました。」彼はここでひといき入れ、胸のポケットからたばこをとりだし、火をつけた。私はだまってそれを見つめ、話の先をまった。「燃料や弾薬の補給もいっさい計画されていませんでした。90も87式戦闘兵員輸送車もそれぞれ燃料を満タンにし、3方向から集結ポイントにむかって進撃しました。航続距離がぎりぎりのため発見されにくい曲がりくねった林道や偽装進路をとることはできず、まっすぐ一直線に進撃しました。すでにこの時点で、敵の事前展開していたおそらく特殊部隊の偵察要員に発見されていたのでしょう。3個小隊のうち、1個小隊が少数の特殊部隊要員のアンブシュにより打撃をうけ足止めをくらいました。このとき司令部から着上陸が開始されたことを知らされた我々は体制を立て直す余裕もなく作戦を続行しました。しかし、実際は本体の上陸前に上陸ポイントの守備隊を駆逐するための強襲揚陸艦2隻が揚陸を開始したというのが実態で、まさにこの部隊は我々を殲滅するために確実に部隊を戦略的要所に展開させていきました。空自は初戦で航空支援用の航空機を地上の格納庫内で多くを失い、虎の子の航空機を温存するため、本隊の上陸が行われるまで対地攻撃を差し控えていました。つまりここは陸自に完全にまかせてしまったのです。軍隊は陸海空が一帯となって連携してこそ進撃にも防備にも最大の力を発揮するのです。現代戦はエアランドバトルが進撃の大原則になっています。防備側も当然諸兵科を統合してこれに対しなければ防ぎきれないのは分かり切った道理です。実戦を大戦後一度も経験していなかった軍隊の欠点のひとつが露呈したといえるでしょう。残りの2小隊はそのような情報はいっさい知らされず、この時点で少なくとも航空支援はあるものと判断しました。また本体が上陸を開始した直後がもっとも敵にとっては脆弱な時期なので、このタイミングを逃すまいと私は進撃をあせりました。」彼は目をつぶり上を向いた。私はみじろぎもせず聞き入っていた。「通常は機甲の役目は敵が上陸ご部隊編成を完了し、部隊侵攻を開始した地点で、地理に詳しい守備側の利点を利用して、進撃ポイントに先回りをして待ち伏せをかけて進撃を阻止するというのが基本的な戦術でした。しかし今回の戦闘はまったくそれとはかけはなれたものでした。私はそのことを十分認識していましたし、非常に危険な作戦だということもわかていましたが、この侵攻の初期段階をくじきたいという使命感が先にたち冷静な判断力を失っていたのかもしれません。私は無謀としりつつ、部隊を上陸ポイントの丘陵地帯の高台に横一線に展開させ、戦車砲で海岸線で揚陸作業中の艦船を砲撃するという大胆な作戦をとりました。これはこの時点で司令部より敵の航空部隊の侵攻は確認できておらず、その可能性も極めて低いという情報を信頼したことも大きな要因でした。しかし、それはまったくの誤りでした。偵察機も飛ばせず、艦船も展開できず、海岸沿いの防空レーダーもほとんど壊滅状態の中で唯一衛星による情報がたよりでしたが、それも指揮通信系統の混乱で5時間も6時間も前の情報がやっと戦闘の現場に流れるといった状態だったため、実際にはロシアの供給している強襲揚陸艦が沖合まで接近しており、その甲板より対地攻撃ヘリの群れが離陸しいた事実が現場には届かなかったのです。事態は急速に破滅への階段を下り始めました。我々は燃料を気にしながら、砲撃ポイントに向かって進撃しました。速度をあげるにつれてタンクは燃料を急速に消費します。帰りの燃料はおそらくないと考えられました。それまでに後続部隊が増援にくるという計画でしたが、さすがに私は司令部に進言し、後退せざる終えない場合もあるので帰りの燃料を航空機により定められたポイントに投下しておいてもらうよう強くもとめました。これが私の下した判断で唯一救いとなる判断でした。途中パラシュートにより投下されていた燃料缶を確認し、ここを緊急撤退時の集結ポイントに定めました。先に帰投したものが燃料を補給し、後続車両のために円陣防御態勢を敷くことを確認しあいました。」私は腕を組んで目をつぶって聞き入た。「燃料が残りわずかというところで、海岸線を望める高台へとでました。私は戦闘装甲車に乗車している普通化小隊に下車して、海岸線を偵察するよう命じました。この時点でもし敵が着上陸を開始しているとすれば、通常は激しい艦砲射撃と空爆の波状攻撃があるはずなので、私は敵は上陸ポイントに守備隊がいないことを確認したうえで奇襲上陸を敢行していると判断しました。そしておそらく偵察部隊は海岸線に展開している揚陸作業中の艦船の群れを報告してくるに違いないと思っていました。そのときは弾薬がつきるまで砲撃し揚陸物資を破壊すると同時に後方に展開を完了しているはずの野戦特化部隊の野砲に対して正確な砲撃座標を指示し、着弾観測部隊の役目をぎりぎりまでここにとどまって果たそうと考えていました。ところが偵察部隊からの第1報は意外なものでした。強襲揚陸艦が2隻離礁しようとしているところであり、海岸線の砂浜には履帯の後が多数確認され、少なくとも1個小隊の機甲部隊が上陸を完了し、近くに展開している可能性があるとの報告でした。しかも、水平線近くには多数の大小の艦影が確認できるとのこと。私はここではじめて我々の行動がすべて見通されており、今まさに待ち伏せの危険があることを知りました。私は第3小隊との連絡が途絶した時点で、このことを推測すべきだったことを深く悔いました。私はすぐに偵察要員に対して帰投するよう命じ、停車中の各車両に対して下車要員が帰投するまで円陣防御をはり、即応体制を整えるよう命令しました。そのときでした。ディーゼルエンジンを吹かしながら急速後退をして防御態勢に入っていいた90のうちの1両が火を噴いて爆発炎上したのです。私は唇をかみしめました。遅かったかと。」彼はそれからまるでその戦場に再びもどたかのように、なにかにとりつかれたように堰を切って語り始めた。私の頭の中にその時の光景がリアルに浮かび上がった。
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