第6話 突破
片膝をついて一呼吸おき、全速力で左前方にある小高い丘の岩陰に駆けだした。足下の地面が銃声とともにはじけ飛んだ。片手で続けざまに3発、銃声の方向にむかって撃った。しかし銃撃はひるむことなく続いた。おもいっきり前方にダイブした。岩に銃弾があたり、小石が砕け散った。急いで立ち上がり、息もつかずにそこから一気に崖下を走り抜けこの丘の頂上を目指した。たどりついた上には遮蔽物はなかったが、四方が良く見渡せた。射界はこちらのほうがひらけ、有利だった。しかしもう逃げ場所はなくなった。さすがにやつらはとまどった。突然ひとりの男が立ち上がり銃を連射しながらこちらに向かって突進してきた。私はねらいを定めたまま男を引きつけた。25メートル、20メートル、15メートル、やつの撃ちまくる弾幕が一瞬やんだ。やつがあわてて弾倉を交換しようとした。その一瞬をついた。3連射したが、一発も当たらなかった。焦った。やつは弾倉を交換しおえ、銃を構えようとした。私は続けて連射した。1発2発そして3発目を打った時、やつの頭の付近からなにかが飛び散った。男はがくっと膝をおり、まるで木偶人形のように前方に倒れ伏しそのまま動かなくなった。後ろにひそんでいる連中の姿が急に見えなくなった。仲間の悲惨な死に様を目の前にしておそれをなしたのか。しかしそれは考えにくいことだった。きっとなにかをたくらんでいるに違いない。私は再び気を引き締めて銃を構え、周囲を警戒した。もう逃げ場はない。しかし位置としてはこちらの方が絶対的に有利である。つかの間の静寂だった。再びマシンガンの連射がはじまった。ひきつけて撃つしかない。カートリッジはあと残り1本。拳銃内の弾丸も残りわずかだった。硝煙があがっている方向に照準をさだめ、出てくるのを待った。おや。私は自分の目を疑った。一人の男が片膝をついて上半身をおこしたのである。まるでどうぞ撃ってくださいといわんばかりに。私はとまどった。がその男が右手にもった銃をこちらに向けて構えたとき、我に返りやつの胸をねらって3連射した。「バンバンバン」命中した感触はあった。ところがやつは倒れる様子もなく、今度は前進を始めた。私は両肘を地面にしっかり固定し、一発一発照準を調整しながらさらに3連射した。やつはびくともしなかった。私はあせった。そのときあることに気づいた。やつの全面の胸のあたりになにやらしろい斑点が2つ3つついているのに気づいた。私はよく目をこらした。太陽が頭上からするどいひざしを照りつけていた。そのときビッカとやつの正面が光った。さらにまたピッカと光った。やっとわかった。やつは盾をもっていたのだ。しかも透明なガラス状の立てを。そうか。私が車の発電機の残骸を利用したように、やつらは防弾ガラスの残骸を見つけていたのだ。再び連射がはじまった。ねらいは次第に正確性を増してきた。私は弾倉を引き抜き残りの弾丸数を確認した。6発。下のほうから奇声があがり始めた。一人二人。金属の板きれを片手でかざし、右手には斧やナイフをもった多数の男たちが顔をのぞかせ、ぞろぞろとまるでゾンビのように斜面をはいながらこちらに近づき始めた。私は片手で腰のナイフを確認した。考えられる最後の手段を試す時がきた。ナイフでやつらの何人かをたおし、この斜面をかけくだり包囲網を突破するしかなかった。そのためには銃を持っているこの正面の男をかたづけなければ。不思議に冷静だった。しかし突破出来る可能性はほとんどないことはうすうす感じていた。妻や子供の顔が頭をよぎった。今までの楽しかった生活が頭の中を駆けめぐった。「ありがとう 妻よ。元気で育て息子よ」ここまでの逃避行が遙か昔のできごとだったように感じた。時間の感覚が狂い、すべてがスローモーションのように動いていった。私は立ち上がり、両手で銃をしっかりと顔の前でかまえ、ゆっくりと歩き始めた。おどろいたやつの顔が目に入った。やつは銃をこちらにむけ構えた。しかし弾丸は発射されなかった。私は引き金を引いた。1発2発3発。防弾ガラスのたてが白く曇った。あわてて弾倉を交換するやつのおびえた目が見えた。4発5発。さらにゆっくりと近づきながら私は撃ち続けた。ガラスの破片がくだけ飛び散り始めた。後残り2発。私はためらいもせず残りの弾丸を撃ちはなった。ガシャンという音とともに防弾ガラスの盾はその中央部分が砕け散った。その背後には苦悶と恐怖と苦痛の表情で醜くゆがんだやつの顔があった。赤く血ぬられたその顔はゆっくりとスローモーションのように後ろにたおれ、視界から消えていった。私は拳銃を後ろのゾンビたちになげつけ、腰のコンバットナイフをぬき構えた。体中にアドアレナリンが吹き出し、全身が足の先から頭の先まで烈火のごとく燃え上がった。今にも体中の血管という血管が破裂し、蒸気となって真っ赤な血しぶきが噴き出しそうだった。無意識のうちに獣のような叫び声を上げていた。その声と姿に一瞬やつらはたじろぎ、後ずさりした。私は仁王立ちになりそこに立ちつくした。やつらの中でひときわでかい若い男が前に出てきた。手にはやはり、大型の登山ナイフのようなものを逆手に持っていた。どちらからともなくかけだした。私が走っているのか、やつが近づいているのか、すべてが現実離れした感覚に全身を覆われながら、正面のやつの姿だけが急速に大きくなっていた。やつも叫んでいた。人間の顔をした獣だった。やるかやられるか。たちどまることはもはやできない。背を向けて逃げればそれまで。怒濤のように残りのやつらが追いかけてくるだろう。やつが右手のナイフを大きくかざし、飛びかかってきた。ナイフをもった右手を大きくひろげ、やつの左方向にダイブしながら、やつの腹部をめがけてナイフを振り下ろした。次の瞬間右手に激痛がはしった。単なる獣ではなかった。おそらく格闘技の経験があるのだろう。すばやい右の回し蹴りでいとも簡単に私のナイフは蹴り落とされてしまった。私は地面に倒れ込みながら、第2劇が私の背中に容赦なく振り下ろされるだろうと感じつつも、もはやそれを回避できる体制にはなかった。かろうじて体をひねり、むなしい防御の態勢にはいった。青い空と白い雲が見えた。その真ん中からきらりと光るするどい切っ先がみえた。次の瞬間「バンーン」
おおきな銃声音がした。空は依然として青く、雲は輝くように白かった。どさっという鈍い音とともにすぐ私の右脇になにかが倒れ込んだ。つづいて「バーンバーン」とひときわ大きな銃声が山々に鳴り響いた。怒鳴り声と銃声がその後しばらく交錯したあと、突然静けさが戻った。かたわらに近づく足音が聞こえてきた。今度こそはもうだめだと思った。ふくろだたきにされ、なぶり殺しにされるのか。いっそナイフで心臓を一刺しされたほうがましだと思った。私は叫びながら、立ち上がった。と、そのときだった。懐かしい声が聞こえた。それはずっとずっと昔に聞いたことがある気がした。「賢一君だいじょうぶか」薄目をあけて声のする方向を見つめた。義父だった。続いて遠くから女性の声が聞こえてきた。最初はなにを言っているのかよく聞き取れなかったが、次第にその声は近づき、やがてはっきりした。妻が私を呼ぶ叫び声だった。「あなた。あなた。・・・」泣きながら妻を私に抱きついてきた。「危ないところだった。もう少し遅れていれば、取り返しのつかないことになるところだった」私は極度の緊張のため気を失った。気がつくと畳の上に敷かれた布団の上だった。後で義父に聞いたところによると、昨夜の激しい爆発音と閃光に村の自警団が偵察に繰り出したらしい。それを率いる義父が10キロほど山に入ったところで、子どもを背負い片足を引きずりながら歩いている妻と偶然にであい、その後は妻の後に従い、急いで現場まで走ったとのことだった。暖かい日差しが障子から木漏れ日のようにたたみのうえに降り注いでいた。私は再びまどろみの世界へと誘われていった。しばらくゆっくり休もうと思った。
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