第130話 急性大動脈解離8

 数百名からなる騎士団の大隊が救援に駆けつけた時に、レグスたちは魔物の攻撃をなんとかしのぎ続けていた所だったという。ベルホルトに向けて執拗に攻撃を繰り返していたのをレグスが剣ではじき返すというのが続いていたそうだ。傷はベルホルトが回復ヒールで治す。しかし、体力の方が持つかどうかが分からなかった。


 さすがに数百名からなる騎士団の大隊を相手に魔物は引いた。追うこともできずにレグスたちを収容して、まっすぐに町に帰ってきたとカレラは語る。


「報告は分かったから、警備任務にもどったら?」

「いえ、警備任務は魔法隊の中でも出動しなかった者たちの役目で、私たちは休息をかねて関係各所への連絡および町の中の安全確認を仰せつかっております。私どもはこの診療所の警護を……」


 陣頭指揮はジェラール=レニアン次期領主が行うことになったという。ということはユグドラシル領騎士団は本気だという事だった。さっそく、スコルの魔法隊も駆り出されている。


「診療所の警護ね。ちょうどよかった。僕とレナは出てくるから、ローガンたちを頼んだよ」

「あっ、シュージ殿!」


 これからその魔物の対策をするという事で冒険者ギルドへ行くところだったのだ。すでにベルホルトとレグスはヴェールを連れてそちらへ行っている。彼らには僕が持っていた魔力回復用のローガンの父親特製である世界樹の雫を渡してある。

 カレラを置き去りにして僕はレナとギルドへと向かった。すでに中では作戦会議のようなものが始められていた。僕らは促されるままにギルドマスタールームへと入る。

 すでに会議は始まっていた。ギルド側からはロンさんとジャック、他にはアレンとノイマン、騎士団からオータム=ダン団長と護衛が数人、それにレグスとベルホルトとヴェールが参加しているようだった。すでに椅子が足りておらず、ノイマンやアレンは立っていたので僕とレナもその近くに行く。


「やつの目的というのを予想しなければならないんだ」

「目的?」

「おそらくは、この町にある。というよりもかつての仲間のところに行こうとしているのではないかと俺は考えている」


 僕らが部屋に入ったと同時にベルホルトがそう言うところだった。


「つまり、やつの目的はヴェールだ」


 ベルホルトはヴェールの方をちらっと見た。集まった面々は、それを否定もできずにいる。

 ロンさんが続きを促した。


「一番最初に遭遇した時、やつはほとんど暴走状態だった。俺たちも目的はコクとセキだったためにやつを回避する方向で動いていたんだ。しかし、今のやつは暴走しているようには見えない。つまりは何かの目的のために動いていて、それはずっとこの町を目指している」

「他にやつの目的がある可能性は?」

「それは確かに否定できない。しかし、コクやセキと関係しているであろう魔物と接点があるのはヴェールしかいないのではないか?」

「…………」


 説得力がないわけではなかった。しかし、確実性にかけると、ロンさんは言う。


「とは言っても、その魔物がこの町を目指しているというのは間違いなさそうだ。しかも、すぐそこにまで来ていると」

「今まで、やつは夜間に動いている形跡はなかった。おそらくは明日の朝に来るのかもしれない。しかし、夜間の警戒を怠るわけにもいかない」

「はぁ、つまりは何も分かっていないというわけだな」


 ベルホルトの説明に今度はジャックが答える。レグスはずっと無言のままだし、目的と言われたヴェールはなにやら考え込んだ表情をしていた。


「失礼します。王宮魔術師のロンドル様が来られました」


 ギルドマスタールームの入り口が開き、シルクが入ってきた。王宮魔術師って誰だ? と、僕が思っていると後ろから本当に知らない初老の男が入ってくる。魔術師らしい灰色のローブを着ていた。


「失礼。アルカ様への連絡があったために寄らせてもらったが、大変な事になっているようだな。先ほど診療所へも寄らせてもらった」

「ロンドル殿、申し訳ない」


 レグスが立ち上がって応対した。その後にシルクが追加の椅子を持ってくる。僕らには相変わらずないから立ったままだけど。


「いや、それよりも君らに伝えなければならない情報があってな。それにこの町のギルド関係者にも伝えていた方がよいと思い、不躾ではあったが」

「いえ、お気になさらず。私はこのユグドラシル冒険者ギルドのマスターであるロンと言います。それで、その情報というのは?」

「王宮魔術師のロンドルと申す。情報というのは……」


 ロンドルが語ったのはセキについてだった。

 レグスたちが最初に例の魔物と遭遇した場所、そこで一人の死体が見つかったという。当初は焼けていたために特徴などはわかりにくかったが、どうにもそれがセキではないかという事だった。着ていた服の残りや、身体的特徴などが合致するという。


「あの魔物……王宮ではあれを竜人ドラゴニュートと呼ぶことにしたのだが、竜人ドラゴニュートに焼き殺されたのではないかという調査結果だった。普通の炎の魔法ではあそこまで高温にはならんとか。調査人は殺されてから焼かれたかもしれんとか言うていたが、まあそんな些細な事はどうでもよい」

「では、残っているのはコクだけということか」

「うむ。コクが使役するのは竜の魔物が主体であることもあり、あの魔物の近くにはコクがいると考えるのが妥当だというのが王宮の見解だ」

「つまりは、コクがこのユグドラシルの町を狙っていると」


 会議に参加したほとんどの視線がヴェールに集まる。ヴェールならば、コクの目的も推察できるだろうという意味だ。


「そうね。あの人なら、裏切った私に復讐したいと思うかもね。でも、自暴自棄になるような性格じゃあないと思っていたけど」


 顔を上げたヴェールはそう言った。僕ではその心の奥までは推察できそうにもない。ただ、彼女が悲しんでいるというのだけは分かった。


「他にも、ユグドラシル領そのものに復讐したいと考えているかもしれないんじゃないか? 王都襲撃はジェラール様の軍が阻止したんだろ?」

「ジャック。その軍の他にも俺たちがいたんだ。特にレグスはハクとリッチを討ち取っている。しかし、当初は俺たちにあまり興味がなかった」

「よし、そこまでだ。この際コクの目的はどうでもよい。大事なのはこの町にある何かが狙われているという事だろう」


 ジャックとベルホルトが意見を交わすのをロンさんが止める。たしかに目的がどうという段階は過ぎているかもしれない。それよりどう警戒していくかを話し合わなければならなかった。


「では、一つよいか?」


 騎士団を代表して、ここにはオータム=ダン団長が参加している。彼はこう言った。


「騎士団は勇者殿の救出という名目があって初めて町の外に出ることはできたが、町を守るのが本来の目的である。基本的には城壁の付近を守るというのでよいか? 町の外に関しては冒険者たちに頼ることとしたい」

「ええ、それでよいでしょう。しかし、その竜人ドラゴニュートが西の森に潜んでいるというこの状況で冒険者を外に出すつもりはありません」

「ならば、騎士団は大発生スタンピードの時のように警戒を強くして防衛に働く。人手が必要な作戦があれば随時人員を貸そう」

「ありがとうございます」


 ロンさんとオータム騎士団長の間で細かい取り決めが行われるが、この町の騎士団と冒険者ギルドはトップ同士が仲が良いこともあって連携が取りやすい。


「勇者パーティーもけが人がでており、復帰が難しいものもいる。こちらから索敵に動くというのはもう難しいだろう。特にすでに夕方にさしかかっているし、今晩は防御に徹するしかないんじゃないか? そちらはどう考えているんだ?」

「ああ……」


 さっきまでベルホルトが前面に出て討論していたが、答えようとしていたベルホルトを押さえてレグスが立った。


「ジャックの言うとおり、今晩は動けない。明日の朝も、あちらからやってくる可能性を考えれば動くのは得策ではないと考えている」

「ならば、冒険者ギルドは西門付近を中心に騎士団と一緒に警戒任務に着く低ランク冒険者と、何かあればすぐに動けるようにして体を休める高ランクとに分けよう。つまりはお前らはもう休めと言いたいわけなんだが」

「ああ、分かった。感謝する」

「寝る前に酒場で飯を食っていけ。ユグドラシルチキンのローストを頼むのを忘れるなよ。ついでに高い酒でも開けてギルドに貢献してくれ」


 会議は半ば強制的に終了した。王宮魔術師のロンドルはこのままユグドラシルの町にとどまって助力するようにと王から言われていると言い、何かあった時にアルカ=スティングレイを逃がすための転移テレポート分の魔力を残しておくが、できる事は手伝うと言ってくれた。


「さあ、先生もよろしく頼むぜ。といっても先生に何かを頼むような状況にはなって欲しくないけどな」



 部屋を出るときにジャックに言われた言葉は僕を不安にさせた。今晩はあまり眠れそうにない。

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