第129話 急性大動脈解離7
「ベルホルトに感謝してくれ。これ以上
シュトレインがアルカを担いで診療所に駆け込んできた時はかなり驚いた。西の森で例の魔物と遭遇して奇襲を受けたのだそうだ。報せを受けて騎士団が勇者の救助に大隊を率いて出て行ったという。
アルカは脳震盪だけだったので、
「なんてこったい……いや、幸運だったってことか?」
「治すためには皮膚に細かい傷をつけて指とか腕の関節を曲げ伸ばしながらゆっくり治していくしかない。それでも見た目はかなり悪くなるけど」
「剣が握れるならば、見た目はどうでもいい」
「いくら魔法があるとしても一ヶ月くらいかけて治していく必要があるよ」
「それじゃあ、あの魔物との戦いに加勢することはもうできそうにもねえな。……仕方ねえ、よろしく頼む」
「わかった。早速だけど、すでに固まり始めているところがあるから、手術を行うよ。ローガン、世界樹の雫を持ってきて。レナは
シュトレインは覚悟を決めたのか、それ以降はアルカの顔をずっと見つめていた。残してきたレグスとベルホルトが心配なのだろう。手術が始まるまで、しきりに騎士団からの報せはないかと聞いていた。
「お願いします」
「よろしくお願いします」
「ローガン、僕が滅菌した墨で印をつける。その通りに切っていくんだ」
「先生、俺がやるのかよ」
「そうだよ。皮膚を切るだけだ。誰でもできる。問題はどこを切るかであって、それはまだ任せられないね。もしかしたらレグスやベルホルトが担ぎ込まれるかもしれないんだ。時間はかけられないから急いでやるよ」
僕は次々とシュトレインの腕に墨で印をつけていく。つけた所をローガンが切り、きちんと関節が曲がるのを確かめてから、しっかり伸ばした状態に戻して
「筋肉が火傷をおっている部分もある。それでなくてもかなりの高温でやられたのか炭化してしまっている部分もありそうだ」
シュトレインは腕をろくに使えない状態で走ってきた。ベルホルトの高出力の
「よし、今回はこのくらいだ」
ある程度の治療が終わったところで、手術を終了する。綺麗に洗い直して包帯を巻いた。起きたらリハビリが待っている。おそらくはかなりの激痛が残っているか、もしくは神経がやられてしまって感覚がないのどちらかだ。どちらもシュトレインにとってはつらい事になるだろうが、もう一度剣を握るためには必要な事だった。
手術が終わってから、数十分して、騎士団たちが西門に戻ってきた。
***
「ベルホルトがいなければやられていた」
「それを言うならば、俺もレグスがいなければやられていたぞ」
両名ともボロボロである。しかし、あちこちにあったであろう裂傷や火傷はすでにベルホルトの高出力の
「アルカは問題ない。そのうち目を覚ますよ。シュトレインの腕は時間はかかるし見た目は悪くなるけど、剣は握れるようになる」
病室で寝ている二人を見て、レグスもベルホルトも心配しかないようだった。簡単に説明すると二人ともにほっとした顔をする。
「助かった。本当に感謝する、シュージ」
「ベルホルトは本当に変わったね」
「自覚はある。そして変えたのはシュージだからな」
最初会った時は本当にいけすかないと思うような男だった。会う前から印象が悪かったというのもあるけど、本当にここに来てから変わった。何がここまでベルホルトを変えたのだろうかとも思う。
「俺たちは慢心していたんだ。今まであいつは俺たちと本気で戦っていなかった。他に目的があるんだろう。つまりは相手をされていなかったってことだ」
「勇者のパーティーが相手されないって……」
「それだ。俺たちは勇者が率いる最強のパーティーだと自負していた。だから、そんな可能性は考えもしなかった」
そこで、今まで何も言わなかったレグスが口を開いた。
「たしかに……な」
「全力でぶつかり合えばこちらが勝つ。俺たちはそんな風にしか考えていなかった」
「いや、ベルホルト。お前はそうじゃなかったじゃないか」
「ここに来るまではそうだった。だが、ここでシュージの医療を見て、俺は
「ベルホルト……」
やけにハイテンションのベルホルトが叫ぶように言った。その内容はベルホルトだけではなく、レグスたちにも当てはまると言うかのように。
「レグス、まずは敗北を認めよう。そして、次の勝利につなげるために何をすればいいのか、考えるんだ」
「ああ、そうだな」
「落ち込んでいる暇はない。幸い、けが人はシュージがなんとかしてくれたんだ。まだ、やり直せる」
最初の印象の悪かったベルホルトが、ここまで言うなんて。僕は当初の感情を忘れて、彼らを応援しようと思った。
うなずく僕を見て、レグスもベルホルトも顔が紅潮している。
「それはいいけど、具体的にはどうすんのよ?」
そこで僕の後ろにいたレナが言った。男三人で盛り上がっていたところに、冷静な意見を言ってくれる。たしかに、具体的に何をすればいいのかは分からないのは事実だ。
「と、とりあえずは助けが欲しい。レナはもちろん、ノイマンのパーティーも手伝ってくれるとありがたい」
ベルホルトはレナの視線をうけてたじろぎながらもそう言った。
***
「厄介……ダナ」
コクはすでに冷静さを取り戻していた。
最近は冒険者のパーティーが狙ってくることが度々あった。その中でもかなり強い奴らがいる。とどめを刺すには時間がかかりそうだったために、当初はあしらって逃げていたが、何度も襲撃されるとさすがに息の根を止めたくなる。しかし、今回も失敗した。まあ、それでも別に構わない。目的は違う。
もはや当初の目的を遂行するというのは難しい。どれだけ自分が強大な存在に昇華したとしても、一人ではできないことというのがあった。今はもはや竜族を従える魔法も使えない。
ただ、残るのはセイへの執着のみである。
それが何故なのかはコクには分からない。しかし、分からなくても良いと思っていた。本能というものなのだろう。そして、それがコクがこの姿になった理由なのだろうとだけ、理解していた。
セイがいるのはユグドラシルの町であるというのは検討がついていた。以前から、あの町に執着していたのだ。あそこにはセイを狂わせた何かがあった。
「ソレ、カ」
自問して、答えにたどり着くことができたと思った。
自分がセイに執着し、セイは他の何かに執着した。その他の何かというのがコクには許せないのだろう。
もともとセイは兄の婚約者だった。それだけの存在だったはずだった。しかし、数えるのも難しい月日を経て、コクにとってのセイは少しずつ変わっていったのだろう。よくよく考えれば、コクは兄よりも遙かに長い時間をセイと過ごしている。
あれほどの激情を忘れることができるとは思わなかった。セイはっ自分と同じなのだと、コクは思っていた。確信していたのだ。そして、それは裏切られた。
いつしか、コクはセイのために生きていた。それを何と呼ぶのかをコクは知らないが、知らなくてもよい事だった。
「セイ……今、ユクゾ」
ユグドラシルの町が、コクの視界に入った。
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