第126話 急性大動脈解離4

 シュージたちは医学を学ぶことのできる設備を作る準備中だという。俺もそこで学ぶと言うと、シュージは数秒固まったあとにあっけらかんとこう言った。


「いや、学ぶんじゃなくてね。ベルホルトならそこで薬のことを教える立場になってもらわないと」


 一瞬意味が分からなかったが、何故かすぐに嬉しくなった。これほどシュージに認められるというのが喜びになるとは自分でも思っていなかった反面、逆に怖くもなった。俺は医者としてはやっていけないと自覚した人間だったはずだ。それが教える立場になるなどとは。なんと表現していいか分からない感情を整理しているとクソガキが何か言い出した。


「お父さんが言ってたけどよ、馬鹿ほど教えるの上手いらしいぞ」

「このクソガキが。 誰のことを言っているつもりだ?」

「さあてね」


 感動を一瞬で台無しにするクソガキの相手をしていたら、レグスたちの謝罪をいつにするのかという話をするのを忘れてしまった。宿に帰ってからその事に気付くなんて俺らしくもない。まあ、謝罪なんてものはいつだっていいだろう。あんなものはタイミングではなく、本当に謝罪する気があるかどうかが大事なだけだと、誰かが言っていた気がする。


「まあ、あの竜のような魔物を狩ってからでいいだろう。その方が落ち着いてできる」

「私はさっさと済ませておきたかったのだけども、忙しいところに押しかけても意味がないものね」

「俺は腹が減った」


 レグスもアルカも謝罪自体はする気でいるらしい。シュトレインが何も考えていないのはいつもの事だった。なんだかんだと言いながらもこのパーティーの居心地は悪くはないと思う。


「たしかに、今はあの魔物に集中しよう」

「ああ、そうだな」


 レグスは勇者の剣を磨きながらそう言う。あの剣で切れないものはないと言われているほどの装備だったが、レグスは基本的に装備には頼らない。しかし、こんどの魔物はその装備を頼りにしていると言った。

 こんな事は初めてだった。レグス=ホーネッツは勇者として歴代最強と言われるほどの戦士である。剣技はもちろん、魔法においても他者の追随を許さない。アルカ=スティングレイもかなりの魔法の使い手ではあるが、おそらくはレグスの方が上だろう。そしてそのレグスはシュトレイン以上の剣の使い手であり、死角はないはずだった。かつてはそれに加えて「神の癒し手」である俺が高回復ハイ・ヒールを唱えており、唯一無二のパーティーとよく言われたものだった。今ではなんとなく俺は高回復ハイ・ヒールと自称するのはやめてしまっている。


「明日、この地点で待ち構えようと思う。協力者を冒険者ギルドで雇って、あの魔物がいる地点を把握したい」

「ベルホルトの言う通りだ。今度こそ失敗しないためにも、最善を尽くそう」


 先日はあのような事があったが、基本的にレグスは人格もよく人の話をよく聞く。我ながら自分とは大違いだと思っている。しかし、思いこんだ時の行動力が逆効果になるという事もよくあった。総合的に見るとそれは長所であると思っているが、スコルの手術の時はそれが最も悪く作用してしまったというところだったのだ。

 本当は周りが止めてやらねばならなかったが、アルカとシュトレインはそういう人間ではない。俺も以前はそんな事には興味がなかったが、なんとなくユグドラシルにきてからは周囲との関係性というも生きていく上で必要な事だというのを学んだ。うまくできるかどうかは分からないが、できることはしようと思う。


「では、明日の朝に門のところに集合でいいな」

「じゃあ、これからギルドに依頼に行くよ。ベルホルトはこれからどうするんだ?」

「俺は用事がある。ではな」


 あのクソガキがシュージの講義を受けると言っていた。それを聞かないというのはない。隣で聞いていても良いからとミリヤやヴェールまでもが参加するという事だ。これ以上差をつけられてたまるか。俺は足早に診療所に戻ることにした。




 ***




「君らでも対応できない魔物となれば、索敵にはすくなくともAランクの冒険者を用意しなければならないというのは分かっているのか?」

「それはもちろんだとも」

「ユグドラシルの冒険者ギルドは王都とは違って、そこまでSランクやAランクが多いわけではない。この範囲をすべてカバーできるわけではないぞ」


 ギルドの受付のところでジャックに何かを言っているのはレグス=ホーネッツだった。僕は診療所の用事で冒険者ギルドに来たわけだけど、帰りたくなってきた。それに早めに帰ってローガンの講義をしなければならない。


「さらに言うとだな。この町の上位冒険者のほとんどがシュージ世話になってる状況で君らは……あ……」


 そこでジャックは冒険者ギルド内に入ってきた僕と目が合う。もうちょっと分かりにくくしてくれると嬉しかったのだけど、そのジャックの挙動だけでレグスたちは後ろに誰が来たのか予想ができたようだった。


「シュージ殿!」


 振り返ったレグスが叫ぶ。冒険者ギルド内に響くその声に反応した人たちは多い。ちなみに僕はそんな感じに目立つというのが嫌いな人種である。


「先日は誠に申し訳なかった。僕らもまさかあのような事になっているとは思いもしなかったのだが、それでも取り返しのつかない事をしてしまったことを謝りたいと思う」

「……まあ、謝罪は受け入れようと思う。これでいいかい?」

「償いをさせてくれ。何か要望があれば……」


 ジャックとの話し合いを放り出して僕の方へ駆け寄ってきたレグスはそう言う。こういった言動に謝罪の念が強いというよりも謝罪をすることで自分がスッキリするためにやっているのではないかと邪推してしまうのは、僕の昔からの悪い癖だった。


「償いなんていらない。次からは気を付けてくれ。さあ、話はこれで終わりだから通してくれると助かる」


 僕は話を打ち切って受付に向かった。まだ、謝罪の言葉を続けようとするレグスを無視して受付で報酬の受け渡しをする。診療所はこれから領主館とのやり取りになるために、残っていた補助金などの返却にきたのだ。

 僕が仕事の話を始めたのをみて、レグスたちはジャックとの話し合いを再開したようだった。


「……とりあえずその魔物に出会っても逃げ切れそうなやつを中心に声をかけてみる。すべての範囲を探すのには時間がかかるぞ」

「それでもかまわない。よろしく頼む」


 レグスたちは依頼料を支払ってギルドを出て行った。帰り際にも僕に対して頭を下げていく。後ろのアルカ=スティングレイたちまで一緒になって謝るのを視界の端に納めて、僕の方が悪いことをしているような心地の悪さを感じた。

 だが、これで謝罪も受け入れたし、ロンさんや領主にも迷惑をかけることもなくなっただろう。


「シュージも大変だな」

「大変なのはお互いさまだよ。ジャック」

「まあな、あいつらも含めてな…………」


 レグスが持ち込んだ依頼というのはかなり大変そうだ、とジャックは言った。話を聞いた感じではAランク以上、それもヴァンたちのパーティーより上の力を持っていないと任せられないらしい。


「俺とシルクとシグルドのパーティーも臨時で再結成して出なきゃならんみたいだ」

「そんなに大変そうなんだ」

「もちろん、アレン様のところにも声をかけるよ。本当はシュージとレナにもお願いしたいくらいのものなんだがな。レグスが依頼人じゃなかったらの話だが」


 そんな事を言われても僕も病院の仕事で非常に忙しい。冒険者ギルドの手伝いはできないと思う。


「そうだ、ローガンの講義を忘れてた」

 

 僕は逃げるようにギルドを後にした。だけど、レグスたちが追っていた魔物が僕たちに関わってくるとは、この時には思ってもみなかった。

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