第118話 食道癌4

「まずはしっかりと魔力を練るところからね。動きながら使おうとすると魔力が霧散することがあるから、自信がないなら足を止めて撃つこと。でも、実戦では動きながらやらないと使い物にならないわ」


 氷魔法の講義が始まった。あまりにも基本的なことから話しているような気もするけど、魔法隊の面々は真剣に聞いている。レナの雷撃サンダーボルトを実際に見たことがあるのだろう。その顔には憧れと言っていいものが映っていた。やる気は十分にあるのだろう。そのわりには頼りない。


「十分な魔力量があったとしても威力が拡散してしまっては意味がないわ。しっかりと敵を見据えて、集中できているかどうかを自覚するの」


 野営地はマグマスライムの生息域から離れているとはいえ、Bランクのロックアルマジロやフレイムドレイクなどが出現する。たまに講義が中断するような時もあるけど、その時には魔法隊の中から迎撃に出る者が決められており、他の隊員はその戦いを見守る実戦訓練へと移行させている。


「もっと、硬く冷たく圧縮するようなイメージで」

「は、はい」


 僕にはあまり分からない感覚なのだが、氷魔法をよく使うレナからすると魔法隊の中には十分に魔力を練り上げられていない者も多いのだとか。本来はもっと高威力の魔法が打てるはずだということだった。それを実戦を兼ねて指導するとなると、かなり大変な作業になる。


「体力や魔力というよりも精神的に疲れるわね」

「仕方ないよ、慣れていないことをすると脳をよく使うんだ」


 レナが魔法隊への指導をしている間に暇だったので作っていたスープを手渡す。今はフレイムドレイクが出たために魔法隊のほとんどが野営地の東側に集まっていた。


「明日には帰りましょうね」

「え? もう?」

「私たちだけよ。なんか、私がいるからって緩み切ってるのよね。あの隊長」


 たしかにスコル=ダンは隊を指揮する立場のはずなのに、レナの指導が始まった時点で一歩引いた位置で眺めているような感じだった。隊長が積極的にならないから、隊員もどこまでしていいか分からないのではないかと思う。すこし突き放して様子を見るのがいいかもしれない。


「でも、もうすこし治癒師が必要かもよ。マグマスライムの攻撃で負傷した人たちは僕が治していたわけだし。さすがに死者はでないとは思うけど」

「装備が良いから大丈夫よ。それに、治癒してもらえると思うから緊張感が足りないんだわ」


 そんな無茶苦茶な、とは思ったけどこのまま騎士団の演習を眺めていても何も変わらないかもしれない。危機感をもってやるという事は悪いことではないし、そこにレナや僕の責任があるわけでもない。


「そうと決まったなら言ってくるわ。死なないようにと、死んだら自分たちの責任だって伝えれば多少は気を引き締めるでしょう」

「あまりきつく言わないようにね」


 僕が渡したスープを飲み干すとレナはスコルのところに歩いて行った。帰ると伝えられたスコルの顔があからさまに驚いている。隊長がそんなことでどうするんだろうか。

 魔法隊はそのあと、もう一度マグマスライムを狩りに行ったけど、結局三匹しか狩れなかった。




 ***




「火薬草はどこだ」

「ベルホルト、急がなくてもここにあるから」

「ニトログリセリンはまだ作ったことがなかったからな。在庫も残り少ないし」


 帰ったばかりの僕らのところへとベルホルトがやってきた。僕が留守の時に回復ヒールをかける役をベルホルトはしてくれている。そして一応はいまのところは薬の処方はしていない。患者に余計な一言を言ってしまうらしいが、それでも十分にこの診療所の役にたっていた。シグルドやミリヤにお願いすることもなければカジャルさんを呼ぶ必要もなくなっている。


「こいつ、胸を魔物に踏まれた冒険者を心筋梗塞だと勘違いしていましたから」

「クソガキが! そもそもお前の心眼がもうちょっと使えていれば鑑別ができたのだろうが」

「血管までは分かんないけど、心臓は問題なく動いてるって言っただろ!」


 そしてローガンと喧嘩している。というよりも、ベルホルトよりもローガンの成長っぷりが凄まじい。すでに心眼で心臓の動きを把握しているのだとか、いつの間にそんな事になっていたのだろうか。そういえば少し背が伸びたような気もする。


「はいはい、喧嘩はそこまで。ベルホルトには火薬草ね」


 僕はベルホルトに火薬草を渡し、ベルホルトはそれを持って製薬室へと駆け込んでいった。やれやれという顔をしているローガンがどこまで心眼が使えるようになっているのかを調べたいと思っていると、診察室のドアが空いてヴェールが入ってくる。


「私を置いてどこに行っていたのよ!?」

「え? ティゴニア火山だけど」

「え? じゃなくて、なんで私も連れて行ってくれなかったのと聞いています!」


 そういえば最近はヴェールが僕にまとわりつくことはなくなっていたなと思ったけど、ヴェールこそ何をしていたんだろうか。


「なんでって、ヴェールはティゴニア火山に行ってもやることないでしょ」

「それは先生だって同じでしょ!」


 そう言われてみれば、僕はなんでついて行ったのだったっけか。アレンと話していたら自然と僕もついていくことになったような気がするけど、何でそんな話になったのだろう。


「まあ、それはそうかもしれないけどレナ一人で行かせてもね」

「レナさんは特別扱いなのね」


 まあ、レナは昔からの冒険者仲間で相棒のような存在で特別といえば特別である。それはもはや娘というか妹というか、そう、家族のようなものだ。そうに違いない。


「付き合いも長いしね」


 納得いかないという顔をしているヴェールであるけど、それ以上に言うべきこともない。僕が困っているとローガンが助け船を出してくれた。


「ヴェールさんは、ルコルさんの魔道具店で人工心肺のことを研究していたんですよ」

「え? 人工心肺は魔法で行うんじゃないの?」

「魔法でやってもいいのだけども、それだと私だけしか使えないじゃない」


 ヴェールは僕が医学を広めたいという思いをきちんと汲み取ってくれて、自分以外にも扱える「技術」として人工心肺を研究してくれていたようだった。それは「学問」につながる事で、非常に嬉しい。


「ある程度、できるようになったのよ。でも、魔力がどうしてもかなり必要でね」

「それで、魔道具を使って他の人にもできるように応用しているんだ?」

「そうよ。先生はそうして欲しいんでしょ?」


 医学を広めるということをここまで理解してくれているとは思わなかった。ヴェールがある程度人工心肺の魔法が使えるようになってから、さらなる発展として考えていこうと思っていたのだ。しかし、開発の段階で魔道具を用いながらそれができれば、現代日本で言うところの臨床工学技士である医療魔道具師が出来上がるかもしれない。

 それは人工心肺だけではなく人工透析や人工呼吸などにもつながるのである。


「ありがとう、助かるよ。ちょっとルコルやメルジュさんとも打ち合わせが必要になるね」

「そうよ。私もきちんと役に立っているのよ」

「うんうん、そうだね」


 ヴェールもベルホルトもいつの間にかこの診療所に欠かせない人物になっていたようである。少しずつ人が育っていくのを実感できた。

 レナは言うまでもなく立派な相棒である。

 ミリヤも最近は僕の書いた解剖の本を読みこんで手術の助手をするだけではなく回復ヒールの効率のよいやり方を考案していて、それは魔力が段違いなはずのベルホルトの回復ヒールに匹敵するものにまで成長していた。

 ローガンの成長は目覚ましい。まだまだ指導しなければならない所が多いけれど、それはローガンが大人になっていくのに合わせて教えていけばいい。

 サーシャさんとマインの看護はすでに僕がなにかを指導しなければならないものではなくなっている。手術中の器械介助も申し分なかった。

 ベルホルトは薬剤師として、ヴェールは臨床工学士として診療所に貢献し始めている。ベルホルトがいつまでここにいるかは分からないけど、今まで作ってきた薬の知識は必ず役にたつものだった。



「ローガン、ベルホルトを呼んできて。レナもこっちに来て。サーシャさんにマインも」


 僕はいつのまにか時期が来ていたと思った。製薬室にいたベルホルトが火薬草を使ってニトログリセリンを製薬しているところをローガンに邪魔されて怒っているが、大事な話があると言って皆を集める。


「皆、聞いてくれ。そしてこの話はまだここだけの話だ」


 僕は王の草から抽出した抗生剤を机から取り出した。

 それはもう僕がユグドラシルにいなければならない理由というのを壊してしまうものだというのは、皆には理解できたようだった。

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