第18話 絞扼性腸閉塞2

 レナは携帯食を使って簡単な料理を作ってくれていた。鍋の中に干し肉とその辺りで採れた野草が乾燥ドライの魔法をかけられたスープの素とともに煮込まれている。カップスープみたいな感じのこの料理は、野営地でも水さえあれば作る事ができ、冒険者たちには暖かくて美味いものを食べることができると評判であった。


「おかわり!」

「ローガン、ゆっくり食べるのよ」

「はぁい」


 ローガン少年はその料理をいたく気に入ったようで先ほどからものすごい勢いで食べている。皆の分がなくなるのではと思ったけど、ヴァンが自分の分を分けていた。ヴァンのような大柄な戦士はかなり食べるのではと思っていたのだけど、今日は戦闘は全くしていないから大丈夫だとのことだった。


「それでな、俺も昔はパーティーを組んでいたんだ」

「何で別れちゃったのよ?」

「ああ、俺がホーンブルに腹を刺されたことがあってな」


 ヴァンが昔の事を語っている。それも僕らが聞いたわけではなく、自分から語りだしてしまっていた。しかし、不思議と嫌な感じはしない。僕らはヴァンの話に引き込まれているようだ。ローガンもさっきから食事をするのも忘れてヴァンの話に耳を傾けてしまっていた。


「とどめを刺したホーンブルの角が腹に刺さって抜けなくなったんだ。仲間の治癒師が回復魔法をかけてくれても抜けなくてな、角を切ってそのまま町まで帰った。それで治癒師の診療所で抜いて、血が出てくるのを一斉に三人がかりで回復ヒールをかけてもらったんだ」

「よ、よく死ななかったな」

 

 ヴァンの語り方にローガン少年はスプーンを強く握りしめて聞いている。ヴァンは生きているからここにいるという事はローガンには分かってないのだろうかと思うけど、僕はああやって純粋に人の話で盛り上がれないくらいに歳をとってしまったと少し落ち込んだ。実はこっちの世界に放り込まれた時に少し若返っていたから、精神年齢はそれなりである。


「治癒師はそれでびびっちまって冒険者をやめてしまった。斥候はその治癒師が放っておけないと言って一緒に田舎に帰ってしまってな。俺は魔法使いと弓使いと相談してパーティーを解散することにしたんだ」


 よくある話である。ただ、解散したパーティーはそれぞれ新しい仲間を募ってパーティーを組むのが一般的だった。冒険者は依頼をこなさなければ食っていけないのである。しかし、ヴァンは単独ソロで冒険者をしている。詳しい事情は聴かない方がいいのだろうけど……。


「普通は新しい仲間を募るんだけどよ」


 やっぱり、ヴァンは自分から話し出したか。僕らは大人しく聞く事にする。ローガンは目をキラキラさせながら、レナはあまり興味のないふりをしつつもかなり先の話が気になるようだ。ハーフエルフの少しだけ長い耳がちょっとだけ動いている。僕はこの三人を眺めながら苦笑いしつつだ。


「あれから俺の調子があまり良くないんだよな。それで他の二人の足を引っ張ることになるだろうと思ってな」

 

 それまで軽快にしゃべっていたヴァンであるが、そこだけはさすがに悲しそうだった。つまり、今のヴァンにはAランク相当の力はないと思っているのだろう。だからこそBランクの依頼料のこの護衛を引き受けたうわけだった。自分の限界近くまで力を引き出さなければならないAランクは、調子が悪い時には命とりになり、それは自分だけではなく仲間の命をも道連れにしかねない。ある意味賢明な判断だ。


「まあ、でもなんか今回は調子よさそうだぜ」


 そう言ったヴァンは食後の運動だといって、大剣の素振りを始めた。その動きはさすがにAランクであり、流れるような体捌きからの豪快な斬り下ろしはAランクの魔物と言えどもただではすまないだろうというのが容易に想像できた。


「あれで調子が悪いのかよ」

「なかなかね、レイヴンやシードルの方が強いかもしれないけど、ノイマンなんかとは全然違うわ」


 しかし、僕はローガンに半分譲ったはずなのに器に残ったヴァンの食べ残しが気になっていた。




 ***




 探していた葉は、求めていたものだった。まるでコカの葉と同じではないかと思う成分が抽出できたけど、形はタバコの葉のようで大きい。テルドミラの集落では、この葉をカインの葉と呼んでいた。群生している場所を教えてもらう。


「ちょっと高い場所に生えてるらしい」

「台地の上かい?」

「いや、そこまでじゃない」


 テルドミラ台地は噂のとおり、かなり巨大だった。その光景には圧倒される。集落はその台地がよく見える平原にあった。やや原始的とはいかないまでもあまり文明の香りがしない集落では、逆に魔法がよく使われているようで、集落の人々は胸に魔石のペンダントを必ずつけていた。

 その集落の人々は、日常的にカインの葉を乾燥させたものを噛んでいた。少しの多幸感と中毒性があるのだろうか。身体にはあまりよくないのでローガンには噛ませないでおき、僕らも少しだけいただくことにした。


「苗木が持ち帰れたらな」

「帰りは転移テレポートであっと言う間よ」

「いや、高いところに生えているっていうから、小屋の裏の畑では育たないかもしれないんだよ」

「ああ、そういう事ね」


 毎回毎回ここに採りに来るというのも大変である。レナの転移テレポートも実はそんなに多用できるものではない。魔力の消費量が半端ないから、基本的には一日に一度きりにしているそうだ。もし、無理して二度三度使うと、次の日には魔力が回復しないし、距離によっては魔力喪失の症状が出て意識が飛ぶらしい。発動させるだけでもかなりの魔力を使う、と言うよりも発動させることに一番魔力を使っているから、例え近くの距離だったとしても魔力の喪失はかなりのものなのだ。


「もしかして栽培できなかったらここまで来て採取するのを冒険者ギルドに依頼するのか?」

「ああ、そうなるかもね」


 ヴァンが言ったその声色には少しだけ何かを期待するものがあった。僕はまたしても違和感を覚える。


「いや、ここまでの道中はあんまり魔物にも出くわさないから簡単だけどよ、こっから先はよく分からないしな。集落の人も魔物がでるから気を付けろと言ってたしよ。でも、俺だったら対処できるような奴しか出ないから、もし依頼を出すって言うんなら俺が定期的に受けてやってもいいかもなって」

「ヴァンはAランクでしょ。もっと依頼料の高いやつがいいんじゃないの?」


 危険度から言ってもAランクがやるような依頼になるとは思えない。と言うよりもAランクに頼んでしまうと、薬代が高くなってしまって使えなくなる。Bランクでギリギリ、Cランクに依頼する程度でなければ成り立たなかった。


「あー、やっぱりそうか。依頼料が高くなるもんな」


 なんだろうか。ヴァンは簡単な依頼を受けたがっているように見えた。その理由がいまいち分からないのである。


「もしかして、腹を刺されてから強い魔物と戦うのが怖くなったのか?」


 こういう時に子供は躊躇なく質問をしてしまう。僕がこの質問を考えてなかったわけではないけど、そうだと言われたらどんな顔をすればいいか分からないので聞けなかった。しかしローガンは気を遣うことなく、直接言ってしまった。


「い、いや、そうじゃねえんだが、ちょっと調子悪くてさ」


 図星というわけではなかったヴァンは、歯切れ悪くそう言った。でもあの動きを見て調子が悪いと言われてもそんな事ないと言うしかなかった。それとも以前はもっと良い動きができていたとでも言うのだろうか。それだったらAランクではなくSランクになっていてもおかしくない。しかし、僕はそれ以上の追求なんてするつもりはなかった。過去の詮索はしないというのが冒険者の鉄則でもある。

 そしてそれ以上にテルドミラ台地への道のりは、魔物との戦いでもあった。




 ***




「ローガンは集落で待ってもらってても良かったかもね」

「大丈夫よ、私がいるわ」

「おっ、頼もしいね。そしたら俺は切り込んでくるから護りは任せた」


 台地の麓までの道のりで、テルドミラマンティスという大型の茶色のカマキリが出た。人と同じくらいの大きさの虫がその鎌を振るって襲い掛かってくるのである。こいつらが群れていたらと思うとぞっとするけど、幸いなことに単独行動しかしない魔物らしい。同種が出会うと縄張り争いに発展するのだとか。


防御プロテクション


 僕も戦闘には参加する。メイスを振るうこともあるけど、基本的には仲間の補助である。しかし、ローガンと馬車を護りながらの戦いというのはどうしてもやりにくい。


「ローガン! 絶対に荷馬車から出ては駄目だからね!」

「はい先生!」


 気休め程度にローガンでも持てそうな木製の盾を渡してある。ローガンはその盾で身を守りつつ、戦いを見守っていた。初めて、こんな距離で魔物との戦闘を見るのだろう。その体の震えをとってあげたいという気持ちと、早く慣れて欲しいという気持ちが重なった。一人前の薬師となるならば、外の世界に出なければならないために魔物との戦闘というのは日常的なものになるかもしれないのである。もちろん、自分で戦うわけではなく護衛に守られながらではあるのだけど。


「結構な頻度で出てくるね」

「私、こいつら嫌いよ。特にでかい虫ってのは嫌ね」

「あ、分かるわ。倒すと内臓が飛び出るもんな」


 すでに三匹のテルドミラマンティスと遭遇していた。この辺りはこいつらの縄張りなんだとか。Aランクの戦士であるヴァンは特に問題なくテルドミラマンティスの鎌を避けては切り落とすことができているけど、あの一撃をくらってしまうとそこそこの防具をつけていない限りは致命傷を負うかもしれない。実際に一度大剣で防御はできていたけど、剣ごと胸を打ったようだった。


「内臓とか言わないでよ」

「すまんすまん、ローガンにはまだ早かったな。しかし、これが魔物との戦いってやつだ」


 頭をポンポンとされて嫌がるローガンにヴァンは笑いながらもやめようとはしない。ついにローガン少年が盾を取り出した。さすがにそこで僕が止めに入る。


「はいはい、もうやめようね。それにヴァン、一応胸の状態を診ておこうか」

「お、おう。分かったぜ」


 テルドミラマンティスは縄張りがある。先ほど倒した個体の縄張りの中であればある程度安全だろうと思って僕はヴァンの胸の診察を行うことにした。


「じゃ、鎧と服脱いで。必要だったら回復ヒールかけるから」

「はいよ」


 荷車の所で脱ぎ始めたヴァンと周囲の警戒を始めるレナ。この二人は冒険者としての心構えが問題ないために全く説明などをしなくていい。僕はローガンに、こういう時に襲われるのが一番危険だから、周囲の警戒ができる場所で、信頼できる仲間が周りを警戒しながらできるだけ手早くやるんだと説明した。そのためにローガンにも荷車の所で動かないでいてもらう。


「胸は、たいしたことないけど一応痛みはありそうだね。回復ヒール!」


 ヴァンの胸には軽度の打撲痕ができていた。骨などは折れてなさそうである。これなら内出血や肺に穴が開いた状態で肺の周囲に空気がたまって肺が膨らまなくなる気胸ききょうもなさそうである。僕はヴァンの呼吸や脈が問題ないことも確認した。しかし、ここで 僕の視線は視界に入った違和感に誘われてもう少しだけ下へと向いた。


「ん? ちょっとお腹が張ってたりする?」

  

 筋肉質な彼からは考えられないくらいに腹部が張っていた。他の部分に余計な脂肪はない。内臓脂肪だけがたまっているなんてことが冒険者稼業をしていてありうるだろうか。ここは飽食の日本ではないのである。


「え? いや、まあたまにこうなることがあるけど……」

「痛みは? 便は出てる?」

「今は痛くねえけど……」



 これはちょっと別の問題が出てきた。そうか、腹を刺されたと言っていたっけ。

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