第17話 絞扼性腸閉塞1
「おうっ、先生っ! 次はどんな注文だい!?」
「いや、定期診察ですよ。親方、診療所来てくれないじゃないですか」
魔法の効果もあってか、サントネ親方は術後一週間もすると完全に回復していた。というよりも、これは元気になりすぎではないだろうか。そして、薬を飲むのを嫌がって診療所へ来ないものだから、午後から僕は往診をしていたのである。ついでに注文も済ます。
「本当にありがとうございました」
「センリも親方がいない間は大変だっただろうに、無理ばかり言って申し訳なかったね」
「いえ、あの注文があったから私も頑張れたようなものですし、なによりその縁で親方を治してもらいましたから」
明後日からテルドミラ台地への旅に出るのである。目的は局所麻酔として使えそうな草葉の採取である。そのために、旅に必要なものとかあれば購入しようと思っていたけど、アマンダ婆さんの話ではそこまで気候が悪い土地でもないので、重装備になる必要はなさそうだった。治安が悪いわけでもないけど、魔物はそこそこ出るのだとか。
「さすがに前衛職を護衛に雇ったほうがいいかな?」
「そうね。とっさに動くことのできる人がいると助かるし、力仕事はしたくないわ」
レナはいつも通りである。ノイマンに頼もうかと思っていたけど、ミリヤと一緒に依頼に行くとかで今回は付いてこれそうになかった。アマンダ婆さんも一緒に行くらしい。となると、レナとローガンと三人という事になるけど、やっぱり見張りとかの事も考えると御者兼護衛の戦士を雇うことにしようか。
「だったら、冒険者ギルド寄っていく?」
工房を出るとレナがそう言った。護衛を依頼するならば、冒険者ギルドでということになる。僕は肯定すると、足を冒険者ギルドへと向けた。
「……おい、あれが」
「あんまりSランクっぽくないな」
「思ってたのと違うけど、連れているのはものすごい美人だな」
ユグドラシル冒険者ギルドに入ると、なにやら視線を感じた。ヒソヒソと皆が僕らのことを噂しているような感じである。
「これは、今話題の「呪いを治す治癒師」さん。ようこそ冒険者ギルドへ」
受付はいつもの人だった。営業スマイルがいつも眩しいですが、明らかに厄介ごとの匂いがするのは何故だろうか。
「南に行きたいので、前衛職の護衛を一人雇いたいのですけど」
「わかりました、相場としてはランクごとにこのくらいの金額となっていますが」
「ええ、ではBランク相当で一週間から十日でお願いします。出発はに二日後ということで」
「分かりました。依頼を受けてくださる方が決まりましたら連絡いたします」
冒険者ギルドの隣の診療所勤務という事で、決まり次第すぐに連絡をくれるそうだ。Bランク相当の前衛職となると、もしかしたらパーティーを組んでいる人になるかもしれないとのことで、複数人雇ってもらわなければならない場合などもあるということを説明された。金額的には少し増えることになるけど、その分護衛の人数は増えるわけでお得ではある。
「ノイマンとミリヤが空いていればもんだいなかったのよ」
「仕方ないよ、彼らも僕らの診療所の専属というわけではないからね」
二人には色々と助けられている。依頼の合間に顔を出しては手伝うことがあれば手伝ってくれるのだ。事実、もし大きな手術が必要だと感じた場合には二人に頼ることになるだろうと思う。そのうち病院の規模が大きくなって軌道に乗ってきたらミリヤに専属になってもらいたいくらいである。
翌日、冒険者ギルドの人がやってきて、護衛の人が決まったという連絡を受けた。
「ヴァンと言う。得意武器は大剣だ」
背丈と同じくらいの大きな剣を持った冒険者はそう言った。Aランクなのだとか。
体格がよく、かなり大柄である。濃い茶色の髪とは後ろで束ねる事ができるほどに長く、瞳もブラウンであった。姿勢よく立っていると、かなり頼もしい。
「Bランクを想定していたのですけど、依頼料はあれで良かったのですか?」
Aランクを護衛に雇うとなれば、もう少し依頼料を出すのが相場だ。だけどヴァンはこう言った。
「俺は今はパーティーを組んでいないからな。依頼人も一緒に戦ってくれるのならば、都合がいい。その辺りもギルドは考えてくれたみたいだ」
Aランクと言えばノイマンよりも上である。最初に世界樹の第七階層にまで行った時には他の依頼で出払ってしまっていたらしい。受付嬢も腕はたしかだと言ってくれた。少しだけ違和感があったけど、安くなるのならば僕らとしては悪いわけがない。その言葉を信じることにして、僕らは翌日にテルドミラ台地を目指したのである。
「この辺りの治安はどうなのかしらね」
「ああ、この辺りはそこまで強い魔物は出ないな。テルドミラ台地の奥にまで行けばそれなりのものがでるが、今回の目的地は集落なのだろう? それであれば出たとしてもAランクが単体というところだろう」
普段はAランク相当の魔物が出た場合には撤退することが多いのだとか。その時組んでいるパーティーにもよるとヴァンは言った。
「今回は頼りになるパーティーのようなものだからな。一緒に戦う依頼主が自分よりもランクが上というのは初めての経験だが」
「僕は冒険者を引退するつもりでこっちに来たからね。レナしか付いて来てくれなかったんだよ」
「む、そうか」
見た目とは裏腹に、ヴァンは意外にも話すのが好きそうだった。御者をやってくれながらも様々な会話をする。ローガンとも仲良くやれそうだった。子供とか好きなんだろうと態度で分かる。
「そうか、ローガンは薬師を目指すんだな」
「おう、先生を越える薬師になってやるぜ」
「ローガン、僕は薬師じゃないからね」
ユグドラシルの町から南下すると、徐々に森が多くなってきた。ここから南の地方は森林地帯であり、その先に草原地帯があるという。その草原を越えた先にテルドミラ台地と呼ばれる広大な台地があるのだとか。伝説では、元は巨大な山があり、そのあまりの巨大さに神々の怒りに触れて剣の神が土台の部分で切り離し、破壊の神が上部を粉々にしたのだとか。台地の部分はその土台の部分だというのである。
「あれが土台だっていうんなら、あり得ないほどに巨大な山だぜ」
その伝説を教えてくれたのがヴァンだった。やっぱり、この男は話好きである。
「数日かかるって言うし、そんなに急いでるわけじゃないから、途中で薬草採取できそうな場所があったら寄って行こうか」
そう言うと、ローガンが喜んだ。学ぶことはまだまだあるけど、この子なりに焦っているのかもしれない。
「そんじゃ、もうちょっと行ったら採取に適した場所があるから、そこで野営することにしようか」
「ああ、頼む」
この辺りを何度も行き来しているヴァンが言うのであれば問題ないだろう。知識も豊富で、さすがはAランクといったところだった。ヴァンの言った通り、泉が湧いている場所があり、見晴らしも問題ない所があった。ここでなら野営をするのにも、採取に出かけるのにも良いだろうと思う。
「それじゃ、私が料理を担当するわね」
荷馬車の管理をヴァンがやってくれ、そのまま見張りをするというのでレナが料理担当となった。僕とローガンは薬草採取に出かける。
「いいかいローガン。魔力を抽出する時は基本的に根よりも葉が大事だと教わっていると思うんだけど、薬の成分になるものはその薬草ごとに違うんだ」
魔力を回復させるポーションというのは基本的に葉を集めて抽出したものが一般的であり、魔力は葉に宿ると言われている。自然治癒力を高めるポーションというのも基本的には葉が中心であり、根っこは使わない薬師も多い。
しかし、医療の材料として使う薬には根にその成分が含まれているものも多く、その薬草ごとに採取方法が違っていた。そのために、正しい知識で採取をする必要がある。
「なあ、全部を根っこごと採取したらどうなんだ?」
「基本的にはそれで問題ないと思うけど、土をつけて採らないといけない薬草もあるし、逆に葉だけを採取してその場で製薬しなければならない薬草もあるんだよ」
「そっか、結局は全部採取の方法を覚えないといけないのか」
「大丈夫、やってればすぐ慣れるし覚えるよ」
僕はこの地方で採れると言われている薬草の一覧を書いたメモを取り出した。ユグドラシルに来る前に調べていた薬草採取の方法から、今回使えそうなものを抜粋したものだ。
「これ、あげる」
「うわ、なんだよこれ。かなりの量があるじゃん」
「全部採れるわけじゃないと思うけど、ユグドラシルの周辺で採れるって言われているのは全部書いておいたから」
ローガンに薬師を教えなければならないので、寝る前の時間を使って書き上げたのだ。採取方法からどんな病気に対して使える薬になるのかまでを書いてある。できればスケッチがあれば教科書として完成するのだけれども、そこまで時間はなかった。
「薬草の絵は帰ってから描くこととしよう。もとになる本は僕の家にあるよ」
「本当かよ! そんなものがあったなんて」
「もともとは一冊の本じゃないんだ。色々な本の使える部分を抜き出したから。この旅が終わったら、それを一緒に完成させることをローガンの仕事にしようかな」
そんな話をしながら森に入る。と行っても視界からレナやヴァンが見えなくなるほど遠くには離れるつもりはない。僕一人であればなんとか魔物が出ても対処できるけど、ローガンがいるのだ。この近辺で採れるものだけを採るつもりである。
「あまり遠くに行っちゃだめだよ。と言うよりも、僕と一緒に行動しよう」
「分かったよ、先生」
ローガンは素直に僕の言うことを聞いてくれる。最初の印象とはずいぶん違う子だなと僕は思った。これならば、ある程度の知識はすぐに吸収してくれるかもしれない。
「あ、これはラクテ草といわれる薬草だ。葉をぬるま湯につけておくとお腹の調子を整えてくれる薬になるんだよ」
「へえ……あ、これは製薬魔法を使わないのか?
「ああ、何故かこの草には乳酸菌らしきものがいるんだよ。細菌はとても小さい生物だからね、
「へぇ、それで
「お湯だと細菌が死んじゃうからね」
実際に生のまま食べて見ると薄いヨーグルトのような味と香りがする。植物性の乳酸菌なのだからどちらかと言うと味噌のようなものだと思っていたのに、意外だった。さすがは異世界である。
培養なんかができたらきちんとした薬として使えそうではあるけど、現在は食事に混ぜる程度のことしかできていない。薬ではなく調味料として広めることはできそうであるけど、味と香りがどこまでこちらの世界の人にウケるのかは疑問である。そしてなによりそこまで量が取れなかった。食べる直前であれば乳酸菌が死滅してもある程度の効果は証明されてるから、お茶にでもして試してみようかと思う。
「あ、あそこにはマジマ茸がある」
「うげぇ、明らかに毒キノコじゃないのか?」
「うん、毒キノコで間違いないよ。一本丸々食べてしまうと強い幻覚とか意識障害とか出てきてしまうキノコだけど、製薬魔法を使って量を調整してあげると不眠にたいする薬になるんだ」
「夜になると普通は眠くなるんじゃないのか?」
「眠れる人にはいらないし理解できないと思うけど、よく眠れないって病気は多いよ」
こっちの世界にもストレスというのはある。ロンさんとか完全に神経性胃炎だしな。日本ほど多いとは言わないけれども、不眠症というのは一定数いる。さすがに冒険者には少ないけどさ。
「こうしてみると、薬って意外と毒が原料になることが多いんだな」
「そうだね。薬は量が多いとかえって毒になるものがほとんどだから、その本は許可なく他の人には見せては駄目だからね」
「わ、分かった」
ポイズンアロートードの時もそうであるけど、使う人によって薬は毒になる。知識を伝える人間は厳選されなきゃならないのだ。ローガンには父親でさえも知識を教えてはならないという事をきちんと伝える。
「先生の許可が出るまで、俺は弟子はとらねえよ」
ローガンの言葉に、却ってこちらの方が気を引き締めなければと思うことになるとは……。
他にも数種類、薬草を手に入れた僕たちは野営場所へと戻った。
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